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無銘の世界~personaluniverse~リメイク  作者: ネツアッハ=ソフ
2、エルピス領編
35/57

5、レイニー伯爵家

「すみません、父さんの申し出は(ことわ)らせて貰います」


 そう、父さんに正式に断りを入れる。父さんは一瞬だけ残念(ざんねん)そうな顔をしたが、それでも理解は示してくれたのか(おだ)やかな笑みを浮かべ頷いた。


 或いは、父さんなりに(すで)に解ってはいた事なのかもしれないけれど………


「そうか、一応聞いてもいいか?何故(なぜ)だ?」


「………これは僕なりのわがままですが。一度家族を()ててまで旅に出た身ですので、僕にはその資格が無いと思うのです。それに———」


 そう言って、僕はいっそ清々(すがすが)しいとも言える笑顔を浮かべ言った。


「もっと、僕個人としてもこの世界を楽しみたいという思いがあるんですよ」


「………そうか」


 そう言って、父さんは僅か口の端に笑みを浮かべた。その笑みは、ほんの僅かだけ(さみ)しさのようなモノを感じたけれど。それも一瞬の()だけだった。


 その次の瞬間には伯爵家の当主としての顔になっていた。やはり、彼も貴族家の当主なのだと僕はこの時そう理解した。理解し、納得した。


 そんな僕と父さんのやりとりを、先程からリーナと一部の兵士達は(だま)って見ていた。


 その直後、どたどたと騒々(そうぞう)しい物音が部屋の外から(ひび)いてきた。


          ・・・・・・・・・


 どたどたと騒々しい物音が響き、やがてその音は部屋の手前で()まる。


 そして、部屋のドアが勢いよく開き兵士が大声で言った。


「報告します!レイニー伯爵及び、伯爵夫人を地下倉庫(ちかそうこ)にて発見しました!」


「っ、お父様!お母様!」


 その報告を聞いたリーナが真っ先に地下倉庫へと(はし)ってゆく。まあ当然だろう、あんな怖い思いに遭遇して本当はずっと心細かったに(ちが)いないのだから。


 いや、それを度外視してもずっと両親が心配だったに違いない。きっと、彼女はとても優しい性格をしているのだろう。そして、そんな彼女の両親も。


 ………或いは、それは家族とはそうあって()しいという僕の願望(がんぼう)かもしれないけれど。


 ………そして或いは、僕自身そんな家族だった母と妹に対する心残(こころのこ)りがあるのか?


 解らないけど、少なくともリーナの家族は———


 そう思いながら僕と父さん、そして兵士達は地下倉庫へと()かっていった。


          ・・・・・・・・・


 果たして、屋敷の地下倉庫には伯爵夫妻が居た。(ひど)い拷問でも()けていたのか、傷だらけの姿で家族三人抱き締め合い()いている。泣きながら、三人で抱き合っていた。


 しかし、身体中傷だらけではあるものの伯爵夫妻の顔には苦痛(くつう)の色はない。むしろ、娘が無事で心底安心したような表情が(うかが)えた。その表情に、僕の胸の奥底が僅かに痛むような感覚がする。


 いや、別にこんな痛み気のせいでしかないだろう。別に村に残してきた母と妹の事なんか。


 母と妹の事、なんか………


「……………………」


「………シリウス?」


 父さんが僕の方を見て何か言っている。しかし、僕は………僕は………


 心の奥にぽっかりと開いた(むな)しさ。そのまま、僕はその場を後にした。


 ………


 ………………


 ………………………


 気付けば、僕は屋敷の外へ出ていた。空はどんよりと(くも)り空。まるで、今の僕の内心を現わしているようだとそう感じた。そう、感じていた。


「…………ああ、(むな)しいよ。本当に」


 嫌になるくらいに、虚しい。心の中に、ぽっかり穴が開いた気分だ。


 本当に虚しい。いっそ、このまま………このまま?


 このままどうすると言うんだ?また()げるのか?また、生きることから逃げるのか?


 また、死んでしまうと?


 死んでどうすると言うのか?生きる事から逃げて、どうする?それとも、逃げてしまいたくなる程に何もかもが(いや)になってしまったというのだろうか?本当に?


