執着のラブマシーン 1
「ちょっと訊きたいことがあるんだけれど、いいかな?」
ザクロが丁度、遅めの朝食のホットドッグを口に頬張ったところで、ミヤコがひょっこりと第2階層のリビングへ上がってきて、心底楽しそうな笑みを浮かべつつザクロへ訊いた。
ミヤコは顔にゴーグル型モニターを付けていて、画面には文書作成ソフトが表示されている。
「あ、食べながらで構わないよ」
「……。おういいぞ。なんだ?」
ちょっとまて、と掌をミヤコに向けて、ザクロは素早く咀嚼してコーラで流し込んでからホットドッグをテーブルの紙皿に置き、正面にあるスツールへ移動したミヤコへ言う。
「時にクローは、〝愛〟というものをどう定義しているんだい?」
「……また藪から棒だな」
目に力がこもった真剣な面持ちで、なにやら哲学的な質問をしてくるミヤコへ、瞬きをパチパチとしたザクロは思わず噴き出しながら言った。
「それなら、サカノウエ博士に訊いた方が早いんじゃねぇか? 確か哲学の名誉教授だろ?」
「いやあ、それはもうしたんだけれど、やっぱり生のサンプルが欲しくてね」
「そういうことか」
「それにボク、色恋っていう概念自体を持ち合せていないらしくてね。その辺りをせめて理論では細かく知りたいんだ」
「オレぁ男にゃ興味無ぇんだが、それでも良いか?」
「もちろん。種類が多いのは良い事だしね」
後半の朗らかさが無い真剣な顔のミヤコから、割と切実な理由を聞いたザクロは二度三度と頷いた後、
「愛、なぁ……。死ぬような目にあっても大事にしてぇとか、そういう感じのもんじゃねぇかな。――少なくとも、レイに対してはそう思ってた」
腕組みをして小さく首を捻りつつ、少しだけ苦しそうにそうひねり出した。
「なるほど……」
「特に普通の事しか言ってねぇと思うんだけど、いいのか? オレぁどうも感覚的なものの説明ってもんが苦手でな」
「いやあ、その普通なのが大事なことなんだよ。普通だと思うのは、同じ文化圏の中では普遍的な価値観だ、という事だからね」
言った内容に比べてミヤコの反応が大きなもので、ザクロはやや困惑気味に顔をしかめて訊くと、爛々《らんらん》とした目のままミヤコはそう返した。
「ならいいけどよ。んで、これがどういう研究に繋がるんだ?」
「ああ。愛というものの数値化を試みようと思ってね」
冒険譚を聞く少年のような前のめりな様子に、ザクロはやや圧され気味になりつつ訊くと、待ってました、とばかりに自身の後ろにあるテレビモニターへ、
「あん? 〝ラブ・ハート・システム再現計画〟?」
なんともダサい名前のコンセプトを説明するスライドを表示した。
「ああ。〝ラブ・ハート〟っていうのはだね――」
「知ってる。なんか大昔の恋愛ゲームだろ?」
話が早くて助かる、と遮られても上機嫌なミヤコは、表紙をめくって本文1枚目を出した。
「そこに出てくる好感度メーターの仕組みを現実のものにしよう、というテーマの元、祖母が開発を始めて未完成に終わったものがこれなんだ」
スライドには、当時販売されていたものを再現したような、一見古くさいカチューシャに見える脳波測定器と、コイン型ワイヤレス心電図のセットのデザインが載っていた。
「未完成? そんなにムズいもんなのかそりゃ」
「原因はたしか……。ああそうだ、途中で飽きたって言ってたね」
「……。いや、飽きたのかよ!」
少し目を見開きつつコーラを一吸いして訊いたザクロは、小首を傾げて少し考えたミヤコからの答えに噴き出しそうになった。
「うん。なんでも、途中で人が思った味を再現する装置を思いついちゃって、後回しにしているうちに興味が無くなってたそうだ」
「ほーん。まあ、確かにそっちの方が実用性ありそうだな」
「あっ、完成品はあるから持ってこようか?」
目がキラリと光る様ににんまりし、立ち上がったミヤコへ、話が進まねぇから後でいい、と言って、ザクロは座る様に上から手で押える動きをした。
「で、それを思い出したから完成させようってことか」
「うん。――本当に後でいいかい?」
「……それが傑作だってのは分かったから、後でな」
どうしても我慢出来なさそうに中腰になったミヤコは、ザクロに再度同じジェスチャーをされて、やや不満げに口を尖らせつつも座った。
「でもアレってフィクションだろ?」
