2、公爵家の陰謀
「ひっく………ひぐっ…………っ」
「そろそろ泣き止んでくれないか?」
現在、リーナが僕の服にしがみ付き泣きじゃくっている。どうしてこうなった?
「うぐぅっ………ひっぐ、あああああああああぁぁぁぁぁぁっ‼‼‼」
更に泣き出した。ああ、僕の服が涙でびしょびしょだ。リーナが僕にしがみついて全く放してくれないからひたすら宥めるしかない。うん、本当どうしてこうなった?
僕の姿を確認した瞬間、リーナは僕に勢いよく飛び付き泣き出した。うん、果たしてそこまで泣かれるような事をしただろうか?まあ、したからこうなっているんだろうなぁ………
まあ、ともかくだ。そろそろ泣き止んでくれないと、困る。
「ああ、まあほらそろそろ泣き止んでくれないか?一体何があったのか解らないから」
「ひっぐ、ぐすっ………ぅう?」
「っ⁉」
潤んだ瞳で、リーナが僕を見上げてくる。超至近距離で、この表情。
いや、まあ一瞬不覚にも可愛いと思ってしまった。思わず視線を逸らす。
瞬間、リーナが再び表情をくしゃりと歪めた。ああ、もう!面倒だ。
「ああ、いやほら?何でリーナがアンデッドに追いかけられていたんだって」
「ぐすっ………えっと?あの、私にも何が何だかよく解っていなくて………」
「………まあ、とにかくだ。順を追って話してくれないか?何があったんだ?」
そして、リーナは話し始めた。一体何があったのか。何故、リーナが追われていたのかを。
・・・・・・・・・
その日、レイニー家では何時もと同じように一家揃って食事をしていた。何時もと同じ、一家団欒のとても楽しいひと時だった。そう、何時もと同じように楽しいひと時を送る筈だった。
しかし、その団欒も唐突に奪われる事となった。一つの報せと共に………
どたどたと、騒々しい物音と共に開かれる扉。其処には、執事のセバが居た。
荒い息を整えると、セバは必至な形相で口早に言った。
「っ、大変です‼オーナー公爵家の兵がこの屋敷へ迫っていると報せが‼」
「何だって‼?」
寝耳に水だったらしく、ハロルド=レイニー伯爵は目を大きく見開いた。
オーナー公爵。現オーフィス国王の従兄弟に当たる者で、貴族の最高位公爵家の当主。
一体何の用があって、伯爵家に兵を送るような事があったのか?全く身に覚えがない。
これでも、レイニー伯爵家は公明正大で領民にも慕われていると有名な貴族なのだ。
そもそも、兵を向けられる言われなど無い筈なのに………ありえない。
しかし、伯爵家当主の肩書きも伊達ではないようだ。すぐに落ち着きを取り戻した伯爵は落ち着いた口調で執事のセバに問い質した。額には、一筋の汗が。
「オーナー公爵の目的は?何故、この屋敷に兵を向けたのかは解っているか?」
「いえ、詳細は不明です。ただ、明らかに制圧目的であるのは確かなようだと」
その言葉にしばし思考した後、やがて考えが纏まったのかセバに命令を下した。
「セバ、リーナとアーシャを連れてエルピス伯爵の許へ保護を求めるように」
「はい!伯爵はどうなさいますか?」
「私は此処に残る。残って直接目的と理由を問いただすのだ」
「了解いたしました」
「あなた」
話が纏まりかけたその時、伯爵夫人であるアーシャ=レイニーが一歩進み出る。彼女は何か覚悟を決めたような表情でハロルドに言った。
「私はあなたと一緒に残ります。どうか、傍に居させて下さい………」
「アーシャ………。解った、其処まで言うなら俺と共に居てくれ。セバ、リーナを頼む」
「はい、どうかお気を付けて………」
そうして、リーナはセバと共にこっそりと屋敷を抜け出し逃げ出した。しかし、どうやら相手もそれは読んでいたようだ。すぐに追手が追跡してきた。
しかも、その追手はアンデッドの猟犬。明らかに自然発生の魔物ではないだろう。
公爵家の背後にネクロマンサーが居るのは明らかだ。
訳も解らないまま、必死に逃げるリーナとセバ。それを追う二匹の黒い獣。必死に逃げ続けるもこれではジリ貧だろう。実際、追い詰められているのはリーナ達なのだ。
