執着のラブマシーン 4
ザクロ達が無事にソウルジャズ号へと帰ってくると、
「やーやー、お帰りでござるよー」
今日は頭にターバンを巻いた、砂漠の民スタイルのバンジが船への乗り降りに使う、可動式の櫓型階段の1番下にあるステップに座っていて、軽く手を挙げて出迎えた。
「おうお前もな。……なんだぁ? その紙袋の山」
同じ様にして応えたザクロは、その足元にある大量のそれを指さして訊く。
「ああ、これでござるか。拙者、今回の仕事でとあるカルトの内偵調査をしていたんでござるが」
「おう」
「そこで販売されている、面白グッズ類を買い漁った結果がこれでござる」
「へぇ、気になるね! 見てもいいかい?」
「うむ」
ザクロに手伝ってもらって降りてきたミヤコは、ヘルメットをザクロに預かってもらって、紙袋にそそくさと近寄り許可をとってからその中を覗く。
「せっかくだし、ブルーシート使って広げてもいいぞ」
「ああ。ありがとう。ではお言葉に甘えて」
シャカシャカと歩いて、隅っこの物置から綺麗に巻取られたそれを手に戻ってきたミヤコは、素早く広げて手際よく中身を並べた。
「なんつうか、警備局の盗品並べみたいだな」
「こんなものを盗るヤツなんぞいないでござろうが」
果たして理路整然に並べられた中身はというと、
「このクシャクシャは?」
「宇宙電波避けアルミ糸ニット帽でござる」
「この感じだと燃焼する実験につかえそうだね」
「帽子としてつか……うわけねぇか。金だわしじゃねぇか」
「この短冊のストラップは?」
「宇宙線デトックスストラップ」
「このお椀は?」
「〝C-エネルギー〟吸収金属茶碗」
「は? 神様の宿るゴミ箱?」
「ただのゴミ箱でござる」
「これは? ウミサボテンの置物ぽいけれど」
「それはマッサージ器のフリをしたスケベなグッズでござるな。能書きでは3千倍の刺激とか」
「うわぉ」
「……なんで買ったんだよ」
「他意は無いでござる」
「あっても困るけどな」
スピリチュアルな肩書きを付けられた、あからさまに安物のアイテムやら食品やら数十点だった。
「こんなんになんか、加護だのなんだのつって売りつけてんだっけか?」
「うむ」
その珍グッズの数々の中から、〝神通力入浴剤〟と書かれたボトルを手にとり、眉間にシワを寄せてそれを見つつ、ザクロは呆れた様子で放り投げた。
「なるほど、これはえげつなさそうだ」
「あ、恐らく例に漏れず粗悪品の極みでござるから、見るだけにするでござるよ」
「そうかい? あ、本当だバリ取りが甘いや。これじゃ怪我しちゃうね」
「ぬう、これでは本来の用途にも使えないでござろう」
「これでもまだマッサージ器だと言い張ってんのか……。つかいつまで見てんだよお前ら」
「いやぁ、この手の方向に関心が無いわけでもないんだよね」
「ミヤ殿ならもっとハイグレードな物が作れるのでは」
「そうだねぇ。ちょっと手を出してみようか」
「いいから早くしまえっ。ヨルが帰ってきたらどうすんだバカ」
スケベなグッズをウッキウキで観察するミヤコとバンジへ、ザクロはツカツカと歩み寄るとそれを取り上げて袋に戻した。
「案外興味あるかもしれないよ」
「あると思うか? あの純情娘に」
「ないでござろうな。身辺調査する限り、そっち方面は全く関心なさそうでござるし」
「それもそうだね。ちょっとキスしてるシーンですら赤面してたし」
ボクの部屋に持って行っておくよ、とミヤコは他のその手の電動グッズを紙袋に回収した。
「ところでメアよ。内偵っつってたが、それクローン教ってとこか?」
「うむ。そうでござるよ。よくご存じで」
「例のメイドに面会する用事があって。そんときに世間話でな」
ゴーグル型サングラスの奥の目を丸くして1つ頷いたバンジへ、ザクロはロザリアから聞いた件について説明した。
「獄中でも布教とは大した信仰心でござるなぁ。その甲斐性をなぜ遵法意思に使わないのか」
「本当にねぇ」
かぶりを振って呆れるバンジと、他人事の様に苦笑いするミヤコだが、
「いや、潜水艦で領海に入るような事やってんじゃねぇかお前ら」
「はて」
「何のことやら」
ザクロにジト目でそう指摘され、顔を逸らして口笛を吹くなどしてすっとぼけた。
「帰りましたー。って皆さんお帰りでしたか」
「おう」
「うむ」
「やあ、お帰りっ」
などとやっているとヨルがひょっこり帰ってきて、ミヤコはそそくさと例の紙袋を持ってソウルジャズ号へといったん戻っていった。
「……? あれ、メアさん玩具の露天商でも始められるんです?」
ミヤコの迅速な動きに、不思議そうな顔をしてその後ろ姿を見送ったヨルは、シートの上に広げられたインチキ商品に気が付き、物珍しそうに近寄ってそのうちの1つをとる。
「いやいや、お土産というか参考資料というか、でござる」
「なるほど……」
〝IQ強化電波発生器〟を説明書からパッケージの文字まで読み、そのトンチキな理論に対してやや眉間にシワを寄せるヨルに言う。
