番外、遺跡の奥に眠る3
そして、僕達は遺跡の奥に来た。遺跡には調査隊の人達が不休で張っていたが、僕の顔を見るなり苦笑を浮かべて頭を下げてきた。随分とまあ、顔を知られたものだ。
まあ、それも仕方がないだろう。そう思う事にし、そのまま遺跡へと入っていった。
仕方がない。そう、ある種仕方がないんだ。あの事件があった後、僕達は領主から直々に話を聞かれるはめになり街の住民からは顔を広く知られる事になったのだから。
領主から話を聞かれる際、僕がシリウス伯爵家の息子だと知られたのも大きい。
要するに、僕は伯爵家の息子という事で気を使われているのだろう。
或いは、実際に伯爵家に連絡が入ったのかもしれないけれど。
若干憂鬱な気分になりつつ、僕達は遺跡の最奥。崩れた壁の更に向こうへと進んだ。其処には何かが突き立てられたような跡が残る台座と、碑文が記された壁画があった。
その壁画を見て、リーナが小首を傾げた。
「これ、何て書いてあるんだろう?何処かの古代文字?いや、それにしては………」
「………これを読む者に告げる」
「?」
僕の言葉に、リーナとガンクツが同時に僕を見た。
読める。いや、読めて当然だろう。これは日本語だ。何故か、壁画には日本語で記された碑文が記されていたのである。それも、壁画に記されている内容も理解出来る。
これは………
「私は大日本帝国陸軍軍曹。果たして、この世界に転移してきて一体どれほどになるか。この世界に居た神を名乗る不届きもの、奴はこの世界に私が来た理由を偶発的と言っていた」
「………ムメイ、この文字が読めるの?」
リーナの言葉に、僕は頷く。その言葉に、ガンクツは目を見開いた。
そのまま、僕は碑文を読み進めた。
「私は元の世界へ帰還する方法を模索した。しかし、その方法は見つからなかった。いや、私には元の世界へ帰還する事が不可能である事を知ってしまったのだ」
「……………………」
僕の読む碑文の内容に、リーナがついに黙り込んだ。
恐らく、その碑文に書かれた者の絶望を読み取ったのだろう。
「絶望する私に、それでも優しく接してくれる存在が居た。彼女は、代々対となる剣を守る巫女の一族であり今代の巫女である姉妹の中でもとりわけ力が強かった。そんな彼女は、何故か私に対していつも親しげに接してくれたのだ」
「……………………」
「ある日、何故それほどまでに親しく接してくれるのか?そう直接訊ねた。彼女は苦笑を浮かべながらこう答えたのだ———貴方は、私にとって希望なのです。と」
「………希望?」
首を傾げるリーナ。僕も、怪訝な表情をしながらそれでも続けて読んだ。
「意味が分からなかった。どういう事なのかと、私は続けて問うた。それに対し、彼女はその問いに答えようと口を開いた。その瞬間、奴は現れたのだ」
奴、その言葉に僕は言い知れぬ悪寒のような何かを感じた。
何か、恐ろしい何かが書かれている気がした。これ以上読み進めれば、もう後に引き返す事は絶対に出来ないだろうとそんな気さえした。
しかし、それでも僕は読み進めた。
「大悪魔、神を名乗る不届きものは奴をそう呼んだ。奴の事を、オメガと名付けた。どうやらオメガと名付けられたその悪魔は神々に単独で挑むだけの力を有するらしい。単独で、神々やその軍勢を相手にしてそれでも嗤っていた。嗤いながら、それでも蹂躙していたのだ」
「悪魔、オメガ………?」
「そんな奴が、この世界に?」
「世界は瞬く間に火の海へと変わった。私も、その大悪魔を相手に戦った。別に、この世界に対して何の義理も持たない私だが、それでも蹂躙される民衆を見て何も思わない私ではない。そんな私に巫女の少女は二振りの剣を渡した。そう、彼女達が代々守り続けた対の剣だ」
その時、何故か僕は母から託された一振りの短剣を思い出した。
何故か、その剣を強く思い浮かべ頭を離れなかった。何故かは知らなかったけれど。
「………何とか、その悪魔を退ける事には成功した。しかし、同時に私は正しく理解した。この剣はあまりにも強力に過ぎると。故に、その内一振りはこの台座に封じた。もう一振りも、厳重に封じた後で私と彼女の二人で管理する事とした」
「………ムメイ、この台座何も刺さっていないよ?」
震える声で、リーナが僕に言った。
そう、この台座に何も刺さっていない。つまり、この台座に元々突き立てていた筈の一振りは何処かへと紛失したのだろう。しかし、何処へ?
世界を火の海に変え、神々の軍勢を相手にそれでも嗤いながら蹂躙する大悪魔。それを相手に退けるだけの力を有した対の剣。その片割れ。
果たして、その剣は一体何処にあるというのか?
碑文の最期には、こう締め括られるように書かれていた。
———どうか、この対の剣が、星魔剣が新たな争いの火だねとならん事を切に願う。




