11.黒川さんに抱き着かれたんだが
「その……本当にごめんなさい……こんなつもりじゃなかったのよ……」
「いや、その俺も悪い気持ちじゃなかったし、むしろ幸せだったし……」
申し訳なさそうな黒川に俺は童貞の様に挙動不審な返事をする。まあ、童貞なんだけどな。
あれから俺は十分ほど黒川に抱きしめられていた。あれですね。女の子に抱き着かれるって最高ですね。胸とか柔らかいし、いい匂いするし、なんかムチャクチャ幸せな気持ちになりました。だが、サキュバスとエッチな事をすると奴隷になるらしいし、何より普段の黒川を見ていると絶対に自分の意志ではないという事がわかっていたので必死に耐えた俺は偉いと思う。抱き着かれている間は猿山先生の裸、猿山先生の裸と目をつぶりながら呪文を唱えながらかろうじで正気を保っていたのだ。
「その……こういうのってよくあるのか? 男性に抱き着いたりしたくなったりとか……」
「あるわけないでしょう……こんな風に自分が抑えられなくなったのは初めてよ……多分あなたとの契約がきっかけだと思うわ」
「その……なんか悪い……」
「別に謝らなくていいわよ。あなただって、悪気があって召喚したわけじゃないんだから、まあ、彼女が欲しいからってサキュバスを召喚するのはどうかと思うけど……」
そう言って彼女は俺と距離を取る。少し恥ずかしそうに顔を赤らめてジャージを整えている姿はどこか可愛らしい。目の前にいるのは猿山先生!! 俺は呪文を唱えて精神を整える。
「あんまり見られたら恥ずかしいんだけど……」
「ああ、ごめん。でも……なんかあったらこういう風に頼ってもらえたら嬉しい。俺は黒川の秘密を知ってるし、力にも耐性があるしさ」
「そう……ありがとう、あなたって本当にお人よしね」
俺の言葉に彼女は柔らかい笑みを浮かべる。その顔が今朝の夢と重なって見える。昔を懐かしくむ今の顏と異性に興味なさそうに無表情に接する普段の顔がよぎる。多分何かあったのだろう。彼女を変えてしまった何かが……
「それで体調は、もう大丈夫なのか?」
「ええ、あなたに抱き着かせてもらったおかげでだいぶ楽になったわ。これならしばらくは持つと思う。あなたの方は体調は大丈夫かしら? 多分精気を吸ってしまったかもしれないのだけれど……」
「確かに体は少しだるいけどそれだけだな」
「よかった……その疲れも寝れば治ると思うわ。精気っていうのは人間の生命力みたいなもので無理をしなければ回復するから」
「そうか、なら安心だな。昨日までは普通だったのに体調が悪そうだったから心配してたんだ。その……また辛くなったら言ってくれ。俺でできる事なら協力するからさ。それにこれってラブコメみたいじゃないか? 秘密を持つ美少女と、それを知る少年……まさに王道だろ?」
彼女の言う通り確かに疲れを感じるが、そこまで深刻なものではなさそうだ。精気はゲームの体力のようなものだろう。ゲームとかでも宿屋に泊まれば回復するしな。いつか昨晩はお楽しみでしたね。とかいわれたいものだ。
「あなたね、私が言うのもなんだけど、精気は吸われすぎると命にかかわるのよ。あまりふざけないほうがいいわよ。これは多分サキュバスと召喚者を近くにいさせるためなんでしょうね。相手が好みの顏じゃなかったら逃げるサキュバスとかもいたらしいからそれを防ぐためだと思うわ……まったくめんどくさい」
そういうと彼女はやれやれと肩をすくめてため息をついた。そして、ベットから起き上がろうとする。でも、その言葉に俺はひっかりを覚えた。この契約は一か月の勝負なのだ。その長期間に一回だけ、しかもたった十分だけ抱きしめるだけで大丈夫なのだろうか?
