執着のラブマシーン 3
それから1時間後。
「――お嬢様はこうもおっしゃいました。人の値打ちなんてものは考えなくていい、そもそも値段などという概念に当てはめることが間違っているのだと――」
「……」
ミヤコだけで無く刑務官も聴き入っている中、ロザリアの主人に関する、終わらないプレゼンにそこまで興味がないザクロは、時計をじっと見てそれが終わるのを待っていた。
さらに1時間が経過したところで、
「――というのが、私とお嬢様の愛に関する全てでございます」
ロザリアはそう締めて一礼し、ミヤコと刑務官から拍手を貰っていた。
「いやあ、貴重なデータをたっぷり得られたよ。ありがとう」
「いえ、こちらこそお嬢様の生きた記録が残せた事、深く感謝いたします」
流石にちょっと疲れているザクロとは対照的に、ホクホク顔のミヤコへロザリアは深々と感謝を述べた。
「よし、そんじゃボチボチ帰ろうぜ」
「ああ。そうだね」
ザクロが椅子から立ち上がりつつ、ミヤコへそう促したところで、
「そういえば、1つお耳に入れておきたいことがございまして」
あ、とロザリアが声をあげて、出ていこうとする2人を呼び止めた。
「んだよ?」
「恐らくお仕事で役に立つかもしれない情報なのですが、最近収監された囚人の1人が、『クローン教』なるカルト宗教を布教しているのです」
「クローンっていうと、そのまんまの意味でか?」
「はい。そのままの意味でございます」
「それがあんだって?」
「彼女曰く、クローンで失われてしまった愛を取り戻す、というのが教義だとか。私には理解が及びませんが」
姿形が同じだけならそれは他人である、と私は思います、と続けたロザリアは心底不愉快そうに顔をしかめた。
「ほーん、またそりゃとんだ与太話だな」
「そうであるだけなら良いのですがね。なにやらすでに製作が可能であるかの様にいうものでして」
「あんだって?」
「とはいえその手の陰謀論じみたものなので、世間話程度のものだと思ってください」
眉間にシワが寄ったザクロへ、ロザリアがあくまで噂といった様子で、若干苦笑い気味にそう言うと、
「ロザ――325番。そろそろ予定の時間だ」
「承知いたしました。では、ご機嫌よう」
「ああ、またね」
「……おう、達者でな」
友達に言う様になりかけた刑務官が、声を硬くしてそう言い、彼女を監房へと連れて行った。
「……」
手を軽く挙げて見送ったザクロは、そのまま腕組みをして、しばしボンヤリとした様子で佇んでいた。
「そろそろ帰ろうじゃないか。それともまだ用事があるのかい?」
その顔を横から見上げていたミヤコは、腕を伸ばしてザクロの顔の前で手を振り、それに反応して自身を見たザクロへ促しつつ首を傾げた。
「いや、なんでもねぇ。ちとボヤッとしてただけだ」
ポリポリ、と頭を掻いたザクロは、スマン、と言って出入口のドアを開いた。
面会室からそれがズラリと並ぶ廊下に出たザクロは、ミヤコに歩幅を合わせつつ、少しソワソワした様子でやや薄暗い壁面照明が照らす廊下を歩いていく。
「なんかサンプルついでに、伝記でも書けそうな量になってねぇか?」
「そうだねぇ。伝記とまではいかないけれど、それに近いものは作ろうかな」
慕っていた人の事をもっと知ってほしい、っていう気持ちは分かるからさ、と言って、ミヤコは早速ゴーグル型モニターを付け、歩きながら思考操作で書き始めた。
数分ほど歩いて監獄区画から外に出たところで、
「ところでクロー、君はもし、例えば亡くなったはずの友人が、そっくりそのまま目の前に現われたとして、それを本人であると思うかい?」
いの一番にニコチンリキッドパイプを咥えて、深呼吸する様に吸っているザクロへ、忙しく目が動いているミヤコはそう訊ねた。
「どうした急に」
「いやあ、同一性の問題に関する単なる思考実験さ。〝テセウスの船〟とか〝スワンプマン〟とか、そういったものに近いのかな?」
「んだそりゃ」
ピンと来ていない様子のザクロを見て、説明しよう! とミヤコは人差し指を顔の横に立て、かなりノリノリで解説を開始する。
「まず1隻の船があるとしよう。その船は航海を繰り返す内に、大なり小なりどこかが破損してしまうだろう?」
「まあな」
「その部品を何度も取り替えていくうちに、元あった船のパーツは無くなってしまった。果たしてこれは同じ船と呼べるのか、という問題さ」
「なんつうか、高度な言葉遊びって感じだな……」
「だね」
分かった様な分からない様なしかめっ面で腕を組むザクロへ、ミヤコは彼女の感想に同意して頷いた。
「それで、スワンプマンは――」
「いや、そっちはいい」
「ありゃ」
さらに説明を続けようとしたミヤコを手で制し、ザクロは翼が折りたたまれているフライフィッシュⅡのステップを昇ってその風防を開けた。
