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思い違いの茶番劇

思い違いの茶番劇

作者: mii

なんとなく思い付いた話。頭空っぽにしてお読み下さい。

「アンナ・イェリカ! 君との付き合いもこれまでだ!」


 アンナは壇上をぽかん、と見つめた。

 我が学園の誇る王子様が、こちらを睨み付けている。その腕に抱きついた少女は勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。


 卒業パーティーの会場として壇上は色とりどりの花で飾り付けられ、明かりが豪勢に使われている。

 その中心に立つ金髪碧眼の彼は、王子様だけあって衣装がきらびやかだ。縫いつけられた宝石が、明かりを弾いてきらきらと煌めいている。堂々として、なんだが演劇のようだわ、と見とれてしまった。

 だから咄嗟に何も言えなかった。

 アンナが何も言わないのをよそに、彼の一人芝居は続いていく。



「僕は気づいたんだ。本当の愛に。陰日向なく寄り添い、そっと支える。これこそ真の淑女、これこそ真の愛!」


 まさに劇でも演じるように声を張り上げて傍らの少女に向き合うと、彼女は照れたようにはにかんだ。

 可愛らしい。王子様の瞳と同じ、澄んだ青色のドレスがよく似合っている。


「まったく、僕としたことが本当に騙されたよ。君のその魔性の美しさにね。惑わされたと言ってもいい。目が曇らされていたのだ。だが忌々しき霧は晴れた。彼女のおかげでね」


 周囲のざわめきが大きくなっていく。

 戸惑い、嘲笑……壇上とこちらとに向けられるそれに、アンナは困惑した。


「何か言いたいことがあるか、アンナ・イェリカ」

「いえ、その……おっしゃっている意味が、よくわかりません」


 正直に気持ちを告げると、王子様はハッ、と嘲るように笑った。


「現実を見つめたまえ。少しの間でも僕の隣に立てたことを、誇りに思うがいい。……それとも何だ、別れたくないとでも言うつもりか? 愛妾としてなら考えてやらなくもないが……」

「嫌ですわ、ご冗談を」


 むう、とむくれた少女に、王子様は相好を崩した。


「はっはっは、かわいい奴め。冗談に決まってるだろう。愛しているのは君だけさ」


 いったい、私は何を見せられているのだろう。


「というわけだ。君はさっさと去りたまえ」

「…………」


 なんで私がこのような目に遭わなくてはならないのだろう。せっかくの卒業パーティーに。

 そう、卒業。

 きっともう会うことはない。だったら。言うべきことはきちんと言わなくては。


「あの!」

「まだ何かあるのか」

「先程から聞いておりましたが、私と別れたい、との仰りよう。何か行き違いがあるように思われます」

「行き違い……?」


 王子様の顔が不愉快そうに歪んだ。どきりとする。

 でも。

 思いきって、息を吸った。











「そもそも、貴方様と付き合ってなどおりません!」

「は……?」











 王子様はぽかんとしている。今だ。畳み掛ける。


「私のごときしがない男爵令嬢風情が畏れ多く王子殿下であらせられる貴方様とお付き合いさせていただけるわけがございませんよね? 確かに、編入してきた私に何くれとなく世話を焼いていただいたことは感謝しております。先生より、貴方様が学年の代表であること、そのために世話をしてくださることを伺っておりましたのでお言葉に甘えさせていただきましたが、それ以上でもそれ以下でもございません」


「は……? だ、だが、お前は、僕の側にいろと言ったら、はいと言ったではないか!」

「え……? あ、ああ。学園内を案内して下さったときのことですか? はじめての校舎でしたので、はぐれないようにという意味かと」

「昼食を作って来てくれたではないか!」

「ええ、お前の作ったものが食べたいから昼食に作って持ってこいとお命じになられましたので、そのように。料理など貴族令嬢のすることではありませんから、私にメイドの真似事をするように仰られたのかと思いました」

「授業後、図書館で共に勉強したのは!?」

「他の方もいらっしゃいましたよね? クラスの皆様お揃いでしたので、私だけ帰るというわけにもいきませんし……クラスの皆様も、覚えておいでですよね?」


 振り返ると、クラスの皆が頷いてくれた。


「あれはどちらかといえば皆で勉強会、といった感じでしたわよね」


 クラスメイトの公爵令嬢が冷静に断じた。


「そもそも私は、今お隣に立ってらっしゃるご令嬢が、貴方様の婚約者であらせられることは存じておりましたので、そのような勘違いはいたしません」


 目を向けると、令嬢が、少し気まずげに顔を伏せた。

 これは知ってたな、と思う。

 知っていてわざと、彼を止めずに二人の仲を周知させようとしたのか。

 ……だんだん腹が立ってきた。


「で、でも! 笑いかけてくれたではないか!」

「私も笑うことくらいありますが!?」

「お前のような綺麗な顔で微笑まれては、男は勘違いするものだ!」

「はあ!? 大体、私は勘違いされるようなことは断じてしておりません! お会いするときも二人きりにならないように心掛けておりました! だって――」


「――私にも婚約者がおりますので!」


 言いながら、なんだか泣きたくなってきた。彼に会いたい。


 王子様は目を白黒させながら聞いてないぞ!とか騙された!とかなんとか仰っている。ええ、言ってないですよ。聞かれてないのに、自分から言うものでもないでしょう?

