9、神霊種の時代
世界は新たな時代にシフトいたしました。ようこそ、マスター……
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世界は新たな時代へシフトした。そう、俺は確かに自覚した。
気付けば、俺は真っ白な世界にいた。其処は物質界のたゆたう次元のはざまのようであり、量子論的なエネルギーの海のようであり、そして、純精神世界でもあった。
そう、其処は純精神世界だ。量子論的エネルギーの海だ。次元のはざまだ。そして、其処こそが神霊種の故郷とも呼ぶべき高次世界。思考界だ。純粋に、思考活動こそが全ての世界だ。
即ち、此処こそが宇宙を創造する為のリソースの海なのである。神霊種は、この海で世界を観測する事であらゆる宇宙を創造する事が可能となる。
異なる物理、異なる法、異なる摂理。それ等を創造し宇宙を創る。
文字通り、この世界は神霊種が宇宙という巨大な概念を創造する場なのだろう。
新たに神霊種となった俺。俺は、神霊種として無事覚醒したのだ。
そして、神霊種となった自身に新たな力が宿っている事を俺は即座に理解した。
それは、神の権能とも呼ぶべき力だ。いや、或いは神の権能以上の権限か。それは、この多元宇宙を掌握する真なる霊長種としての権限だ。真なる霊長権、それが俺に宿っていた。
或いは、マスターコードとも呼ぶべきかもしれない。この世界、この多元宇宙に住まう全生命を完全掌握する特級権限。それは、この多元宇宙に住まう全生命を覚醒させる為の権限だ。
そう、俺は神霊種でありながら神霊種を超えた権限を持つ。特級権能と呼ぶべき力を。
故に、後は一言命じるだけで良い。一言命じるだけで、この多元宇宙は救われる。
文字通り、それだけの権限を有するのだから……
『霊長種ミコトの名の下に命ずる。全人類よ、神霊種に覚醒せよ!』
瞬間、それは即座に実行された———
人は、どうあっても神にはなれない。それは、世界の真理だ。しかし、その不条理を捻じ曲げて人類は今神霊種として覚醒した。それは、最上級の奇跡だ。
奇跡は起きた。文字通り、世界のシステムは覆され人類は先の時代へと進んだのだろう。それを確認して俺は良しと頷いた。これで良いと……
世界は、宇宙は救われた。後は、各々がそれぞれの意思と意志により前へと進めばいい。
あとは、全て世界に住まう新人類の手に委ねられたのだから。新人類、神族に委ねられた。
ふと、意識を元居た世界に向ける。其処には、全人類が神霊種へと進化した世界が。新たな時代を迎え新たな世界へとシフトした。神霊種として覚醒した人類は、半ば混乱状態だった。
中には、暴動が起きている場所もある。世界は混乱の極みにあった。
まあ、いきなり何の脈絡もなく覚醒したのだ。それも当然だろう。
しかし、中には超常の力を得て半ば喜んでいる者も居る。超常の世界に歓喜する者も居る。
何処もかしこもお祭り騒ぎ———
おそらく、これから人類は試される事だろう。文字通り、人類は次のステージに立った。
それはつまり、良くも悪くも新たな世界は新人類に、覚醒者達に委ねられたという事だ。この世界がどうなるかは、後は世界に住まう者達に委ねられる事だろう……
俺は、安堵の情を抱きそのまま意識を手放した———
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そして、気付けば俺は知らない世界に居た。そして、目の前には知らない男が居た。
「………ようやく目を覚ましたか。新たな霊長種」
「………とりあえず、お決まりのセリフから。此処は何処?貴方は誰?」
「それを言うなら、此処は何処?私は誰?ではないか」
うむ、そうともいう。しかし、本当にこいつは誰だ?一体俺は何処に居る?少なくとも、俺が今まで居た多元宇宙の何処でもない事は確かだ。此処は、全く未知の世界だった。
果ての観測出来ない、無限と永遠の世界。全てが自己完結した。大地も空も、構成粒子の全てが宇宙規模の質量を持つ規格外の世界。其処に、俺は立っていた。
存在密度も、内在時間も、世界規模も、なにもかもが規格外。限界も制限も存在しない、文字通り絶対至高の世界だった。物理も数学も、あらゆる概念法則が意味を成さない。
……本当に、此処は何処だ?