「落っこちるなよ?」
いったん降りてきたザクロは、ミヤコが落ちてきてもキャッチ出来る様に構えつつ、彼女を昇らせて先に後部座席へ座らせ、自身も操縦席へと収まった。
「で、そのそっくりさんは記憶とかも全く同じなのか?」
「この実験の場合はそうだね」
「そうか」
「あ、一応前置きしておくけれど、ボクはクローがどう言おうと否定するつもりはないからね」
「その手のもんって、科学者なら反対するもんじゃねぇの?」
「〝倫理と感情は切り離して考えなさい。その方が人に優しいから〟の精神に則っているだけさ」
器用に祖母の声真似をしながら、ミヤコは優しく微笑んでそう言った。
「お前のばーちゃん、たまにすげぇ深ぇだけな事言うよな」
「たまにはね。もしかしたら何気ない一言も、よく考えれば深いことを言っているかもしれないねぇ」
「よく考えなくても、そうじゃねぇのは逆にはっきりしてねぇか?」
「あー……。それはそうだね」
ほんの僅かの間だけ少し目線を上に向けたミヤコは、あは、と苦笑いを浮かべて同意した。
「――にしてもクローン、か……」
その後、フッと真顔になったミヤコは、ザクロに聞こえない大きさで、自分を抱きしめつつそう独りごちた。
少しして。ミヤコがヘルメットを被った事を確認すると、
「もう出してもいいか?」
「あっ、うん。いつでも」
ザクロは離陸場所までフライフィッシュⅡを移動させた。
『ねえザクロ。もし私が突然死んじゃった後に、私のクローンが出てきたとして、あなたはそれが私だと思うのかしら? もちろん記憶はそのままね』
『なにを藪から棒に縁起でもねぇこと言ってんだ』
『うん? 単純に興味よ』
『どんなだよ』
『で、どうなの?』
『止めてくれ。考えたくもねぇんな事』
『あらそう? でも現実は奇なりだし、起きるかも分からないわ』
『そうならねぇ様、オレより長生きしてくれ』
『ふふ。頑張るわね』
ミヤコの問いに、苦虫をかみつぶした顔で時折小さく唸っていたザクロは、
「……それでもやっぱ、オレぁ別人じゃねぇかと思う」
愛機を垂直離陸させながら、先程よりもさらに苦しく絞り出す様にそう言った。
「うんうん」
「いくら何から何までそっくりつっても、結局どこまで行っても〝そっくり〟でしかねぇじゃねぇか」
「なるほど。ありがとう」
「……」
「……」
相づちと共にそう言った後、ミヤコは何も言わずに執筆作業を再開する。
「――いや、それで終わりかよ!」
操縦も含めて若干身体に力が入っていたザクロが、長時間潜水して息継ぎする様に、やや強めな声でミヤコへ訊いた。
「えっ、うん。ちょっと訊きたかっただけでね。何か期待していたならごめんよ」
一瞬反応が遅れて、目を少し見開いたミヤコは、ディスプレイにもなっている、ヘルメットのバイザーを上げて申し訳なさそうに言った。
「いや、期待って程でもねぇが。それがクローンの話に繋がんのかなって」
「まあ、それから連想したし、今からでも繋げたほうがいいかい?」
「行けるなら頼む」
「うん。だったら、1つ心配事があってだね」
「おう」
「祖母ってクローン技術の開発を発注されてしたことがあるんだよね。しかも一部完成品になっていたりする」
「……は?」
ミヤコの口からしれっと発せられた、明らかに機密性の高い内容に、ザクロはギョッと目を見開いた。
「よく捕まらなかったなオイ……」
「あっ、その一部っていうのはN型皮膚培養装置のことだよ。あれ、ユミさんの口八丁手八丁でそれ限定だと思われているだけで、理論上完全な人間も作れるんだ」
「作ってるときに分かりそうなもんだけどな」
「いやあ、祖母としては再生治療装置のつもりだった、とは聞いているよ」
「で、また悪用されてないか心配、と」
「ああ……」
額をヘルメット上から抑えつつそう言ったミヤコは、深々とため息を吐いた後、
「それに、ボク自身も遺伝子の組み換えで生まれたわけだからね。クローン自体はともかく、命を道具にするなんてあっちゃあならないからさ」
少し険しい表情になって拳を握りしめながら続けた。
「まあ、いかにも大義名分な事を言っているけれど、要はボクの気分が悪いんだよね」
とはいえ、自分勝手な都合を押しつけるのはボクも一緒かも、と、一転してミヤコは自虐的な笑みを浮かべた。
「所詮人なんてぇモンはな、他人に都合を押しつけて生きていくもんだぜ? それに自覚があって責任が取れるならいいだろうよ」
フライフィッシュⅡをコロニーの端にある、エアロック区画の規定位置に停めたザクロは、振り返ってミヤコへ口元に笑みを浮かべつつ言う。
「祖母も善意で無理な納期で受注して、社員の皆につるし上げられて1人で責任とってひいこらしてたっけ」
「……それはやる前から確実に迷惑だってわかんだろ」
「ありゃあ」




