執着のラブマシーン 6
「で? 教祖サマはどこだ?」
「……」
「あっそ、じゃあ拷問でもすっか」
「……!」
「えっ、拷問って何すりゃいいんだっけ」
「したことないから分からないんだけど」
「土下座さして重いものを上に乗せるんだろ?」
「釘を打ち込めばいいんじゃないっけ」
「そんな野蛮な。ここはタオル顔に被せて熱湯かけるんだ」
「まてまてまてッ! そんな事したら死ぬだろッ!」
「『連合国』ではポピュラーって聞いたけど?」
「それは水を使うんだッ! 拷問ってのは、死なない様に遠回しにやるもんだろうがッ!」
「それもそうだな。じゃあ早速やっていくか」
「まてまてまてッ! 言うから止めてくれッ! 手加減無しでやられちゃ堪らん!」
干し梅みたいな顔で力んでいた老年男だったが、『ロウニン』達が感覚で拷問を始めようとするので、脂汗ダラダラになりながら顔を引きつらせて白状した。
老年男は、部屋の奥にあった一段高いところにあるイスを退かすように指示して、その下に電子ロック式のハッチがあることを明かした。
「なるほど、この下か」
「でもそのキーは知らないぞ! そこはダイソンとオオヒガシしか入れないからな!」
嘘じゃ無いから拷問しないでくれ、と老年男は額を床にこすりつけて必死に叫ぶ。
「へいへい。つかまあその辺は問題ねぇ。――ミヤ」
「はいよー」
ザクロが後方に浮いている中型の箱型ドローンに視線をやると、カメラの向こうにいるミヤコが軽い調子で返事をした。
「よし、どういう仕組みかを確認しよう。――ああ、これならアダプターを挿せばいけるね」
ミヤコが子機を近づけて確認すると、それは物理的な電子キーをコネクターに挿すタイプで、ピエロのロボと一悶着あったときに使ったドローンの小型改良版を使って、ほんの数秒で解錠していまった。
「じゃ、お前らは教祖の方を頼む」
「お、おう……」
その早業に困惑している全員を余所に、ザクロは事もなさげにそう言って真っ先に階段を下っていった。その後にミヤコのドローンが球形の中継機を置きながら続く。
その数分後、ザクロは設計図を手がかりに、コロニーの中心部にある研究室へと到着した。
「ほー、こりゃご立派なもんだな」
ミヤコにハッキングさせて中に入ると、滑らかにフタが半円にカーブした、棺桶の様な培養器が縦に整然と並ぶ、広い空間の真ん中にホログラムモニターが表示されたデスクがポツンと置かれていた。その奥に、かなり大型の箱型コンピューターが鎮座している。
「――っ!」
そこのチェアに座っていたオオヒガシは素早く振り返えって、手に持っていた小型ビーム拳銃を撃とうとしたが、ザクロが寸分違わずその銃口に弾を撃って使用不能にした。
耐薬品性がある船内外服の上に白衣の装飾をしているオオヒガシは、実際に見てもあまり身体が頑丈そうには見えない、メガネの痩せ型の女性だった。
「だ、誰?」
「『ロウニン』のザクロ・マツダイラだ。ご覧の通り逮捕状がお前に出てる」
過熱した銃を慌てて手放したオオヒガシに、キッと睨み付けられて訊かれたザクロは、ジャケットのポケットから紙の逮捕状を付き出して答えた。
「おっと逃げ……るわけじゃねぇか」
立ち上がって駆け出したオオヒガシの行き先の足元を狙ったザクロだったが、コンピューターの前で立ち止まったので発砲はしなかった。
ミヤコが走査する限りトラップの類いは一切無く、コンピューターの前で仁王立ちしているオオヒガシに、ザクロはやや早足で接近する。
「全く、他人から金むしり取ってこんなもん作りやがってからに」
「……なんのこと?」
自身の倍ぐらいは高さがあるコンピューターを見上げつつ、ザクロは銃は構えたまま、ため息交じりでぼやくと、オオヒガシは怪訝そうな顔で首を傾げて言った。
「しらばっくれてんじゃねぇ。お前のお仲間が洗脳だの詐欺だので集めた銭で、この立派な研究室が出来てんだろ?」
「資金調達はルキに任せていたから、言われても困るんだけど」
