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最愛の彼女を殺して勇者に目覚る  作者: こたつにみかん
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「勇者」

「ほら、ユアン見て。すごくサクラがきれいだよ」


「ああ、本当にきれいだ。今年もシオンと一緒にサクラが見れて嬉しいよ」


 村のはずれ、桃色の花を満開につける木の下で、2人の男女がその花を見ていた。

 この国でも、この花が見れる場所はそう多くない。

 しかも花が咲くのは、一年のうちでもほんの7日間ほどで、そのでせいか幻の花と呼ぶ者もいるぐらいだ。

 そんなはかなくも美しい花の下で、2人は瞬きの様な時間を過ごしていた。

 ユアンはこの村の若き青年で、よく働き、よく笑うそんな人物だった。

 対してシオンと呼ばれた女性は、ユアンと同い年の女性で、この村の村長の娘で、聡明で明るく、誰からも好かれるきれいな青い髪をした才女だった。村の若い男のほとんどから花見に誘われた彼女だったが、彼女が選んだのは今隣に立つ平凡な青年だった。


「……ただの幼なじみにそんな照れること言わないでよ」


 ただの幼なじみ。

 その言葉がユアンを大胆に動かした。

 ユアンにとってシオンは、決してただの幼なじみではなかったのだから。


「シオン、ただの幼なじみが、こんなことするか?」


 桜が舞い散る中、ユアンはシオンを抱きしめた。

 それはただの幼なじみの男女がする行為では決してないだろう。

 シオンは小さく「キャッ」と驚いて声をあげて、ユアンの行動に驚いていた。


「シオン、俺はもう、もう……ただの幼なじみは嫌なんだ」


「ユアン。どうして急に……」


「……縁談の話を聞いたんだ。相手は隣村の村長の息子だと聞いた。だから……俺は……」


 けれども、ユアンはその続きを言えない。

 この縁談が、この村の為なのだと知っていたから。

 それでも、彼女を抱きしめた腕の温もりとこの気持ち、それだけは本当だと思った。


「そっか。知ってたんだ」


 シオンは戸惑いながらもユアンの胸の中でそう呟いた。

 不思議と嫌がる素振りもない。


「ユアン、私は……私はね……!」


 ユアンはシオンを抱きしめていた手を緩め、解放した。

 そしてシオンに背を向けると、頭をかきながら、恥ずかしそうに話した。

 本当は怖かっただけなのかもしれない、シオンに拒否されることが。

 だから、ユアンは結論を先延ばしにした。


「明日の正午、この場所で待っている。その時なら、もう一歩進める気がするんだ」


「うん。私もよく考えないと。自分のことも、村のことも、全部……全部ちゃんとしないと」


 満開のサクラ、そして風で散る小さな桃色の花びらの中で、別れる二人。

 ユアンはこの時はまだ知らない。

 今、この瞬間が最後のチャンスだったことを。

 運命の歯車は、既に回り始めていたことを。


 それから、ユアンは眠れない夜を過ごす。

 ユアンの頭の中は、シオンのことで一杯だった。

 彼女は来てくれるだろうか。そんなことばかり考えていた。


 次の日の正午。

 ユアンは約束の場所に行くも、そこにはシオンの姿はない。

 30分待ち、一時間待ち、ユアンの心は吹っ切れた。

 これが彼女の答えなのだろうと。

 結局、何も伝えられない人生なのだろうと。

 桜舞う中で、ユアンは少しずつ吹っ切れていった。

 ユアンは諦めるように、村の中心、広間のある付近にある自宅へと歩いて行く。

 そこから先は、ユアンの想像を超えた出来事が待ち受けていることも知らずに。


 突然、ユアンに悲鳴が聞こえた。

 村の中心の広間に近づくにつれ、その悲鳴は大きくなっていく。

 気付くと、ユアンは駆け出していた。

 それは、確実に異変に気付いたからだ。


「なんだ……これは……人が死んで……どうして」


 村の広間には、大勢の死体が転がっていた。

 その死体はどれも知った顔ばかり、皆村人だった。

 足下には、この村で雇われている衛士が死んで、剣が転がっていた。 

 そして、その死体の中心には、白いワンピースを血で赤く染めた青い髪の女性が一冊の黒い本を持って立っていた。

 

