4、伯爵家の子
現在、僕はエルピス伯爵家の兵士達に囲まれていた。無論、既に魔力は封をしてある。
しかし、オーナー公爵が殺されたのはいただけない。重要参考人であるオーナー公爵が殺された以上此処に居る僕が一番怪しい人物になってしまうからだ。はっきり言って、手痛い失態だ。
まあ、とはいえ其処は公爵家の跡取り息子であるアーリアが何とかしてくれるだろう。そう信じたいのだけれどまあ、現在押し問答の最中だ。
「ですから、この方は父様を止めるために動いて下さってですね!」
「ですから、それ等も含めてこれから我々で調べさせて貰う事ですから。もちろん御子息からもお話を聞かせていただきますので」
「いや、ですから………」
と、このように一向に話は進展しないのだった。まあ、解ってはいたけどな?
この手の話は、大体押し問答になる事くらいは解っていた。
「はぁ、本当に面倒だな………」
そう、思わず溜息を吐いた。その時———
其処にある意味予想外な、そしてある意味妥当な人物が現れた。
「待て!」
突然響いたその声。瞬間、場の空気がざわついた。其処に現れたのは、プラチナブロンドの短髪を後ろで纏めた男性だった。細身だが、しっかりと引き締まった体型と優しいけど立派な顔立ちの男性という印象を一目で受ける人物だった。
そして、その男性は僕の方を見て僅かに瞳を揺らした。そして、僕自身何故かこの男性を見て懐かしいような気分になってくる。何故か?解らないけど、何故か懐かしい気分になった。
或いは、母さんや妹と一緒に過ごした日々を思い出したのか?
………もしかして、この男?
「そうか、お前が俺の息子なんだな?」
「………父さん?」
僕と男性の言葉に、周囲の兵士達が更にざわついた。どうやら、兵士達は知らないらしい。
逆に、アーリアは何処か納得したような表情をしている。
そうか、この男がエルピス伯爵なんだな?なるほど、僕と僅かに面影が似ている。いや、或いは僕の方が父さんと面影が重なるのかもしれない。
そんな父さんは、僕の顔を見て僅かに潤んだ瞳で見詰めた。そして、感極まったように僕を力強く抱き締めてくる。それを、僕は黙って受け入れた。いや、違うか………
ただ、流石の僕も父親を前にしてどう反応を返せばいいのか解らなかったのかもしれない。
「魔法で連絡をよこしてきた時はまさかと思ったぞ。しかし、本当に会えて良かった」
「僕は、僕、は………」
「いや、今は良いんだ。また一緒に家族で暮らそう。今度こそ、皆で一緒に………」
「…………っ、僕はっ」
解らない。僕は、これからどうすれば良いんだ?何も解らない。
ただ、このままでは間違いなく父親と一緒に暮らす事になるだろう。それだけは解った。果たしてそれは正解なのだろうか?何も解らなかった。
このまま、家に連れ戻されて家族と一緒に暮らすのが正解なのか?それとも………
「…………少しだけ、考えさせてください」
それだけしか、今は言う事が出来なかった。そんな僕を見て、父さんが苦笑していた。
・・・・・・・・・
そして、僕は別室で一人考えていた。果たして、僕はどうすれば良いのか?
別に、父さんの事は嫌いではない。かといって、父さんと一緒に暮らしたい訳でもない。少なくとも僕は家族との縁を切ってまで旅に出たのだから。
けど、これ以上家族を悲しませるような真似はすべきではないのかもしれない。神山での長い修行を経て考えてはいた事だ。本当に、家族を捨ててまで旅に出る事は正しかったのか?
少なくとも、正しい事ではないのかもしれないけど。いや、それでも———
いや、あの時は確かに僕なりに考えた結果旅に出た筈だ。僕なりに考え、それでも一人を選んで結果として家族を捨てた筈。しかし、今考えてそれは本当に正しい事だったのだろうか?