「……どうやら嘘じゃねぇようだな」
本当に心当たりがなさそうに言う彼女へ、ザクロはそれ以上問い詰めはしなかった。
「クローンなんかでよ、死んだ彼氏作ってどうすんだよ。お前」
「あなたには分からない。どうせ、愛する人が家に帰ればいるんでしょ?」
「いねぇよ」
「じゃあ付き合ってる人は――」
睨み付けたままザクロへ刺々しく言っていたオオヒガシは、ザクロの遠くを見る虚ろな目を見て息を飲み、何も言わなくなってしまった。
「喪ったなら分かるでしょ。また目の前に愛する人が生きて歩いて……、自分を抱きしめて愛の言葉を囁いて欲しいって……」
「まあ、言いたいことは分かるぜ」
データの破壊を行うためにミヤコのドローンが動くのを制して、銃口は向けたままザクロは面白くなさそうに腕を組む。
「だったら、なんで壊そうとするの?」
「それが完成するとな、オレの仲間と、そのばーちゃんが草葉の陰で泣くもんでな」
「泣くまでは行かないけれど、まあとっても困るかな?」
「え、ミヤビ博士の……?」
「やぁ。孫のミヤコだ。短い間だろうけどよろしく」
オオヒガシはドローンに見開いた目を向けると、お辞儀するような動きと共にミヤコは陽気に挨拶した。
「つーわけで、残念だが全部おシャカにさせてもらうぜ」
「待って! 本当に良いの!?」
「ああん?」
「この〝N・Y・ゴースト〟があれば、誰かの大切な人がまた戻ってくるんだよ! あなたは要らなくても、欲しい人はいくらでもいるはずだと思わない!?
ねえ、そうでしょ! ミヤコさんもお婆様とお母様にもう一度会いたいでしょ! 記憶の問題は学習装置を使えば解決出来るから、限りなく本人に近い存在にもできる! これは年齢だって年単位で調整できる!
あなたならこの凄さが分かるでしょ! 他にも聴いている人だって、これがなくなっていい物なんて思わないでしょ! お願いだから――」
「でもコピーなんだろ? どこまで行っても」
崩れ落ちそうになるのを堪え、必死に泣き叫びながら訴えかけていたオオヒガシだったが、
「コピーと作った思い出でよ、オリジナルとの思い出を塗りつぶしてよ、――お前はそれで幸せかよ?」
少し険しい表情で真一文字に結んでいた口を開いたザクロの言葉に、再び彼女は言葉を失ってしまった。
「大事な事に気付かねぇで突き進んじまって、取り返しが付かなくなったヤツをオレぁ知ってる。……そうなる前で良かったな」
ヘナヘナとへたり込んで肩を落とし、俯き加減でさめざめと泣くオオヒガシへ歩み寄ったザクロは、しゃがみ込むと彼女の背中に手を置いて優しくそう言った。
「じゃ、後ぁ頼むぜミヤコ」
「はいよー」
ゆっくり立ち上がったザクロがミヤコへ指示を出すと、ドローンが素早くパソコンデスクに着地して子機でアダプターを挿すと、ものの1分でソフトウェアを不完全なものに改造してしまった。
「製造未遂ぐらいになるようにしておいたから、割かしすぐに出られるかもね」
「よく知らねぇがそういうことらしい。そんじゃ、一緒に管理局まで来て貰うぜ」
「うん……」
その間に拘束帯で後ろ手に縛ったオオヒガシを連れて、ザクロは研究室から出る。
「私は悪くない! 全部オオヒガシって女の指示だ! 私は被害者だぁ!」
すると、出口の方へと向かって行く方向から、非常に耳障りな甲高い喚き声が聞こえてきて、ザクロはこれでもかと眉間にシワを寄せた。
「離せええええぇ! うわああああぁ!」
「はいはい暴れない暴れない。詐欺はお前が元凶なのは調べが付いてんだよ」
「そんなのうそっぱモガッ」
その辺にあったハードタイプの担架に、ぐるぐる巻きで縛り付けられたダイソンは、あんまりにもうるさいので口の中にタオルを突っこまれて、そのまま連行されていった。
「……」
「まあ、運が悪かったって事にしとけ」
その余りにも見苦しい女の様子を見送ったオオヒガシは、頭が痛そうにため息を吐いて、ゆっくりかぶりを振っていたザクロに肩を軽く叩かれて励まされた。




