10、バフォメットのアイン
「………兄貴、時間は稼ぎますのでどうか逃げてくだせえ」
「この阿呆、逃げるのはお前の方だよ!リーナを連れてさっさと逃げろ!」
「イヤっ!もうムメイを置いて逃げるのは絶対に嫌っ!」
場は混乱していた。しかし、そんな事言っている時間なんて全くない。故に、此処は少し手荒な真似をさせて貰う事にする。ぼそっと僕は術式を並行して唱える。
唱える呪文は、催眠と転移の二種だ。術式を並列に繋げる。
「アクセス———スリーピングテレポート」
「っ、兄貴………」
「ム……メイ………………っ」
強烈な眠気の為、二人にはこれに抵抗するだけの余力が無い。故に、あっさり転移する。
恐らく、今頃は街の入口にでも二人仲良く転がっているだろう。
改めて、僕はバフォメットに向き合う。其処には、さも愉快そうに笑うバフォメットが。
「少年、中々面白いものよの?随分と初手から上物を見つけたものだ」
「上物だと?」
「うむ、先ずは名を名乗ろう。わしの名はアイン、バフォメットのアインだ」
「………シリウスだ」
バフォメットのアイン。更に愉快そうに笑みを浮かべる。その笑みは、まるで餓えた野獣がようやく見つけた獲物を見詰めるような。そんな獰猛な笑みだった。
どうやら、加減する余裕なんて一切無さそうだ。僕は、そっと魔力のリミッターを幾つか外し自身の力をかなり底上げしておく。周囲にかかる重圧が増した。
俺の高濃度魔力によって、物理的な負荷が周囲にかかったんだ。
更に、アインの笑みが増す。
「愉快愉快、しかし………良いのか?わしに対して加減は許さんぞ?」
「加減なんて、するつもりはない」
「ほう?なるほどなるほど………少年、さては自身では気付いてないな?」
「………?」
何だ?アインの奴、一体僕の何を知っている?
周囲に黒い魔力の玉を複数浮かせる。バフォメットの操る魔弾だ。
「ならば良し!わしが自ら少年に全力の出し方を教えて進ぜよう‼」
「やれるならやってみろっ‼」
言って、僕達の魔弾が衝突した。