「ああ。でも、もしかしたらシミュレーション仮説が正しくて、全てが数値で決まっているならばどうだろう?」
「? なんだそりゃ」
「ああ。ボクたちの生きている世界が、実はコンピュータによるシミュレーションである、という仮設さ。ちなみにこの間、ヨルにも説明したら怖がられてしまったよ」
悪いことしちゃったなあ、と申し訳なさそうに下唇を噛むミヤコへ、後で謝っとけよ、とザクロはジト目を向けて言った。
「というわけで、ついでにシミュレーション仮説に迫りつつ、愛についてのサンプルを集めたいねぇ」
「ついででも迫る気ねぇだろ」
「うん。正直ボクの興味を惹くものではないね」
与太話としては面白いけれど、とミヤコは朗らかに言いつつ、ザクロへ協力してくれそうな知り合いの連絡先を教えてくれるように頼む。
「訊くだけ訊くけどよ、数集まらねぇでも文句言わねぇでくれよ」
「もちろんさ。祖母曰く、〝全く無いよりは多少あった事を喜ぶべき〟だからね」
「……それ、どんなときに言ってたんだ?」
「祖母が残しておいたチョコレートをボクがほぼ全部食べちゃったときだね」
「お前それ名言じゃねぇ。やせ我慢だ」
含蓄とかそういうものが一切無いシーンで繰り出されたと聞かされ、身構えていたザクロは横にずっこけた。
「だろうねぇ。ちょっと泣いてたし」
「それはそれでお前のばーちゃんもどうなんだ……」
「食べて良い、と言われた物と勘違いしていてね。あのときは本当に申し訳なかったなぁ。ユミさんから貰った高級品だったらしいし……」
「あー……。うん、そりゃ泣くわ」
「まあ、ちょっとお安いのをユミさんからもう一度貰える事にはなったんだけど、メーカーがその前日に倒産しちゃって」
「踏んだり蹴ったりだなそりゃあ」
「ああ」
猫背になっているミヤコの、ため息交じりの自省を聞いたサクロは、視線をやや上へ向けつつ、少し表情の曇った苦笑いを浮かべた。
「ところで、ヨルとメア氏は? 今朝から見当たらないけれど」
気を取り直して姿勢を戻したミヤコは、辺りを少し見渡しながら訊いた。
「……ヨルはなんか『中央』の会社に手伝いに行ってる。メアは本業の方の仕事だ」
「道理でクロー、ずっと寂しそうだったわけだ」
「うっせ。別に寂しくねぇし……」
口をへの字に曲げて答えたザクロは、なにやら思考操作中のミヤコからの生暖かい目線を避けて横を向いた。
とはいうものの、ソファーに深く座っているザクロは、ヨルがそこにいるかの様に左腕を背もたれに乗せていた。
「気になるなら付いて行っても良かったんだよ?」
「馬鹿言え。ヨルだってガキじゃねぇんだ、オレが居なくても問題ねぇだろ」
「うん、どうもそのようだね。どうやら、ボディーガードも雇われている様だし」
その表情にややイタズラっぽい笑みを混ぜて、ミヤコは防犯用にヨルを追尾する箱型小型ドローンで撮影した、知り合いの女性『ロウニン』コンビの画像をテレビに表示する。
「あ、一応ヨルからはドローンを飛ばす許可は貰っているし、この彼女にも今し方ヨル経由で許可は取ったからね」
ちなみにこのドローンはミヤコが防犯用として持たせたもので、通常時はチャットなどを使って許可を取れた場合のみ飛ばす、という約束になっている。
「……マジで手回しが良いな。お前さんは」
「これは今度こそ名言だけれど、〝確認こそが最大のセーフティなんだねぇ〟を守っているだけさ。ちなみにこれはユミさんのパワードスーツに、大型アームガンを仕込んだときの話でね」
面白くなさそうな顔で眉間にシワを寄せつつ感心するザクロへ、ミヤコはミヤビ博士の語録をわざわざ黒地に白で書いたスライドを出して解説した。
「ちなみにこういう感じだね」
「要らねえだろ。んなでけーの」
「あは。ユミさんに、貴殿は私を凄腕の賞金稼ぎにでもしたいのかね、って呆れられてたね」
実際の人1人ぐらいは消し炭に出来そうな、そのどっかで見たデザインの写真を見せられ、あんぐりするザクロへミヤコはカラカラと笑い、サカノウエのマネをして言う。
「まあ付けてぇ気持ちは分からねぇでも無ぇがな。親友なんだしよ」
「何としてでもユミさんを守りたかったんだろうしね。……まあ、半分以上は格好いいから付けたんだろうけれど」
「んなとこだろうな」
2人とも確信めいた半笑い顔をして頷き合った。