「嘘だろ……こんなこと……どうして……シオン!」


 村人を殺したのはシオンだと知った時、動揺で呼吸ができないほどだった。


「素晴らしいうつわだ。魔力がよく馴染む。これほどの素養を持った器に出会えるとは、運を極めたか。この体であれば、きっとあのお方の役に立てる」


 シオンはユアンの問いにそう答えた。

 それは確実にシオンの声であり、シオンでは決してない発言。

 ユアンはありとあらゆる可能性を考えて、一つの結論に辿り着く。

 それは――悪魔だった。

 人の欲望より生まれ、人を殺める、人ならざる闇の存在。

 けれどもやはりもう一つ、ユアンには納得がいかないことがあった。


「答えろよ……! お前は悪魔なら、なぜ……シオンの姿をしている?」


 ユアンは震えながら、そう言葉を交わす。

 ユアンの異常性はこの時、既に垣間見るものがあった。

 普通の村人なら、この状況で言葉を交わす勇気など決してないだろうからだ。

 それはユアンの常軌を逸した怒りや悲しみ、そして強い勇気のせいなのだろうか。


「悪魔……笑わせるな。私は悪魔を超える存在……魔人。そう、この女は、魔道書を読んだのだ。それにしても五月蠅いハエだな。死ぬがいい……」

 

 瞬間、シオンの姿をした魔人の手から衝撃波がユアンに向かって放たれる。

 風速を超えて放たれる魔力の波動、それをただの村人であるユアンが躱せるはずもなく。


「がはっ!!!」


 ユアンは弾き飛ばされ近くの民家にぶつかる。

 その衝撃はすさまじく、ぶつかった民家の壁がへこむほどだ。

 ユアンは血反吐を吐き、傷だらけになって倒れた。

 しかし、それでもユアンは立ち上がった。

 意識を失いかけるほどのダメージの中、ユアンはまたも見てはいけないものを見てしまったのだ。


「……父さん、……母さん」


 ユアンは、血まみれで息絶えた両親を背に、もう届かない言葉をかけながら立ち上がった。

 その手には、ユアンの父の死体の側に落ちていた剣を握っていた。

 見覚えのあるその剣は、父が護身用にと部屋においていた剣だった。


「ほう。死んだと思ったが、なかなか頑丈な体だ。褒めてやろう。それに面白い、それはお前の両親だったか。だが安心していい、お前も、この村のまだ生きている半数の村人も、皆お前の両親と同じところに送ってやろう」


 村人はもう既に半分死に、残りの半数の命も時間の問題だった。

 後ろからは村人の悲鳴や、泣き叫ぶ子供の声が聞こえた。

 ユアンは剣を構える。

 幼なじみで、大好きな女の子に向かって、ユアンは剣を向けた。


「我――この国を守る者――」


 ユアンは意味を知らず詠唱した。

 ただ聞こえたから、それを声にした。

 瞬間風がユアンの周りを吹きすさび、何かが大きく変わった。


「シオン……俺はこの村を守るよ……」


 決意の目、それはユアンがシオンに選ばれた理由なのかもしれない。

 シオンだけは気付いていたのだ、ユアンの底知れぬ強さに。

 それは肉体的や魔力の強さじゃないそれは心の強さ。

 どんな苦境でも決して諦めない心。

 はるか格上、例え敵わない相手でも、誰かを助けるためなら、ユアンはその強さを発揮したのだ。

 彼女が子供の頃嫌な大人に虐められて泣いていた時、勝てないと知ってなおユアンだけが助けてくれたのだ。


 そして、ユアンは駆け出した。


「はぁあああああああああああああ!!!」


 駆け出したユアンの剣が光りを帯び、その刹那、シオンの体を貫いた。


「まさか……勇者に目覚めたと言うのか。今、この瞬間に。それに小娘、最後に我が魔力に抗うとは……」


 ユアンの剣がシオンの腹部に突き刺さり、シオンは自分を刺したユアンを抱きしめる様に受け止めていた。

 

「シオン……好きだ……」


 ユアンはそこで告白をした。

 それは昨日言えなかった言葉。

 それは今日こそは、満開の桜の下で告げるはずだった言葉。

 

 だが現実は、ユアンはシオンを殺して告げた。

 シオンの生温かい血が、それを嫌がおうにも感じさせる。

 気付くとユアンの目からは、一筋の涙が流れていた。


「ユアン、好きだよ……子供の頃から……ずっと……ずっと…………」


 奇跡だろうか、それはシオンの言葉だった。

 シオンの意識が絶命していく最中戻ったのだ。

 普通一度魔神となった人間が、これほど自我を取り戻すことはない。

 それでも、彼女は伝えたかったのだ。

 自分を殺した相手に自分の気持ちを知って欲しかったのだ。


 そうして彼女は死んだ。

 魔神は闇に消え、その闇はシオンの死体すらも飲み込んでいった。



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