しかし、捕まるわけにはいかない。アンデッドに襲われた者は、アンデッドとなる。呪いが伝染してその者も同族へと変質するのだ。セバは、最悪リーナだけでも守らんと必死だ。
しかし、それでも追いすがる二匹のアンデッド。泣きじゃくるリーナ。それを守るセバ。
追い詰められるのも、時間の問題だ。しかし、それでも逃げ続ける。
やがて、追い詰められたリーナとセバ。セバは苦りきった顔でリーナに言った。
「どうやら、わたくしめは此処までのようです。お嬢様はどうか、エルピス伯爵家まで」
「いや、私を一人にしないで!」
「行って下さい!お嬢様‼」
「っ、でも………」
「大丈夫です。お嬢様だけは何としても守ってみせますよ」
そう言いセバは口の端を歪めて笑って見せた。
そうして、セバはリーナを背後に一人でアンデッドに立ち塞がった。セバを襲う二匹の獣。
それでもセバは笑っている。背後のリーナを安心させるべく、果敢に立ち向かう。
リーナは、涙ながらに逃げるしかない。逃げるしかない自分を、どうしようもなく恥じて。
必死に逃げ続ける。それしか出来ない。
しかし、どうやらそれも続かなかったよう。すぐに、アンデッドはリーナを追ってきた。
背後から追いすがる二匹の猟犬。必死に逃げる、リーナ。
リーナは一人、逃げ続けた。逃げ続け、そして………其処で無銘の少年と再会した。
彼女にとって、これは奇跡意外の何物でもなかったに違いない。
・・・・・・・・・
どうやら、話は終わったらしい。何ともまあ、随分と面倒事に巻き込まれて。
しかし、リーナ本人からしたらたまったものではないか。そう思い、リーナの頭を撫でる。
ようやく落ち着いてきたのか、しゃくり上げながらも泣き止んだリーナ。しかし、それでも僕の服を握り締めて放さない。いや、何故だ?
「あの、何故僕にしがみついたまま離れないんだ?」
「……………………っ」
リーナは何も答えない。しかし、潤んだ瞳でじっと僕を見詰めてくる。あの、えっと。そんなに至近距離で見詰められたら流石の僕でもドキッとするんですが?
ただでさえ、リーナはあの頃よりも成長している。小さな少女から、少しだけ大人に近付いてより綺麗な容姿になっている。流石の僕でも、視線を逸らしたくなってしまう。
まあ、端的に言って綺麗だ。そう、素直に思う。
しかし、視線を逸らせばまた泣きそうになるから。どうしろと?
うん、解っている。あの時彼女の制止を振り切り立ち去ったのは僕だ。
彼女は僕が逃げないか心配なのだろう。それと、先程まで獣に追い回された恐怖か。
うん、それは充分理解しているから。
「解ってるよ。もう、逃げたりしないから。だからもうそろそろ放してくれないか?」
「…………本当に?」
じっと見詰めてくるリーナ。その瞳に僅かに苦笑する。
ああ、もう本当にかわいいな。ちくしょう。
「ああ、本当だよ。だからそろそろ———おやすみ」
そう言い、そっとリーナの頭を撫でる。それと同時に彼女に魔法を掛ける。その瞬間、緊張の糸が切れたのかそのまま僕の腕の中で眠りについた。眠りについた彼女を、そっと抱き寄せる。
別に、逃げるつもりは一切無い。ただ、先程からリーナは緊張の連続だった筈だ。ずっと逃げてきて疲労も溜め込んでいる筈。だからこそ、今此処で無理にでも寝ておく必要があった。
それだけだ。
そっと、リーナを抱き寄せそのまま背に負う。此処に留まれば、きっとまた追手が来る。だからこそ此処に何時までも居るべきではない。
それに———
「これからの事は、君に見せる訳にはいかないからな。無理に嫌なものを見る必要は無い」
そう言い、僕は自嘲の笑みを浮かべた。これからやる事は、きっと血生臭い。
見なくても良いものは別に見なくても良いだろう。だから………
僕は隠形の魔法を自分とリーナに掛けてその場を後にした。
あれ?セバの方が主人公っぽくね?