「本当に誰だお前?此処は一体何処だ?」
「俺の事はチーフとでも呼んでくれ。そして、此処は原初世界だ」
「原初世界?」
首を傾げた俺に、チーフと名乗った男は言った。
「そう、此処は原初世界。全ての多元宇宙の源流世界だ」
「全ての多元宇宙の……源流だって?」
「そう、全ての多元宇宙はこの世界を源流にしている。見ろ、上空の輝く星々を。その全てが多元宇宙の集合である超多元宇宙群だ。そして、全ての多元宇宙はこの世界を元にして誕生する」
超多元宇宙群。そう、チーフは告げる。この夜空の星々が、原初世界の空を彩る星々が、全て多元宇宙の集合であると。そんなとんでもない事を言った。
それが本当なら、とんでもない規模の世界だろう。世界や宇宙どころか、多元宇宙そのものがまるで夜空の星のように小さく見える規模の世界なのだから……
その世界規模は、明らかに図抜けている。流石の俺も、笑うしかなかった。
「……そうか、俺はずいぶんと小さい世界に住んでいたんだな。俺達は」
「………………」
「なあ、俺は一体どうすれば良いんだ?俺は、俺の住む世界を救う為に神霊種になった。俺の住む多元宇宙を救う為に神霊種へと至った。しかし……」
しかし、その救った宇宙すら原初世界にとって無数にある星の一つに過ぎない。
その事実に、俺の心は折れそうだった。俺は、一体何の為に世界を救ったのか?
しかし、チーフはそっと溜息を吐くと言った。
「残念ながら、その答えはお前自身が見つけるべきだ。しかし、そうだな……」
「…………」
「他でもないお前が望むなら、お前に新たな道を提示しよう。その世界で答えを探せ」
そう言い、チーフはある多元宇宙を指差す。ある多元宇宙の中にある、ある世界。その中の一つの惑星を見て俺は激しい雷に打たれたような気がした。
其処は、その世界はまごう事なき神造世界だった。七つの大陸を、大海に囲まれた世界。その神造世界には人類と神霊、魔族と幻想種、巨人がそれぞれ住んでいた。
人類が居た。神霊種が居た。魔族が居た。巨人族が居た。幻想種が居た。魔物が居た。
それは、ある種の箱庭のようでありある種の理想郷のようであった。
そう、其処は一種のユートピアだ。その世界には、あらゆる種が存在している。神域というある種の異次元も存在している。あらゆる文明が存在している。
その世界は、俺にとって本当に輝いていた。それこそ、星のように輝いて見えた。
あらゆる種が、あらゆる生命が、星のように輝いていた。生きていた。
そして、俺は理解した。ああ、そうか。そう言う事かと。どれほど小さくとも、どれほど極小の世界であろうとも、それでも人は生きている。輝いている。
例え、世界が明日滅ぼうともきっとそれまでの一瞬を全力で生きる。
それは、ある少女の言葉ではなかったか。
「あの、世界は……?」
「あの世界は、神造世界”ウロボロス”。世界巨人の骸と命から産まれた世界だ」
「世界巨人?」
チーフは、こくりと頷いた。そして、その世界を指差したまま俺に視線を向けて言った。
「お前、あの世界に別宇宙からの神霊種として向かってみないか?」
「別宇宙からの、神霊種として……」
「……無論、その手引きは俺がしよう。ただし、その世界に着いた後はお前に任せる」
その世界で何を成すのかは、お前次第だ。そう、チーフは言った。その言葉に、少なくとも俺は心を揺り動かされていた。心惹かれていた。
そう、後は俺の意思次第だ。これは、俺の意思で決める事だろう。なら、どうするか?
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良し、と俺は頷いた。そして、覚悟を決めた笑みを浮かべて言った。
「解った。お前にどんな目的があるのかは知らないが、それに乗ろう」
その言葉に、チーフは口元を獰猛に引き裂いて笑った。その笑みはとても愉しそうだ。
「では、早速はじめよう。お前をあの世界に送り届ける」
そう言い、チーフは俺の額に指を突き付けた。その瞬間、俺の意識は……




