8,暑苦しい舎弟?
そして、次の日———
「………えっと?これはどういう状況だ?」
思わず、僕の口からそんな言葉が漏れ出た。リーナも呆然とした表情で硬直している。他の宿泊客も同様に呆然と僕達を見ているのみだ。宿の主ですら、同様の有様だった。
それは何故か?その状況は、まあつまりだ。今目の前で起きている事を見れば解るだろう。
「どうか、どうか俺を舎弟にしてくだせえ‼」
宿泊している宿の中、僕の目前で額をこすり付け懇願するモヒカンの姿があった。そのモヒカン男の事は一応覚えてはいる。確か、冒険者のガンクツだったか。昨夜、まだ冒険者になりたての新人である僕に絡んで喧嘩を売ってきた酔っ払い冒険者だ。
そいつが今、僕に土下座しているのである。まあ、何というか土下座というより土下座に似ているだけの別物なのだけど。額を床にこすり付けるその姿は土下座に良く似ている。
とまあ、それはともかくだ。僕はガンクツに話しかける。
「とりあえず、頭を上げないか?流石に宿に迷惑が掛かる」
「………へい」
そういって、ガンクツは頭を上げた。そんな彼に、とりあえず席に座るよう促す。
僕も向かいの席に座り、話し合う。とりあえず、先ずは話し合う事が重要だ。
何事もまず話し合う事から始めなければ。
「で?何故舎弟なんだ?見たところお前そこそこベテランの冒険者なんだろう?なのに、始めたばかりの新人冒険者相手に舎弟にしてくれだなんて。流石に笑えないぞ」
「へえ、しかしその新人が俺を瞬殺なんて出来ますか?俺、冒険者ではそこそこ名が売れているベテランの冒険者ですよ?そんな俺を、酔っていたとはいえ瞬殺したんですよ?」
「いや、それはまあ………けっこう鍛えたし?」
「けっこう鍛えたくらいでベテランの冒険者を瞬殺って………」
「いや、死ぬほど鍛えたし?」
そう言う僕に対し、ガンクツは再び頭を下げてテーブルに額をこすり付けた。
うん、こいつ分かっていたけど暑苦しいな。そしてかなり面倒臭い。そう思い、思わず頭を抱えたくなるが寸での所で抑えた。抑えた、のだが。
「頼みやす、俺を兄貴の舎弟にしてくだせえ‼」
「誰が兄貴だ‼あと、宿に迷惑だって言ってんだろ‼」
思わず怒鳴ってしまったのは悪くあるまい。流石の僕にも、我慢の限界がある。
しかし、ガンクツは意にも介さない。額をテーブルに擦り続け懇願を続ける。どうやら意地でも僕の舎弟になるつもりらしい。少し、ドン引きした。
見れば、他の宿泊客もドン引きしている。リーナもだ。
「お願いしやす!どうか、どうか俺を舎弟に‼」
「ああ、もうっ!分かった、分かったからさっさと此処から出ていけ‼」
思わず、そう言ってしまった。瞬間、ガンクツの表情が喜色満面に変わる。
いや、おっさんの笑顔ってそうとうキツイな?
「ありがとうございやすっ!兄貴‼」
「だから兄貴は止めろ‼」
そう言ったが、結局ガンクツは聞く耳を持たず笑顔で去っていった。その後ろ姿に、僕は思わず深い深い溜息を吐いたのだった。
全く、本当に面倒だ。そう思ったのが伝わったのか、隣でリーナに慰められた。
今回ばかりは、その慰めがありがたかった。思わず涙が出る程に………




