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ザ・フロンティア・ダイヤモンド 1

 スペースコロニー『NP-47』の『東』区画にある運動公園。その中心に中核施設として建造された、国営野球場・通称『イースト・シティ・スタジアム』がある。


 そこを本拠地とする、プロ野球〝BLNP〟1部リーグ東地区所属チーム・47スターズのホームゲームがこの日行われていた。


 相手がリーグ2位の人気球団・02フューチャーズなだけあり、開場直後からそれなりに人が入っている。


「はわ……。野球場ってこんな感じなんですね……」

「なるほど、あそこにいる一団が応援団なんだね」


 2階スタンドのすぐ下にある、奥行き10メートル・幅5メートル程の特別席にソウルジャズ号クルーの姿があった。



 通路から見て手前の3分の2はラウンジになっていて、大画面で中継が見られる仕様で、残りはプラスチック製のチェアとテーブルが、バルコニーのフェンス間際にはパイプベンチと細いテーブルが設置されている。


 下の板が強化ガラス張りの手すりに手をかけ、ヨルとミヤコはせわしなく場内を見渡してはしゃいでいる様子を見せる。


「……。タイタンズ勝ってんじゃねぇか……」


 バルコニー部分と室内を隔てる窓の前で、ザクロはチェアにどっかり腰掛けてリキッドパイプをくわえ、2人の方を見ずに渋い顔で通信端末をにらんでいた。


「クロ――」


 ヨルがその表情のまま振り返って話しかけようとしたが、帽子以外はいつもの格好な彼女の様子を見て途中で言葉を飲み込んだ。


 端末画面には、東地区の順位表が映っていて、スターズは負け越し15の8位と表示され、2部入れ替え戦ラインの9位チームと1.5ゲーム差に迫られていた。


「なんだかご機嫌悪そうですけど、お好きなはずでは……?」


 ベランダ手前右の壁際に寄りかかって、喧嘩けんか煙管ぎせるにニコチンカートリッジを刺して吸っているバンジに近づいたヨルは、キョトンとした様子で声を潜めて訊く。


「いやぁ、まあ。好き故にというか……」


 それに対して苦々しそうに笑って答えた彼女は、いつものサングラス以外は、スターズの黄色いレプリカユニホームとキャップ、というファン全開の格好だった。


 それを横目で見ていたミヤコは額につけている、やけにツルが太いメガネサイズに小型化した、ゴーグル型ディスプレイをかけていくつかのスポーツサイトを表示した。


 ヨルの服装は灰色の船内外服にベージュのサロペット、ミヤコはワイシャツと濃い緑色のタータンチェック柄スラックスというものだった。


「なるほど、ここまで9連敗中ならフラストレーションも凄そうだねぇ。全部1点しか入ってないしね」

「それって珍しい事なんですか?」

「記事によると設立して12年とはいえリーグ初らしい」

「なるほど……。なにか励ました方が良いんでしょうか?」

「放っておいたら良いでござるよ。自分で整理を付けるものでござるし」

「そうですか……」


 ヨルが心配そうに見ていると、ザクロが端末をジャケットのポケットにしまい、1つ息を吐いてから表情を柔らかくして立ち上がった。


「野球なんか見ても面白くねぇだろうに、連れてきてわりぃな」


 ヨルの隣にやってきたザクロは、やや自嘲的な笑みを口元に浮かべて小さく頭を下げた。


「あっ、いえいえっ。自分では行かない所なので、新鮮な感じがして楽しいのでっ」

「あっそ。まあ、野球見るだけが球場じゃねぇからな。ちと高ぇが飯やらスイーツやらも力入れててな。今から調達すっけど付いてくるか?」

「はいっ」

「よっし。ミヤは?」

「じゃあ、ボクも行こうかな。何らかの開発のヒントになるかもだし」

「拙者は留守番するでござるから、〝スターバーガー〟を頼むでござる」

「あいよ」


 2人を連れて部屋から出て行くザクロは、顔の高さに手をあげてバンジの要求に返事した。


「あの、クローさん」

「あん?」


 特別室用の高架通路の下にある、一般用のコンコースからざわめきが響く中、腕組みをしていたヨルは少し早足でザクロの隣に並んで尋ねる。


「後輩の女性の方が試合に出るっていうお話ですけど、見る限り男性の方しかいなかったような……」

「あー、そりゃアレックスは先発投手だからな。今は相手の野手が練習してるとこだ」

「へえ。ちょっと調べたんだけど、女性の支配下登録の選手って、そのアレクサンドラ・オオサキ氏だけなんだ」

「そりゃあ、アイツぁ史上初のだからな。育成なら他に何人かいっけど」


 育成? とピンと来ていない様子のヨルに、2軍戦だけ出られる選手な、と簡単に説明するザクロは、誇らしげな様子で隙間から見える、グラウンドのダイヤモンドを見やった。


「なんで今までいなかったんですかね?」

「なんか色々あんだろうけど、身体能力やら強度やらの差があったから、みたいなのを聞いたな」

「最近はあんまり男女のその差が無くなってきたから、という事で一昨年のドラフト8位で獲得されたんだって」

「なるほど。つまりパイオニアってことなんですね! 尊敬しちゃいます」

「おうしろしろ。アイツぁどんだけバカにされても努力して、マジで夢を叶えちまったんだからよ」


 マジですげぇんだよアイツぁよ、とザクロは珍しく興奮した様子で、繰り返し偉業の道を進む彼女のことを褒め称えた。


「てなわけで、アイツの友人代表っつうことで、実は始球式やんだよな」

「ザクロさんがですかっ?」

「馬鹿言えメ――バンジだよ。オレみてぇな下賤のもんがやることじゃねぇの」

「そんな事はないですよ! だってクローさん、町1つどころか地球だって救ったじゃないですか!」

「……んなご大層な事した覚えは無ェ」

 キラリ、と輝くような目で見上げてきたヨルへ、眉間にシワを寄せてかぶりを振ったザクロは、さらに輝度を上げてきた彼女にやや気圧されつつ再度否定する。


「大体、公文書的にゃあ、オレぁ〝人物A〟だろうが」

「あっ、そうでした……」


 しゅん、とした様子で下を向いて後ろに下がったので、ザクロは安堵した様子で小さく息を吐いた。


「――クローがノーって言わなければ、実名で書かれていたんだけれどね」

「――冗談じゃねぇよ。下手にヤニも吸えなくなっちまうだろが」


 代わって隣に来たミヤコから、意地悪な笑みでそう小声で言われ、払いのける様に手を振ってザクロは渋い表情を見せつつ返した。


「まあでも、普通に艦長さんにでも頼めばやらせて貰えるんじゃないかな?」

「はっ! それはそうですねっ。私も一緒にお願いしますよ!」

「そんなインチキ出来るかっての」


 この話はおしめぇだ、と言いながら柏手を打って、納得がいっていない様子のヨルを黙らせた。

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