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ロング・ランニング・エランズ 3

                    *



 ヨルはグレーの地味で一般的な上下ツナギの船内服から、シンプル目なツル草模様のレーススカートをあしらった黒いものへ着替えていた。


 ザクロはそれを見て、


「お、なんつうかこう……、優雅だな?」

「ですかー」


 ややぎこちない様子でなんとか褒める言葉を繰り出した。


 そこまで気の利いた事は言っていなかったが、ヨルはずっと上機嫌な様子でザクロの隣を歩いていた。


 火の着いていない煙草をくわえながら、まんざらでも無いが困惑した様子で小首を傾げる。


 内部線乗り場で個室が4つ連結したゴンドラに乗り込み、『西』区画から『中央』区画の方へと向かう。


「わあ……」

「あんま乗ったことねえか。こういうの」

「はいっ」


 その際、中央のゴンドラ乗り場に到着するまで子どもの様にはしゃぎながら、ヨルは窓に張り付いて街の景色を眺めていた。


 それから3時間後。居住区の照明がすっかり夕方のオレンジに変わった頃。


 ザクロの大盤振る舞いにより、モール型商店街でヨルの生活必需品やら服やらを全て買いそろえた後、その近くのカフェテリアで2人は夕食を摂っていた。


「すっごい品揃えでしたねー」

「まあな。『NP-47』(このコロニー)が1番みかじめ料が安いおかげで、いろんなとっから物が運ばれてくんだよ」

「なるほどー」


 雑談しながらパンケーキを食べるヨルと、ホットドッグを食べるザクロが座るボックス席の奥には、人1人分のスペースを陣取る量の紙袋が置かれていた。


「それにしても、本当ふわふわですねえ……」

「相当気に入ったんだな」

「はいー」


 パンケーキを切って口に運んだヨルは至福の表情で目を細め、うっとりとした様子で3回目の同じ台詞を言った。


「そりゃ良かった。ライク品じゃこうはいかねぇからな」

「はいっ」


 ほわほわと心底幸せそうなヨルの様子に、煙草のリキッドを吸うパイプをくわえているザクロはフッと小さく笑う。


 2人のいるカフェテリアは、ライク品ではないものを出す店で価格帯が高めであるため、いつも入り浸たっているそれの様なキテレツぶりは一切無い。


 その様子を眺めながら、ザクロは追いマスタードをしたホットドッグを口にする。




『なに? いつもこんな所になんか来ないくせに』

『単に儲かったからだよ。好きなの食え』

『普段ホットドッグばっかり食べさせてるの、気にしてるのね』

『分かってるのに訊くなよ。で、何食うんだ?』

『んー。ホットドッグね』

『いや、いつもと同じじゃねーか』

『同じが良いのよ』

『どういうこった』




「あのー、クローさん」

「ん?」

「なんかずっとこっち見てる人がいるんですけれど……」


 遠くを見る目をしていたザクロに、ヨルは不安げに視線を動かしながら小声でそう言った。


「どこだ?」

「角にある街灯の陰です」


 ヨルの視線を追ったザクロはほとんど顔を動かさずに、『北』区画へ向かう道との丁字路にある街灯の後ろに、アフロでサングラスのいかにもな怪しい男を確認した。


「あー、アイツ知り合いだ。うぜーヤツだが不審者じゃねえぞ」


 ザクロはそのニヤケ顔の男を確認すると、非常に面倒くさそうに顔をしかめてそう言い、ブラックのコーヒーを啜った。


 ややあって。


「おう、そのシケた面はクローじゃ――いてっ」

「おいジェイジェイ。何しに来やがったこのエセヒップホッパー」


 食事を終えたところで、ヨルを偶然近くを通ったアイーシャに預けたザクロは、ジャケットのポケットに手を突っこんでジェイジェイと読んだ男、J・J・フルハシの尻を蹴飛ばしながら訊いた。


「オイオイオイ、いきなりソバットとか機嫌悪いじゃねえのよ」

「うっせー。ストーカー染みたことしてるヤツにゃ十分だ」

「ストーカーたぁ心外だぜあねさん。俺っちはアフターサービスで来てんのよ」

「あ?」

「おーい、お嬢ー。レタスどうだったよ」

「あっ、今朝はどうもー。ご満足されていましたよー」

「そいつは良かったぜ」

「あー……。だいたい分かったぞこの野郎」

「ヒッ」

 

 人の良い爽やか笑顔でヨルに言ったジェイジェイへ、ザクロは腕組みをして頷きながら人を殺しそうな目を向けた。


「廃棄したくねえから、再利用してオレに厄介な仕事を安く押しつけようって魂胆だな?」

「いやあ、全くもってその通りだぜ姐さん。食ったからには頼むぜ」


 頭をガードして怯える動きを見せるも、その奥の顔をニヤッとさせてジェイジェイは若干強気に出た。


「テメエよう。あんな純朴な嬢ちゃん騙すたぁ、クソ野郎のやることじゃあねえの?」

「騙したなんてとんでもねえ」

「――お前の船、確か最大積載量ちょろまかしてるだろ?」


 悪いとも思ってない様子で胸を張るジェイジェイの肩に手を置いたザクロは、悪い顔をしてそんな彼にドスの効いた小声で言った。


 『NP-47』の貨物船は積載量によって入船税が変動する仕組みで、彼の船は実際は100トン積めるが、貨物室を改造して90トン級に見せかけている。


「――うっ、なんでそれを……」

「オレぁよう、艦長からテメエがちょろまかした分回収しろって頼まれてんだ」

「お、おう……」

「それがちょうど200万。で、知っての通り追徴課税で徴収されるのはさらにその4倍だ」

「そ、そっすね……」

「あと、回収するかどうかの判断はオレに委ねられてんだ。ほれ」


 ジャケット胸ポケットを探って、ザクロはドウェインのサインが入った書類を見せた。


「それでだ。オレに正規で仕事頼むってなら見逃してやるよ」

「本当ですかいっ。じゃあ頼みますぜ姐さん。800万なんて払ったら潰れちまう」

「じゃ、200万で引き受けてやるよ」

「へっ? 姐さんって荒事無しの荷物運び、火星ぐらいまでは50万が相場じゃなかったんで?」


 助かった、と思って脂汗をかきながら笑みをこぼしたジェイジェイだが、値段を聞いて耳を疑った様子で目を丸くした。


「じゃあ、800万税務課で払ってこい」

「いや、それは……」

「だろ? 200万ならお安いぜ?」

「冗談きついぜ姐さーん……。せめて100万で……」

「1銭たりとも譲らねえぞ。人を騙したらどうなるかの勉強代だと思えバーカ」

「殺生なあー……」


 なんとか交渉しようとするも、全く取り付く島も無く切り捨てられたジェイジェイは、泣く泣く即金払いでザクロへ地球産レタス運送を依頼するはめになった。


「はい毎度あり。明日朝一で出るからオレの船の前に荷物もって来い。最後に艦長からのお言葉だ。〝次はないよ〟」


 膝から崩れ落ちるジェイジェイに対してそう告げ、じゃあな、と立てた人差し指と中指を顔の位置で振って言いヨルの元に戻った。


わりい。待たせたな」

「いえ。……あの、ジェイジェイさん、もの凄く悲しそうにされていますが、どうされたんですか?」

「おー。ありゃ自業自得だ。あわれんでやってくれ」

「わ、分かりました」


 惨敗して燃え尽きたボクサーみたいになっているジェイジェイへ、ヨルはよく分からない様子ではあったが両手を合わせておいた。

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