8、霊的進化へ
次期神霊種として修行を始める事となったミコト。最初にシンラがミコトに言い渡した修行内容は実に簡潔明瞭だった。それは……
「霊的感応の触手を伸ばす?」
「そうだ。霊的に全てを観測出来てこそ、神霊種は神霊種足りえる。全知にして全能足りえる」
要するに、感覚を研ぎ澄ませて世界を観測するという………いわゆる瞑想の修行だった。流石のミコトも呆気に取られ、反応に困る。もっと、修行らしい事をすると思っていたからだ。
しかし、シンラはかなり本気だ。それこそ、本当にやると言ったらやるだろう。何故なら、精神的修行には瞑想は最も効果的な修行法に他ならないからだ。
そもそも、瞑想は遥か古代から行われたきた伝統ある修行法だ。瞑想をする事により、深く集中して高次の霊に接続する。そして、その瞑想状態を維持する事により精神強度を極限に高める。
文字通り、信頼と実績のある修行法なのだ。
故に、その重要性をこんこんと説く。
「今のお前は神霊種に限りなく近い人間というだけだ。簡単に説明すれば、才能だけは神霊種に近い人間という所だろう。しかし、まだあくまで素体は人間そのもの。神霊種には程遠い」
「………はぁ」
「故に、今からお前に精神的修行を課し神霊種の領域へと無理矢理引き延ばす」
さいですか。と、ミコトはそっと溜息を吐いた。どうやら、よく理解出来なかったらしい。
しかし、この時シンラは致命的な間違いを犯した。そもそも、瞑想だけで精神生命たる神霊種へと至れる訳などないのである。そもそも、それが出来れば修行者の中に偶然神霊種へと至れる者が出てもおかしくはないだろう。無論、そんな訳などない。
本来、人間が神霊種になるなどどうあっても不可能なのだから。精神構造からして違うのだ。
つまり、神霊種へと至るのに瞑想は関係がないという訳だ。
無論、精神的修行に瞑想が効果的なのは確かだろう。しかし、それが神霊種へと至れる方法かと問われればそれは断じて否だ。何故なら、精神的強度だけが神霊種の条件ではないからだ。
神霊種とは、そもそも精神生命である。それは即ち、精神活動だけで存在を確立出来る超常生命体に他ならないだろう。それは、無限の時間密度にも耐えうる精神構造が必要不可欠だ。
無限の時間密度。それは即ち、無限の時間圧力に他ならない。
時間密度、時間圧力とは即ち時間の流れに比例する。そして、内在する時間の密度にも。
無限にも等しい時間の流れに耐えられる精神構造が無ければ、真の精神生命足りえない。
それはつまり、永遠の時間が流れようとも決して擦り減らない霊。魂だ。
並の精神的修行で、その領域に辿り着けるわけもないのである。ただ精神強度を鍛えただけの普通の人間では文字通り、永遠や無限には耐えられない。人間と神霊種では、それ程に違うのだ。
なら、どうすれば良かったのか?何が正しかったのか?
それは、まず人間と神霊種との根本的違いを知る必要があるだろう。まずは其処からだ。
人間と神霊種の違いを知り、理解し、そしてその境界線を砕いて渡る必要がある。
彼と我は違う。その違いを理解しそれでも臆する事無く砕く必要がある。彼と我は違う、それでも自分とは違う生命の理を理解し歩み寄る必要があるのだ。それ故に、それは困難を極める。
何故なら、人は自分とは異なる何かを認められないからだ。人は同じ人間同士であろうと、互いに相争う生き物だから。自分とは異なる思想、倫理、価値観を持つ者を認められないからだ。
故に、人は決して神にはなれない。神霊種へと至れないのだ。
彼と我は違う。それを認めながら互いを認める事など、人には出来ないのだから………
・・・・・・・・・
そして、数日の時が過ぎた。今だ、ミコトは神霊種には至れず……
「……………………」
そして、案の定ミコトは修行に行き詰まっていた。霊的感応事態はすぐに上手くいった。だがそれを宇宙規模で引き延ばすなど、もはや人間業ではないと匙を投げた。早々に匙を投げた。
霊的感応に目覚めたのは本来人間としてはすさまじい事だ。何故なら、霊的にモノを知覚出来るという事は目や耳が不能になったとしてもモノを知覚出来るという事だから。
物質や光の反射に頼らず、モノを知覚出来るというのはそれほどにすさまじい。
目が見えずとも視える。耳が聞こえずとも聞こえる。そういう能力に目覚めたのだ。
これは即ち、光の全く届かない空間でもモノを知覚出来るに等しい。これを宇宙規模で拡大拡張すれば確かに観測出来ない事象など無いに等しいだろう。しかし、それはあくまでそれが出来ればの話ではあるのだが。それが出来ないからこそ、行き詰まっているのだ。
現在、ミコトは息抜きの為に月の街を歩いている。月の都市は、超高度に発展した文明だ。
その文明レベルはそれこそ地球文明を軽く凌駕する。単独で宇宙に進出出来る領域だった。
それこそ、銀河そのものから十全なエネルギー供給可能な程に。云わば、銀河文明。
月という天体そのものが、恐らく銀河からエネルギー供給を受けて起動する宇宙船なのだ。