解らない。解らない。もう、何も解らなかった………
と、そんな時。扉がゆっくりと開いてリーナがおずおずと中を覗いてきた。
………どうやら、目を覚ましたらしい。この部屋も近くの兵士にでも聞いたのだろう。
或いは、魔法で眠らされた事に何か思う事でもあったか?
「………ムメイ?」
「………目を覚ましたか?リーナ」
「うん。えっと………あの、ありがとう?」
何故か、リーナにお礼を言われた。何故だ?今、僕はおそらく怪訝な顔をしているだろう。
少なくとも、お礼を言われるような事は何もしていない筈だ。
全部、僕が勝手にやった事なんだから。文句を言われこそすれ、礼を言われる覚えは無い。
「えっと、何が?」
「………えっと、私の家を助けてくれて。私にこれ以上嫌なものを見せないように、魔法で私を眠らせて一人で全部片づけたんでしょう?」
「勘違いしないでくれ。別に君の為じゃない、全部僕が自分の感情でやった事だ」
「うん、でも貴方の感情でやった事が、私の家族を結果として助けたのは確かだから」
「…………」
流石に何も言えなくなった。本当、僕は弱いよなあ。
神山での修行を経て強くなった筈なのに。それなのに、本当、僕は弱いままだ。こんな程度の言葉一つで揺らぐなんてな。こんな言葉一つでざわつくなんて、僕はまだ弱いままだ。
こんな筈じゃあ無かった筈なのにな。どうしてこうなったのか?
僕には、解らなかった。何も解らなかった………
「……………………」
そんな僕を見て、何を思ったのか?リーナが僕をじっと見詰めていた。
「何だ?」
「………そんなに、一人になりたいの?」
「は?」
「そんなに、ムメイは一人じゃなきゃ嫌?」
「…………」
リーナの瞳はじっと僕の瞳を真っ直ぐに見詰めている。そんな彼女に瞳に僕は黙り込む。
本当に、僕は弱い。嫌になるくらいに僕は弱いままだ。彼女の言葉に、何も言えなくなる。
こんな時、強気で何か言えれば良いのに。そう、思わなくもない。
「………よ」
「え?」
「良いよ、別に。ムメイはムメイの思うままに行動すれば良いと思う」
「リーナ?」
「もっと、ムメイは自分の思うままに行動しても良いと思うんだ。それが、きっと周りを助ける結果に繋がると私は思うから。私も、それに助けられた訳だし?」
「…………」
リーナはそう言うと、そっと僕の瞳を覗き込んだ。息が掛かる程、近い距離。思わずドキリとしそうな程にはかない笑顔で僕を見ている。そのまま、力強く抱き締めたい衝動に駆られるが。
僕は、リーナから視線を逸らして思わずふてくされたような顔をした。何だか、これじゃあ僕が彼女に負けたような気分になってくるけど。きっと、この感情も弱い証拠なのだろう。
そう思って、余計にふてくされる。本当、僕は弱い。
「何で、そんな事をリーナが?」
「私も、ムメイに救われたからだよ。………ムメイが感情のままに動いてなければ、きっと私もじいやもあの時山賊に殺されていたかもしれない。あるいは、もっと酷い目にあってたかも」
「…………それでも、あれは僕にとって」
「ムメイにとって、ただ気分が悪かったからした事でも。それでも私にとってはあの時のムメイは何者より輝く勇者様だったんだよ?」
そう言い、そっと頬を染めるリーナ。思わず、僕もその表情にドキリとする。
しかし、そうか。僕がやった事が、結果としてリーナを救う事になっていたのか。
きっと、僕が感情のままにやっていた事でも。彼女にしっかり影響を与えていたのだろう。
そして、そんな彼女も僕に影響を………
「良いのか?僕は好きにして良いのか?勝手にしても良いのか?」
「うん、それがきっと巡り巡って誰かを救う結果になるから」
そう言って、リーナはそっと僕を抱き寄せた。暖かい、確かな温もりが僕の心を包む。
少なくとも、この言葉で僕の心は軽くなった———気がした。




