10、神造世界ウロボロスと神王デウス
そして、俺は神造世界ウロボロスへとやってきた———うん、絶景だ。
其処は、一言で言えば山の頂上だった。どうやら、此処が俺のスタート地点らしい。周囲を見渡すと山の麓には広大な森林地帯があった。その向こうには街や村も見える。
さて、これからどうするか?少し考えるが、どうやらその必要もなくなったらしい。空間を飛び越えて何者かがこちらへとやってくるのが感じられた。恐らく、神霊種だ。
強大な力を持つ神霊種が、空間を越えて俺の許に来る。恐らくは、テレポートだろう。
「………とりあえず話を———うぉっ⁉」
「ちぃっ、外したか‼」
いきなりの攻撃。急接近した槍の穂先を、寸での所で躱す。危ねえっ、今俺の皮一枚を⁉
しかし、そんな事はお構いなしだ。彼は、酷くご立腹の様子だった。
どうやら、相手の第一印象は最悪らしい。まあ、当然だろう。何せ、俺はいきなりこの世界に現れた不審者なのだから。しかし、だからと言ってはいそうですかと納得する訳にもいかない。
俺は、別にこの世界をどうこうするつもりなど無いのだから。俺は抗議の声を上げる。
「危ないだろう。何をする!」
「貴様、一体何者だっ‼一体何処から現れ何を目的に此処へ来た‼」
「それを聞く前に話を聞けっ‼」
「俺の名はデウス!神王デウスだ、いざ尋常に覚悟っ!」
「話を聞けっっ‼‼‼」
これが、神王デウスと俺の出会いだった。正直、勝負の過程は思い出したくもない。
はっきり言えるのは、天は裂けて地は砕けた。そして、広大な森林は容易く焼き払われた。
雷鳴は轟き、嵐は吹き荒れた。本当、よく俺は死ななかったなと思う。
俺とデウスの尋常外の決闘は、そのまま三日三晩もの間続く。そして、三日目の晩。ついに俺とデウスは共に片膝を着いた。互いに、息も絶え絶えだ。
「はぁっ………はぁっ………」
「ぜぇ………ぜぇ………」
その決闘はあまりに激しかった。山は大部分が削れ、地表は熔解しマグマと化していた。そして麓の森も今や完全に焼け野原だ。凄まじい戦いだった。
しかし、それでも尚デウスは戦意を一切失う事なく俺を睨み付けてくる。やはりこの男も神霊種なのだと俺は今更納得した。精神生命である神霊種の彼は、容易くは折れない。
しかし、だからこそ残念だった。彼と戦う理由が俺には無いから。
そもそも、現在敵対しているのも恐らくは勘違いだろうから。俺は心底面倒に思った。
「あー、止めだ止め。全く下らん!やってらんねえ………」
「何………?」
俺は戦闘を放棄し、そのままマグマと化した地面に寝転がった。問題は無い、俺は神霊種だからそもそも精神こそが主体となっている。神霊種にとって、死とは精神の死に他ならない。
肉体が激しく焼ける音が聞こえるが、何も問題はない。焼ける傍から修復する。
そんな俺を、デウスは怪訝な顔で見ていた。
「貴様、本当に何の用で此処へ来た?」
「別に、何も。俺は只、俺の故郷となる世界でやるべき事を終えたから来たんだ」
要は単なる暇つぶしだと、俺は言った。その返答に、呆然とするデウス。
しかし、気を取り直して俺を睨み付ける。そもそも、彼は俺をまだ信用してはいない。故にデウスは再び槍を構えて俺に穂先を向ける。槍の穂先には、激しい稲妻が奔る。
その神雷は、天を引き裂き大地を熔解させるだけの威力がある。例え、神霊種であろうとも決して無事では済まないだろう絶大な威力だ。しかし………
俺は、その稲妻を一顧だにせず寝転がったままデウスを見る。その瞳には、心底面倒そうな色がありありと伺えた。実際、俺は面倒臭かった。もう、どうでも良いとすら言える。
はぁっ、と溜息を一つ。デウスに向けて一言だけ言った。
「別に決闘を続けるのは良いんだが。此処でこれ以上続ければ周りの被害が尋常ではないぞ」
「むっ」
