6、剣の街
そして、僕とリーナは再び森の中を歩いていた。場所は既にエルピス伯爵領だ。
エルピス伯爵領とレイニー伯爵領は隣り合っている。簡単に説明をすれば、神山を挟んでそれぞれの領地が存在している事になるだろう。
僕達は今、森を抜けた先にある一つの街に向かっている。その街は、剣の街という。とある冒険者の男が仲間達と共に興した街だ。通称冒険者の街という、冒険者が集う街。
街としてはかなり小規模で、かろうじて街と呼べる程度の規模に抑えられている。
しかし、それでもこの街にはかなりの数の冒険者が集まるらしい。何故かと言えば、剣の街はある神代の遺跡に隣接して造られた街だからだ。
簡単に言えば、その遺跡から出土する遺物を目当てにして冒険者が集まるという訳だ。
或いは、遺跡の冒険や探索そのものにロマンを感じるような酔狂な奴等とかか。
「………えっと、剣の街に用があるって。ムメイも遺跡が目当て?」
「いや、僕の場合はたんに冒険者として登録をしようと思って」
「じゃあ、まずはギルドの登録を先に済ませる?」
「いや、その前に宿を取ろう。先に部屋を確保しておかないと」
………ともかく、まず先に宿で二部屋確保しないとな。そう、僕はこっそり考えちらりと隣を歩く少女の姿を横目で見る。本当に、どうしてこうなったのだろうか?
思わず溜息を吐きたくなる。結局、僕はリーナと一緒に冒険に出る事になった。貴族の令嬢を連れて共に冒険へと出る、それは口で言うより遥かに厳しい状況だろう。
まず、基本的に不衛生だ。
冒険者は各地を転々と旅するため、風呂など一種の贅沢品だ。そもそも川で身体を洗ってそれで終わりの状態が続くという。僕だって、風呂に入った経験は前世以来一度も無いくらいだ。
次に、食生活が不規則になる。
各地を転々と旅して回る。其処にロマンを感じるのは別に良いだろう。しかし、冒険者は食料の確保がかなり大変だ。それ故食生活が不規則になりがちという事実がある。
次に、睡眠時間が不規則になる。
冒険者は野宿が基本だ。それ故、時として魔物の出る森の中で寝る場合もあるだろう。その場合冒険者は交代で睡眠を取る必要が出てくる。火の番をする必要も出てくるだろう。
そもそも、一人旅の場合は寝ている暇がない場合も多いけど。
そして、最後にその命を誰も保証してはくれない。
冒険者は基本的に自分で自分の命を守らないといけない。それだけに、何時死んでもおかしくないような人間が大多数だという。そもそも、彼等は自由の代わりに命の保証をして貰えない。
何時死ぬか分からない冒険者にとって、自分の命とは自分で守るものなのだから。
そんな過酷な環境に、何故貴族家の当主が自身の愛娘を投じたのか?
それも、一人娘であるリーナをだ。
もちろん、僕は自分が気に入られているからなどと楽観する気など一切無い。そんな簡単な話では断じてありはしないだろう。
自分の娘を愛していない、というのも無いだろう。リーナと両親の様子を見れば、その親子愛が本物であるというのは火を見るよりも明らかなのは事実だ。
なら、何故?
………少し考えて、僕はすぐに答えに行き着いた。
恐らく、僕はあの両親に試されているのだろう。リーナを預けるに相応しいのか。そんな厳しい環境において自分より彼女を優先して守り切れるのか、それを試されているのだ。
そして、それはリーナにも言えるだろう。自分の娘に対し、そんな厳しい環境に居てそれでも僕への恋心を貫けるのか?それをあの両親は試しているのだ。
そもそも、家を出たとはいえ僕は貴族家の子供なのだから。
そんな子供に貴族家が自身の娘を寄越した。それはつまり、思惑としては一つだろう。
それも、レイニー伯爵家が一人娘を寄越したなら思惑としては一つしかない。恐らく僕は何れ実家に連れ戻されるかレイニー伯爵家に婿入りする事になるか、そのどちらかだろう。
まあ、それでもきっとそれぞれの家から信頼を受けているのは間違い無いだろうけど。それは伯爵家を出る時に貰った決して少なくない金貨が示している。
一応、体裁としては娘ともども助けて貰った礼金という名目であったが。
袋一杯に入った金貨。恐らく、結婚する事があったらその時はよろしくと言いたいのか。
「……………………」
「………?ムメイ?」
何かあったら、リーナだけは助けよう。そう、僕は心の中で誓った。
恐らく、もう僕に自由なんてありはしないだろうから。せめて自由に出来る範囲では。
……… ……… ………
そうこうしている内に、僕達は街に着いた。神代の遺跡に隣接して造られた街、剣の街。
その名前の由来は、街の中央の岩に突き立てられた一本の剣だ。岩に突き立てられた剣、それは神話の中に登場する一人の英雄に由来して冒険者の男が突き立てたという。
神話の英雄、遥か神代に一体の悪魔から民衆を守って果てたという一人の青年の話。強大な力を持つ一体の悪魔から民衆を守り、最後まで戦った勇敢な英雄。勇者ゼクスの物語。
その神話的英雄が振るったとされる聖剣と魔剣。その内一振りである星の聖剣が岩の台座に突き立てられていたという伝承を元にして、この街を興した冒険者は岩に自身の剣を突き立てた。
まあ、中々に馬鹿というか。酔狂な話だろうと思う。
ともかく、僕とリーナは街の中へと入る。中央に剣が突き立った、小さな街。
冒険者の集まる街、剣の街へ。