「露天商とかその胡散臭い格好にピッタリじゃねぇの。副業増やすか?」
「はっはっは、ご冗談を……、って半分マジで言ってるでござるな!?」
その手のグッズで見落としていた物をこっそり回収しつつ、バンジが高笑いと共に振り返ると、お前口が回るしな、ザクロは真剣と冗談の中間みたいな声色で続けた。
広げた物を片づけること20分程。
大型テレビモニターに向かい合う長ソファーにザクロとヨル、その正面から見て右はす向かいの1人掛けにミヤコが座り、
「では、手配され次第向かうということで、今のうちに情報共有するでござる」
最後に、ローテーブルを挟んで反対側のスツールに座ったバンジが、口調以外はふざけずにそう言って資料をモニターに映した。
「まずクローン技術についてで――」
「……。ま、まただぁ……」
先に資料一式をバンジから貰い、その中からクローン技術の項目を真っ先に確認したミヤコが、頭を抱えて前の方にずり落ちそうになっていた。
「やっぱミヤのばーちゃんのか」
「ああ。これも流出したのかなぁ……」
ミヤコの嘆きのため息を聞きつつ、ザクロがヨルを見やってから画面を見てもう一度ヨルを見ると、彼女は肩身が狭そうに肩をすぼめて頷いた。
「おっほん、もういいでござるか?」
「どうぞ……」
どんよりとした顔でミヤコが座り直してから、実用可能レベルである事はお察しの通り、と言って、バンジはその項目を飛ばして説明を始める。
「まず主犯の1人はクローン教の教祖を名乗る若い女で、本名はルキ・ダイソン。こっちが純粋に詐欺まがい行為を働いている故、片割れよりも悪質でござるな」
「随分と下世話なもん売ってたし、マジでビジネスでやってますって感じだな」
「確かに精力サプリとかありますもんね……」
フン、と鼻で笑ってザクロが言った皮肉へ、割と真剣な顔でそう言って乗ってきたヨルに、他の3人は声を出さずにざわついている様子で目線を交わし合った。
「?」
「……まあ、その辺は置いといて」
奇妙な反応をした3人を不思議そうにキョロキョロ見回すヨルは、もう1度咳払いをしてバンジが軌道修正したのでそれ以上は何も言わなかった。
「もう1人は再生医療技術専門の科学者である、ダイソンと同い年の女で名前はミレイ・オオヒガシ。こっちは調べた限り、死んだ恋人の男を蘇らせたい以外の目的はなさげでござる」
「恋人を、ねえ……」
「まあ、知っていて黙認の可能性は否定できんでござるが」
ザクロは誰に聞かせるでもなく遠い目で独りごち、すぐに振り払う様にかぶりを振る。その様子を目だけ動かしてバンジとヨルは見やった。
「とはいえ、まだ学習させるような技術は存在しない故、完全成功がない事はすでに目に見えているでござるが」
「ちなみに、理論自体は祖母が見付けている様だけれど、脳の安全を確保できないから不可能ではないぐらいだね」
「……発注してきたやつ、クローン人間作る気満々じゃねぇか」
「うん。それって別案件で頼まれた高速学習装置なんだけれど、ユミさんが怪しいと思って、祖母に相手をクラッキングさせてギリギリ気が付いたとか」
「ま、毎回思うんですが、こう、異次元なエピソードが豊富ですね……」
「やべぇよなぁ……」
「サカノウエ教授がご親友で本当に良かったでござる……」
だろう? と畏れに近い祖母への称賛に喜んでいるミヤコ以外は、怪談話でも聞いているかの様に身体を少し強ばらせていた。
「で、その2人と教団幹部10名を含む信者百名余りは、小惑星帯にある小惑星利用コロニー1つを買い取り、そこを研究所兼教団施設にして集団生活しているわけでござるな」
「結構な額するもんじゃねぇの? 規模とか考えると」
「信者の中にさる大企業の代表などの富豪がいるのでござる。拙者の観測範囲内ではどうやら他意は無く、本当に疑いも無く入信していた様子でござった」
「迷惑な金持ちの道楽もあったもんだ」
「左様でござるな」
呆れた様子で眉間にシワを寄せてため息交じりに言うザクロに、バンジはポンチョの下で腕組みしたまま肩をすくめた。
「つったって、サギ団体なら『ロウニン』の出る幕じゃねぇし、武装でもしてんだろ?」
「うむ。ただし戦闘訓練をやってはいてもたかが素人故、練度はお察しでござるが。まあ一般人相手にテロを行うには十分でござる」
バンジが出した資料では、安価なビームアサルトライフルや防弾チョッキ、ヘルメット、鉄パイプを使った手製手投げ弾などといった、毛が生えた程度の装備である事がうかがえた。
一応、対宇宙航空戦力も持ってはいたが、艦船と戦闘機は数も少なくオンボロ、機銃なども寄せ集めの旧式なので、大した問題にはならない、と彼女は推測していた。
「では、手配されるまでしばしお待ちを。ちなみに相手の人数ゆえ、複数人との仕事になると思ってもらって差し支えないでござるよ」
最後にコロニーの設計図を全員に配布したバンジは、では拙者はまだ他に用事があるので、といったんソウルジャズ号から退出していった。