「さあ、そろそろ教室に戻りましょう。みんな心配してると思うわ」
「なあ……本当に一回抱きしめるだけで大丈夫なのか? 無理をしてないか?」
「……大丈夫よ」
一瞬間があって答える彼女の目を俺が正面から見つめると彼女はきまずそうに逸らす。俺はそれを見て確信した。ああ、彼女は嘘をついている。
「なあ……本当に大丈夫なのか? 一回だけ抱きしめられただけじゃダメなんじゃないか?」
「だから大丈夫だって……」
「悪い、黒川、順守権をつかう!! 俺の質問に正直に答えろ!! 黒川の体調はどうだ? 本当に一回抱き着いただけで大丈夫なのか?」
「あなた何を……」
俺の言葉と共にお腹の刺青があったところが熱くなる。それで俺は確信する。効果はあったのだと……黒川は顔の表情どころか目にも一切感情が消えた状態で喋る。
「正直辛いわ。まるで一日中貧血になった感じなの……抱き着いてあなたの精気をもらったけど、多分一日くらいしか持たないと思う」
「やっぱり……抱き着く以外で方法はあるのか?」
「それはキスとか……まあ、あと恋人がするような行為よ……でも、それをしたらあなたは死ぬか負けになるわ。サキュバスの勝利となった場合は仮に生きていても意思なく私の奴隷になってしまうのよ」
「ファーストキスや童貞卒業で死ぬ可能性があるのかよ」
俺があまりの状況に呻いていると正気に戻った黒川が、俺の胸倉をつかみ、すごい剣幕で俺に文句を言う。その目からは俺を心配している気持ちがあふれ出ているかのようだ。
「あなた何を考えているのよ!! それは大事なものだって言ったでしょう。こんなことで使うなんて……!!」
「こんなことじゃねえよ!! だって、黒川が辛そうなのに無視なんてできるかよ!! 俺が彼女欲しいからって召喚したせいでこんなことになってんだろ? 俺に責任があるだろ。だいたいお前は何で嘘をついたんだよ!!」
「だって……私はサキュバスなのよ。私の力が悪いのよ。あなたは優しいから私が本当の事を言ったらなんとかしようとするでしょうけど、万が一抱きついている時に変な気持ちになって私に手をだしたらあなたは死ぬか奴隷になるのよ……そんなことになるくらいだったら私ががまんすればいいんだもの」
「黒川……」
そう言って彼女が半分泣きながら紡ぐ言葉に俺は何も言えなくなる。こいつはさっきから自分よりも他人の事ばかり考えてやがる……俺は思わず彼女を抱き寄せて自分の気持ちを伝える。多分ラブコメの主人公だったらもっと気の利いた言葉が言えるんだろうが、あいにく俺はただのモテない童貞である。だから、素直に伝える。
「こうして抱き着くだけでも楽になるんだろ? だったら付き合うよ。黒川が俺を心配してくれたみたいにさ、俺だって黒川が心配なんだよ。それに……さっき順守権を使ったことだって後悔なんてしてねえよ。自分だってやばいのに、俺を心配してくれている黒川をみて思ったんだ。確かに異性に関してはツンツンだけど、黒川は本当にやさしいやつなんだなってさ。そしてそんな黒川の力になりたいなって思ったんだよ」
「妻田君……」
「それにさ、サキュバス召喚しただけのあほなクラスメイトが何を言ってるんだって思うかもしれないけどさ、昨日さ、少しだけど話したり遊んだりして仲良くなりたいって思ったんだよ。友達になりたいなって思ったんだ。そりゃあ、黒川が俺と何て仲良くなりたくないって言ったら諦めるけどさ……」
俺の口からどんどんと恥ずかしい言葉がこぼれ出ていく、だけどこれが本音だ。サキュバス召喚がきっかけで、それまで接点のなかった黒川を知って、友達になりたいと思ったのだ。ただのクラスメイトだった彼女が時には綺麗だけど、他人とは一線を引いている冷たい女の子なのかと思っていた。だけど、こいつはさっきから俺の心配ばかりしている優しい少女なのだ。そして、言葉にはできないけれどなぜか、彼女がみせた寂しい笑顔をもう見たくないと思ったのだ。
俺の言葉に彼女は答えない。だけど、少しだけど抱きしめ返してくれている手が彼女の想いをものがたっているようだった。
「知ってるかしら? 妻田君。誰もいない保健室でただのクラスメイトを抱きしめるのはセクハラなのよ」
「待って、さっきの俺結構いい事言ってなかった? やっぱりラブコメみたいにはいかないのかよぉぉぉ」
「だけど……」
俺が絶叫しながら抱きしめた手を外そうとすると、なぜか黒川の方がより強い力で、俺を抱きしめる。
「友達同士なら抱き合うくらいならぎりぎりセーフじゃないかしら?」
「黒川!? それって……」
「その……妻田君、私の友達になってくれないかしら?」
「ああ、もちろんだ」
俺が返事をして彼女の顔をみようとするとなぜか彼女は俺の胸元に顔をうずめてしまった。
「どうしたんだ?」
「その……久々に友達ができたのが嬉しくて今、ひどい顔になってるからみないで……」
「(そんなことで恥ずかしがっているのか)……黒川って可愛いところあるな」
「うっさい!! 馬鹿にしてるでしょう」
そうして騒ぎながらも、しばらく抱き合って教室へと向かっている俺は黒川に気になったことを聞いてみる。
「そういえば、黒川ってお父さんは普通に授業参観とかに来てたよな。その……なんで大丈夫なんだ?」
「ハレンチな事を聞くわね……相手が死んだり、奴隷になるのは今みたいにサキュバスとして目覚めている時だけなのよ。普段は人とあまり変わらないわ。じゃないと子供なんて作れないでしょう?」
「そうなのか、ならこれを乗り越えれば黒川も大丈夫なんだな。よかった」
「ふふ、あなたこそ私の事ばっかりきにしてるじゃない。こんなめんどくさい女よりも普通の女の子を口説いた方がラブコメできのにね。でも、さっきの言葉は本当に嬉しかったわ。これからは友人としてよろしくね、妻田君」
そういって柔らかい笑みを浮かべる彼女は本当に可愛らしかった。
ヒロインがようやくデレた……タイトル回収しました!
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