ザ・フロンティア・ダイヤモンド 4
「って感じで飛んでくるから、ちゃんとボール見とけよヨル」
「はひ……」
会話に失敗して俯き加減になっていたヨルは、目線に飛び込んできたボールに驚いてまた引っくり返りそうになり、再びザクロに首根っこ掴まれて事なきを得た。
「ミヤもお前、画面ずっと見てると避けらんねぇし、第一、ぶつかって機械壊れっぞ」
「なるほどボールが。了解」
状況を飲み込めていない様子で、ゴーグルを指で上げて目線を動かしていたミヤコは何度か頷き、上のモニターのリプレーを見て元の位置に戻した。
「いや、なんでメガネ戻したんだよ」
「ああ。こんなこともあろうかと祖母が作った、〝顔に飛んでくるカナブンアラート〟ってソフトを起動したんだ。ボールにも使えるのは実証済さ」
「まーた地味にスゲぇけどニッチなもんを遺してんな……」
祖母って背が高いから、よくカナブンに衝突されてたらしくてね、と製作秘話を頼まれてもないのに上機嫌な様子でミヤコは語る。
その後は、多少ピンチを迎えたりしたものの、ゾーンを横断する程の横変化を見せるスライダーと、最速は140前半だが6球連続で全く同じ所に投げ込む超精密ツーシームで相手を翻弄し、〝1、2の3〟で当たったソロホームランのみで5回を投げきってみせた。
「うーん、今87球でござるか……」
「だよなあ……」
「えっと、何があるんですか?」
「いや、丁度95球ぐれぇから球威――そのあれだ、球の勢いが弱くなんだよ」
「なるほど。それが、スタミナが、っていう事なんですね」
「おう。そんで大体男の投手は100球強とか投げるもんだから、1年目にその感覚で次の回行って結構打ち込まれた事があってな。あんときはいたたまれなくてなぁ……」
ザクロは遠い目をして、深々とため息を吐きながらかぶりを振った。
「あっと。ワタモリ監督が出てきています。オオサキ投手はここまでの様です」
すると、スターズチアによるハーフタイムショーが終わり、試合中継が再開されると、ベンチからスターズの監督が球審に話している様子が実況アナの声と共に映し出された。
「解説のソノハラさん。5回までとはいえ、いつも通りの素晴しい投球でしたね」
「ええー。そーですねぇー。これで5回裏に打線が点を取ってくれていればー、というのが続きますねぇー」
「手元の資料によると、これでオオサキ投手の登板中27イニング無得点だそうで」
「はー、27ですか。いくら打線が貧弱といってもツイてないですねぇー。普通にやってりゃ勝ち頭ですよ」
ホーム側の中継という事もあり、解説も実況アナも声にアレックスへのかなり同情的な色が目立つ。
実際、スターズ打線は相手の大型投手の球威に押され、この回までに内野フライ10個という凡打の山を築いてしまっていた。
「えっと、5回ってそんなに大事なんですか」
「おう。この回まで投げきってリードしてれば、あとは試合終了まで追いつかれない限り、解説のオッサンが言う様に勝ちが付くんだよ」
「まあ、かつては最重要視されたんでござるが、ご覧の様な事もあったり、自チームのミスで消えたりするもんでござるから、今となっては勝ち負けは参考程度でござるが」
「随分前からになってくっけど、今は何回投げたとかその辺を重視するんだよ」
「なるほど」
几帳面にヨルはメモ帳アプリでザクロ達の解説を要約し、メモをとっている間にまたアレックスが出てきた。
「失礼。ライトとレフトの守備位置の入れ替えのようです」
「あー。なるほど、6番のアクセル選手まで投げて交代ですかー」
「彼の対オオサキ投手は、過去3シーズンで25-1と非常に相性が悪い、というデータがあります」
解説の発言へ、実況アナがすかさず裏付けのデータを提示する中、マウンドのアレックスは淡々と投球練習をして試合再開を待つ。
「だ、大丈夫なんでしょうか……」
「まあ、今日はやたら調子いいからなんとかなるだろ」
「案外、この回投げきったりするかもでござるな」
だとありがてぇんだけどな、とザクロは半分以上冗談めいた様子でバンジに同意したが、
「見逃し三振ーッ! オオサキ投手! この回たった8球で切って捨てたッ! 投球数95球で6回を投げ終えましたー!」
「おー、こりゃラッキーだな」
6番打者を内野ゴロで打ち取ると、相手の7番8番を連続で3球三振に切って捨ててしまった。
「ほぅら、言ったとおりでござ――」
「あん? なんだ?」
バンジがサングラスをクイッと上げて、ザクロへ上機嫌にドヤ顔したところで、星屑団が薄汚いゲートフラッグを掲げ、ザクロは怪訝そうに立ち上がってそれを見た。
「おや。あのファンの一団が掲げてるのは何ですかね」
「あーっと。これはいけません」
そこには、〝95球型負け犬〟、〝敵のスパイ〟、〝調子に乗るな〟、〝相手が良かっただけ〟、といったアレックスへの暴言が書き殴られていた。
即座に映像がスターズベンチへと切り替わり、監督・コーチと選手達が憤慨した表情でベンチから顔を出し、星屑団の方を指さしている様子が映った。
「――な」
「まてまて落ち着け。お前が野次ったらアレックスに迷惑かかるぞ」
「ケッ」
それを目にしたザクロは、激怒の余り言葉が出てこない様子で柵に手をかけたが、バンジから素の声で忠告されて大人しく座って腕を組んだ。
監督がノシノシと球審に近づいていくつかやりとりすると、球審は内野のフェンスに埋め込まれたボックスを開いて中にある電話で指示を出し、ゲートフラッグを下げる様に促すアナウンスが入る。
明らかに不服そうな顔をする星屑団員は、親指を下にして突き上げてブーイングをしながらも指示に従った。




