35.聖のお母さん
どうする、どうする。俺の脳内はパニック状態になる。あの聖と同じ柔らかい笑みを見て完全に油断していた。魔印という動かない証拠を突き付けられたのだ。もう誤魔化せはしないだろう。
「確かに俺は彼女を作ってラブコメみたいなことをしたいという理由でサキュバスを……聖さんを召喚しました。もちろん、半信半疑でしたが……でも、信じてほしいです。俺は聖さんが男性嫌いだと思っていたので変な事はしていませんし、魔印だって、彼女が嫌がることに使ってなんていないんです!!」
「それを信じろって言うの? あなたくらいの年頃だとちょうどそういう事に興味を持つ時期でしょう。そんな時に同級生の……しかもとっても可愛い女の子を好き勝手にできる力を手にして、使っていないって言うのを信じるにはあなたと私じゃあ信用関係が足りないのよね」
「ですが……」
俺は反論を考えるが思いつかない。だってさ、この人は本気で聖の事を心配しているんだ。適当な言葉は言えないだろ。もちろん、俺は聖の嫌がることをしていないって誓って言える。だけどどう説明しろというのだ。
「もしも、あなたがエッチな事をしたいだけで聖のそばにいるなら、他にもっとエッチな……それこそあなたが想像しているようなサキュバスみたいな子を紹介できるわ。だから、聖から手を引いてくれないかしら」
「それは……」
「ラブコメどうこう言っていたけれど、サキュバスを召喚するっていうことは結局そういう事でしょう。別にあなたを責めるつもりはないわ。あなたもそういう年頃ですもんね、私はただ、聖を守りたいだけなの。悪くない取引じゃないでしょう?」
聖のお母さんは先ほどまでとは違う淡々という一切感情のない口調でそう言った。その顔は最初の時の聖と似ていて、ああ、やはり親子なんだなっておかしくなって思わず笑ってしまった。そんな俺に怪訝顔をされたが構わない。不思議と先ほどまでの恐怖心は消えていたから。
だって、この人も一緒なのだ。聖が俺を心配した様に聖を心配しているのだ。しかも、娘を脅しているかもしれない俺にだって一切危害を加えるつもりはないらしい。だったら俺が言う言葉は一つしかない。
「それは魅力的な提案ですね……」
「そう……だったら……」
「でも、断らせてもらいます。聖さんを召喚した直後だったら、オッケーしたと思います。でも俺は聖さんを知った。聖さんの可愛いとこも苦悩も知ったんです」
俺は一息ついて、聖のお母さんの目をまっすぐと見つめて自分の言葉を伝える。彼女の目がすっと細くなり、プレッシャーを感じたが逸らすわけにはいかないのだ。
「俺は確かにラブコメをするために聖を召喚しました!! そして、俺は彼女を知って彼女とラブコメをしたいと思った。俺の知ってるラブコメっていうのは、ヒロインと主人公が徐々に距離を詰めて行ったり、喧嘩したり、仲直りしたて最終的に幸せになることなんです!! 俺はラブコメの主人公みたいになるように努力をしてきました。みんながいうように見当違いの努力だったんでしょう。だけど……だからこそラブコメをできるチャンスに途中で投げ出したりなんてできないんですよ!! そりゃあ、俺は聖にとっての主人公じゃないかもしれないです、でも、サブキャラでもいいんです。俺は聖の苦悩を知ったんです、そして何とかしたいと思ったんだ。この気持ちは嘘じゃないんです。だから俺は女が嫌がらない限り彼女のそばで彼女を支えたいんです。召喚者とサキュバスじゃなくて、黒川聖の友人として!! 俺はこれまで苦しんていた彼女と楽しいラブコメみたいな人生を過ごしたいと思っているんです」」
そう、これが今の俺の気持ちだ。そりゃあ最初は単なる下心でサキュバスを召喚したさ、でもさ、召喚した相手は聖で……男嫌いで有名なミステリアスな彼女は、ただの自分の力を恐れているだけの女の子だったのだ。そして俺は彼女と色々と接して、彼女を知って彼女と一緒にいたいと思ったのだ。もう、俺にとって彼女は五月雨や中村のような大事な存在になっているのである。聖の代わり何ていないのだ。
「翔君……君の聖ちゃんへの気持ちも決意も聞いた。だから私はあなたを信頼するわ。あの子は真面目に色々と考え過ぎちゃうんだよね。それで、変にこじらせてしまう事もあるかもしれない。だからそんな時は聖ちゃんを支えてあげて欲しい。それは家族だったり、サキュバスの血を引いている私じゃできない事だから……他人である、サキュバスの血を引いていない君の言葉しか通じない時もあると思うのよ」
「お母さん……その、自分で言うのもなんですがあっさり信用するんですね」
「そりゃあ信じるわよ。だって、聖ちゃんがあなたにあんなに懐いているんですもの。悪い人じゃないって言うのは最初にわかってたしね」
「え……でも、俺が順守権で聖さんを強制的に従わせてるかもしれないんですよ」
「それは無理よ、だって順守権なんて儀式中は五分くらいしか効力を発揮しないもの。そうしないと、召喚者が有利すぎるでしょう?」
そう言って聖のお母さんはあっけらかんと言った。まじか、順守権って結構制約が多いんだな。でも、じゃあなんでこの人は俺に色々と聞いてきたのだろう? 俺と聖はちゃんと友情でつながっているとわかっていたはずなのに……
「試すような事をしてごめんなさいね、聖ちゃんはあなたに心を開いてきているわ。あの子はね、責任感が強いからかしら、自分の血筋に関してずっと悩んで、人と距離をとるようになっちゃったのよ。だから、あの子があなたと一緒にいるのを見て私はとても嬉しくなったと同時に怖くなったの。あなたに否定されたらあの子はもう一生人を信じれなくなっちゃうんじゃないかって……だからあなたの気持ちを聞かせてもらったの。あの子の友達になってくれてありがとう」
「お母さん……任せてください。俺は彼女の力になって見せます」
そう言うとお母さんの俺の手を握る力が強くなる。ああ、この人は本当に聖のことを大事に想っているんだなというのがわかった。俺は彼女の視線に力強く、うなづいて答える。そんな俺達を冷たい声が襲う。
「ねえ……二人ともなんで手を繋いでるのよ……翔君……いくら彼女が欲しいからって人の母親を口説くのはやめて欲しいのだけれど……」
「ああ、おかえりなさい、聖ちゃん。アイスは何を買ってきたのー?」
「いや、これは違うんだって……てか、お母さん冷静すぎでは? 聖の話をしていただけだぞ」
何を想像したのか、顔を真赤にした聖が俺を睨んでいた。てかすごい誤解をされた気がするんだが……
「私の話………あなた……まさか親子丼とか狙ってるの? ハレンチね!!」
「エロ漫画の世界じゃねーんだよ、そんな事狙うかボケェ!! ハレンチなのは聖の思考回路だろ!!このムッツリめ!!」
この女はエロ同人を読みすぎでは? 確かにガルパンとかはお母さん人気だけどさ!! 結局この後は、お母さんが誤解を解いてくれたのだけれど……聖のお母さんが娘想いで、よかったと思う。そうして、俺はなぜか少し溶けていたアイスをごちそうになって帰宅したのだった。
だけど、俺はもう少し考えるべきだったのだろう、お母さんがあれだけ心配した理由を、そして世間のサキュバスへのイメージを……
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