ふと、其処でミコトは疑問を覚えた。何故、この月の都市の民は月の内部に籠もって宇宙に進出しないのだろうか?と。何故、月の内部でひっそりと暮らしているのか?と。
これほどの文明レベルなら、銀河から別の銀河に移動する事すら容易い筈だ。それなのに、
「あれ?お兄ちゃん何してるの……?」
「君は……さっき演説の時に会った」
「ミィシャだよ?」
「ミーシャ?」
「ミィシャだよ?」
にっこりと笑うミィシャ。その笑顔は、まるで花が咲くようで。そして太陽が輝くよう。
その笑顔が、ミコトには眩しかった。
「ミィシャ、ね。………ときにミィシャ、聞きたい事があるんだが。良いかな?」
「うん!」
「この都市の文明レベルって、軽く見積もっても銀河レベルはあるよね?なのに、どうして宇宙に進出しないのかな?其処は聞いても良いか?」
その言葉に、ミィシャはう~んっと唸る。どうやら、彼女には少し難しい話だったらしい。
しかし、やがてにぱりと笑みを零すとミコトに手招きしてきた。
どうやら、此処では話せない内容らしい。少しだけ、不安になった。
「別に話しても良いけど、この話は内緒だよ?」
「………。解った」
ミコトは了承した。そして、そのままミィシャに連れられて人通りの無い路地裏に来た。
路地裏に付いた途端、彼女は文字通りに内緒話をするようにミコトに耳打ちした。ミコトは少しこそばゆいとばかりに、僅かに身震いする。しかし、黙って聞いた。少女の話した内容は、ミコトには心底驚くべき内容だった。
それこそ、目を見張る程に驚く内容だった。
「実はね、月の民達は元々この周辺の銀河を掌握している超文明を築いていたんだって。それこそ文字通りにこの周辺の銀河系を実質支配していたようなものだとか?」
「へぇ?それは凄い」
「うん、けどある日私達の文明は手を出してはいけない領域に手を出してしまったって」
「手を出してはいけない領域?」
うん、とミィシャは笑顔で頷いた。その笑顔には、本当に影がない。
だからこそミコトは信じられなかった。月の文明が、一度滅びの危機に瀕していた事実を。
いや、文字通りに宇宙そのものが滅びの危機に瀕した事を。
「それは、簡単に説明すれば文明のレベルを何段階か先に引き上げる技術だったそうだよ?けどその技術をまだ月の文明は制御しきれなかった。もっと言えば、手に余ったそうだね」
「…………」
「その技術は、多元文化と言われる新しい時代を築く為の技術だったらしいね。けど、それに手を出す事はまだ私達には早すぎたみたい。危うく、文明どころか宇宙が滅びかけたって」
その言葉に、ミコトは絶句した。そう、一度この宇宙は滅びかけたのだ。
そして、同時に思い出した。以前、シンラが言っていた。月の文明が以前シンラの手により滅びかけたという事実を。それは、つまりこういう事だったのだ。
多元文化———それ即ち、多元宇宙への文明の進出。
つまり、多元文化という超技術はシンラの手によりもたらされたのだ。文明レベルを無理矢理引き上げる事により、あの月神は宇宙を滅びの運命から救おうとした。
しかし、結果は大失敗。宇宙を救うどころか、結果的に滅ぼしかけたという訳だ。
そして、それが原因で月の民達は過度な宇宙進出を諦めたのだ。いや、きっと恐れた筈。
彼らは、文明レベルがこれ以上引きあがる事で再び宇宙が滅びかける事態を恐れたのだ。だからこそ月の内部に引き篭もり、宇宙開発を物理的に封印したのだろう。
恐らく、この月自体がかつての銀河文明の名残だったのだろう。銀河を翔ける、宇宙船。それこそがこの月という天体の正体なんだろうとミコトは考えた。
「……君は、怖くないのか?もしかしたら宇宙が本当に滅びるかも知れないのに」
ミィシャは再びう~んっと考え込む仕種をした。けれど、それを影のない笑顔で否定した。
彼女は、首を左右に振って彼女なりの答えを言う。
「私は別に。あした世界が滅びるなら、きっとそれまで全力で生きるだけだと思う」
「……………………‼」
それは、少女なりの考えであり世界に対する回答だ。そう、こんな幼い少女ですらこれほどの答えを出せるのである。その事実に、ミコトは感動すら覚えた。心が、打ち震えた。
———ああ、そうか。
ミコトはようやく理解した。そして、明確な回答を得た気がした。
彼と我は違う。しかし、其処に明確な断絶など存在しないのだ。だからこそ、きっと君と僕は分かり合う事が出来る筈だ。そう、今ミコトは悟った。
悟り、そして道が開けた。
「ありがとう、ミィシャ。ヒントは充分だ。ここまでくれば、さくっと済ませるべきだな」
「うん?……じゃあ、頑張ってね」
良く解らないまでも、それでもミィシャは彼の事を応援してくれるらしい。それが、ミコトからすれば嬉しいと思った。だから、ミコトはさっさとシンラの所へ向かった。
シンラは、すぐに見つかった。
「ふむ?何か、答えを得たような顔だな。何故か俺にも視えないが……」
「答えは得たさ。今から、それを証明する」
そう言い、ミコトは目を閉じ深く集中した。瞬間———
世界は新たな時代を迎えた。神霊種の時代が、誕生した。