 そもそも、婚約者がいるのが自分だけだとお思いなのかしら。貴族たるもの、凡その者が将来の約束をしているものだと思っていた。


 いまや嘲笑は彼らだけに向けられている。気づいていないのは本人ばかり。

 ふと、そのざわめきが種類を変えた。驚いたような声。

 きゃあ、と歓声も上がるのが、貴族令嬢としては少々はしたない気もするが、仕方ない。


 若い彼ら彼女らにとって、こんなに近くで見るのは初めてだろうから。



 ――本物の、英雄というものを。



 人混みが割れて、私の前に彼が立った。

 正装している。繊細な刺繍が息を飲むほど美しい服は、壇上の王子様にも負けない。慣れないし肩が凝るから嫌いだと言ったその服を着てきてくれたのは、私のためだとわかる。嬉しい。

 胸元に光る唯一無二の勲章が、


 彼が魔王を打ち倒した勇者であることを示していた。


 腰に差した聖剣よりもまばゆい銀の髪に、優しい深緑の瞳。


「やあ、あんまりにも遅いから来ちゃった」


 のんびりした口調。大好きな幼馴染みの優しい声に、ほっとする。


「待たせてごめん」

「大丈夫。それより、なんだか聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど……俺の婚約者が、何だって?」


 睨み付けたわけでも、剣を抜いたわけでもない。

 それなのに、王子様は怯えるようにどっと尻餅をついた。

 傍らの令嬢はふらりと倒れてしまったのに、支える素振りすら見せない。膝ががくがくと震えている。


「ぼ、僕は悪くない……」


 ぶつぶつ呟いているが、そもそも。


 彼は気づくべきだった。

「しがない男爵令嬢」がこの高位貴族の揃う教室にいる理由。

 中途半端な時期に編入してきた理由。

 男爵令嬢を、わざわざ王子殿下が、世話することになった理由。


「お前が誰だか知らないけど、俺たちの結婚に反対する勢力の残党? 何度でも言うけど、俺はアンナ以外と結婚するつもりはないから。前にも言ったよね? 反対するなら隣国に行くから、って。貴族じゃないからとかうるさいから、彼女を男爵令嬢にしてここに入れて、ようやく認めてくれたと思ってたんだけどなあ……甘かったかな……」

「誤解でございます!!」


 顔を真っ青にした先生が転がるように前に出てきた。


「今回の件はその男の勘違いによるもの!! お二人の仲を裂こうなど……! とんでもございません! ここにいる皆、お二人のことを心より祝福しておりますとも! イェリカ様も、そのことはよくご存知ですよね!」

「ええ、先生にはお世話になりました。おかげでふさわしい礼儀作法を身につけましたし、胸を張って、この人の隣にいられますもの」

「えー、そんなのなくったっていいのに……」

「貴方も領主になるんだから、マナーや常識は必要でしょう? ……貴方が好きだからこそ、助けになりたいし、認めてもらえる自分になりたい」


 散々反対されてきた。この国のお姫さまやご令嬢といった、もともと平民の自分なんかじゃ勝ち目がまったくない相手に、私の方が相応しいと言われ続けた。


 けれど、彼は幼い頃からずっと、私がいいと言い続けてくれた。だから、応えたい。



「うあー、まじで惚れ直すわ……今すぐ結婚して」

「うふふ、式は来週でしょう? 私も楽しみにしてるんだから」

「そうだね、じゃあ準備もあるし帰ろうか」

「ええ、帰りましょう」



 勇者がアンナをぎゅっと抱きしめると、何か呟いた。

 途端に二人を光が包む。はらはらとほどけるようにそれが消えたときには、もう二人は居なかった。



アンナは実は勇者の婚約者。

勇者とは同じ村の幼馴染み。彼が魔王を倒す旅に出る前にプロポーズされ、ずっと帰りを待っていた。

勇者が帰ると、国は規格外の力を持つ彼を縛りつけるために王女と結婚させようとしたり、貴族が自分の娘を紹介したりしたが、勇者がブチギレて隣国へ行こうとしたため諦める。

勇者は平民だったが、魔王討伐の褒美に領地と爵位を与えられる。彼と釣り合わせるためにアンナを本人の了承を得て男爵家の養子にし、この学園に入れる。人脈づくりと貴族としてのマナーや常識を学ぶため。何かあったらいけないので高位貴族のクラスへ。異例のことなので王子様以外のクラスメイトはちゃんと本人に聞くなり調べるなりして事情は把握済み。王子様も親からちゃんと注意されたにもかかわらず本人がきちんと話を聞いていなかった。残念。


貴族の常識がないので、時々すっとんきょうなことをやらかすのが王子様の目に可愛く新鮮に映ったらしく俺の女認定される。

悪役令嬢フェイスなのを地味に気にしているが、勇者から可愛いと言われるので最近は気にしないことにした。


2/5追記

たくさんの方にお読みいただきありがとうございます。また、評価も嬉しいです。

これより詳しい解説を活動記録に書いてみました。

長いのでご興味のある方はよろしければ。

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― 新着の感想 ―
[一言] 王子は話をよく聞きましょう,ですね。 というか,来週に行われるという結婚式の案内状も届いてないんだろうか。。。
[一言] 王子様なのか、公爵令息なのかよく分からなかったのですが 公爵令息の方なんですね。 王制で厳密な階級社会なら、例え「のような」扱いでも 「王子様」呼ばわりは、不敬とか身分詐称で大変に ヤバイ…
[気になる点] ざまぁ後が無い為に気になる? [一言] 此れどうなったのか無い為に令息とその婚約者のその後が必要だと強く感じます。その為に何だかモヤモヤします。番外編でも別視点でも良いのでフォローお願…
2021/02/07 07:33 退会済み
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