そう言い、デウスは周囲を見た。周囲には、熔解した大地が。焼け野原と化した森が。
その光景に、流石にバツが悪くなったのかデウスは口をつぐんだ。
どうやら、やり過ぎた自覚はあるらしい。しかし、それでも納得は出来ないのか何とも言えないような顔で俺を睨み付ける。彼にも、色々と立場とかあるのだろうけど。
そんな彼から視線を逸らし、俺は霊長権を発動。言霊を唱える。真なる霊長権を。
対象は、この山周辺の一帯にある自然霊たち。即ち、周辺一帯にある自然環境そのものに俺の神力を通して干渉をする。言霊に、力を宿す。自然霊たちに、命令を下す。
「山よ、森よ、大地よ、元の在るべき姿に還れ!」
その瞬間山は、森は、大地は、元の状態へと巻き戻っていった。
それは、回帰の理。大きく抉れて熔解していた山も、焼け野原と化した森も、大地も、全てが元の自然豊かな姿に回帰したのである。その光景には、流石の神王ですら呆然自失した。
何だこれは?こんな事があって良いのか?本当にこれは現実か?そう、我が目を疑った。
しかし、現実は現実である。何度見ても、自然は元通り。戦闘の痕跡すら無い。
流石に呆然とするデウスに、俺は問い掛けた。皮肉げに口の端を歪めて、
「で、どうする?まだ戦うか?」
「………いや、もう良い。流石の俺もやる気が失せた」
どっと脱力したような顔で、デウスは答えた。そして、そのまま恨めしげな顔で俺を睨む。
まるで余計な心労を覚えたような、そんな恨めしげな。心底面倒そうな、そんな視線。
そのような視線を、俺に向けてきた。
「………何だよ?」
「いや、もう良い。それより貴様はこれからどうするのだ?流石にこの世界を滅茶苦茶にするような真似はしてほしくないのだが………するなよ?」
その質問に、俺はしばらく考えた後に答えた。
「………では、俺はこのままこの山に留まろう。これから、この山は俺の神山だ」
そう言い、俺は元通りになった山の頂上にどっかと座り込んだ。
山は、まるで俺を迎え入れるかのように神々しく輝いている。今、この時よりこの山は俺の住まう神山と化したのである。その光景に、デウスは溜息を一つ。
「…………もう良い。俺はもう疲れた。勝手にしろ」
「うむ、じゃあな。俺の名はミコトだ、また何れ会おう」
「もう、お前と会うのは勘弁願いたい………」
そう言い、デウスは去っていった。以来、俺は正式にこの神山を司る山神となった。まあ、何故かその副産物として死神としての側面と戦士の神としての側面を得たが。まあ良い。
俺は、それを静かに胸の内に受け入れた。
………それから約千年もの時が過ぎ去った。過ぎ去った時の中で、ミコトはとあるオーガの戦士を拾い神山の門番とした。門番となったオーガには、不死の加護を授ける。
オーガの戦士はミコトに忠誠を誓い、門番として働き続けた。
そして、更に時は流れ。ある時ミコトは何処か懐かしい気配を感じた。それは資質。
神山からさほど離れていない近隣の村で、二人の子供が生まれた。双子の兄妹だ。俺はその気配を感じ取り密かに笑う。正確には双子の兄妹、その片割れを視て笑ったのだ。
自身がこの世界に送り込まれた理由、それを察する事が出来たから。
「ふむ、なるほど?俺が此処に来た意味はそれか?チーフ」
視線の先。とある村では双子の兄妹が生まれていた。その片割れ、兄の方を見る。
黒髪に青い瞳の赤子。母の腕の中で、健やかな寝息を立てて眠っている。
その子供に、俺は懐かしい気配を感じていたからだ。懐かしい気配………それは、同類。
チーフの霊魂の欠片を。そして、かつての俺と同じ。真なる霊長種としての資質を。
黒髪に青い瞳の赤子はそれを宿していた。物語は、此処から始まる事になる。
無銘の少年、シリウスを取り巻く運命の物語は此処から始まるのだった。