 そんな事を、頭の中でぐるぐると考えていた時。


「ムメイっ‼」


 声が聞こえ、()り返る。其処には、リーナが居た。


 いや、リーナだけではない。父さんやレイニー伯爵夫妻。そして兵士達の姿も。どうやら背後に立たれても気付けないくらいに自失状態だったらしい。果たして、どうした物か?


 そう思っていると、


「君がシリウスくんだね?」


「………はい」


 レイニー伯爵が、一歩前に進み出た。そして、何を思ったのかそのまま頭を()げてきた。その光景にエルピス伯爵家の兵士達は皆ざわつく。ざわついて、僅かに(さわ)ぎ出した。


 当然、僕も怪訝(けげん)な顔をしている。少なくとも、顔にはそう出ている筈だ。


「………なんのつもりですか?」


「娘を二度も助けてくれて、ありがとう」


「………それ、は」


 それは………


 僕は、返す言葉もなく(うめ)くしか出来ない。果たして、此処はどうするのが正解なのか?少なくとも素直にそれを受け入れるなんて、僕には出来(でき)なかった。


 そんな僕に、レイニー伯爵は僅かに苦笑を浮かべた。どうやら、僕は相当(いびつ)な顔をしていたらしいと今更ながらに理解した。理解はしたが、どうしようもない。


 果たして、此処はどう(こた)えるべきなのか?果たして、此処はどうするのが正解なのか?


 何も、解らなかった。何も、解る気がしなかった。


 そんな時、何故か意を決したような顔をしたリーナが前へと進み出た。


 見ると、レイニー伯爵夫人がにこやかな顔で僕とリーナを見ている。何故?


「………えっと、リーナ?」


「ムメイ………私、どうしても貴方(ムメイ)に言いたかった事があるの」


「うん………」


 リーナは一呼吸分間を置いて僅かに深呼吸をした後、僕を真っ直ぐと見据(みす)えた。


 その視線の圧力に、僕は思わず威圧(いあつ)される。気圧(けお)される。


 そして、


「ムメイ、どうか私を一緒に連れていって。ムメイの(そば)に居させて欲しいの」


 そう、真っ直ぐと告げた。その真っ直ぐな視線に、僕は威圧されるような感覚を()けた。


 いや、きっとこれはリーナなりの覚悟の現れなのだろう。彼女は彼女なりの覚悟を決め、そして僕に一緒に連れていって欲しいと願ったのだろうと思う。


 しかし、僕の傍に居たい………か。其処まで(おも)われていたんだな、僕。


 しかし、僕はつい先程一人で旅に出るとそう()めたのだ。だからこそ、此処でそれを曲げる訳にはいかないだろうと思う。そう、僕は思い………


 それを、彼女に真っ直ぐ(つた)える。


「え、えっと………うん」


 あれ?


 気付けば、僕は(たて)に頷いていた。いや、何故?何故に?


 どうして今、僕は頷いたのだろうか?何故、僕は今?


 我ながら混乱してしまう。しかし、一度言った事を今更に撤回(てっかい)する訳にもいかず、そのまま呆然とするしか出来ないでいる。


 一方、リーナの方はぱあっと表情を明るくして僕に()き付いてきた。混乱の表情をしている僕と心底嬉しそうな顔をしたリーナ。中々混沌(こんとん)とした状況だった。


 いや、本当に何故?何故僕は頷いたんだ?自分で自分が解らない。理解出来ない。


 意味が解らない。何故?どうして?


 そんな僕達を他所(よそ)に、レイニー伯爵夫妻は心底嬉しそうな顔で僕達を祝福していた。


「シリウスくん、リーナをよろしく(たの)んだ」


「ふふっ、リーナったら本当に(うれ)しそうにして。娘をよろしくね」


「え?あ、いや………ええ?」


 混乱して言葉を上手く言えない僕。そんな僕を、父さんは微笑(ほほえ)ましげに見守っていた。


 いや、そんな表情(かお)で見られてもなあ?


 結局、僕はリーナと一緒に(たび)をする事になった。本当、どうしてこうなったのか?


 何も解らなかった。解る気がしなかった。もう、どうにでもなれ!

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