7、月の民×修行回
・・・そして、時は過ぎ。俺達は月の都市部に降り立った。
「では、紹介する。この者が俺の後継者、神候補のミコトだ」
ざわり、と場がざわつく。現在、俺達は月の都市の中央広場に居た。月の民達に囲まれ、月の王であるシンラが演説を行っていた。何だこれは?いや、本当に何だこれは?
見ると、月の民は全員シンラに対する畏敬と尊敬の入り混じったような視線を向けている。どうやらかなり複雑な関係らしいと、そう察した。
恐らく、尊敬はされているが同時に畏れられてもいるのだろう。複雑なんだろうな。
そう、きっと色々複雑なんだろう。もしかすると、過去に月の民とシンラの間で何かがあったのかも知れないが、恐らく俺には関係がない話だろう。俺には、何の接点も無い話だ。
・・・そう思っていると。とてとてと一人の幼い少女が俺に近付いてきた。
大体十歳かそこらかな?もっと幼く見えなくもないが・・・大体十歳くらいだろう。
「・・・・・・お兄ちゃん、カミサマになるの?」
「・・・えっと、ああうん。そうみたいだね?」
我ながら、何故疑問形と思わなくもない。しかし、俺自身微妙な反応しか返せないのだ。
返事を返すと、少女はにぱっと笑みを零した。その笑みが、とても眩しい。少なくとも、この少女には畏敬も尊敬も関係が無いように見える。どうやら、個人差があるようだ。
思わず、俺はほっこりとした気持ちになる。子供の純粋さに、心が和む。
そう思っていると、慌てて少女の親と思しき男女が走ってきた。
「も、申し訳ありませんっ!私達の子が、とんだ粗相を!」
「いえ、別に構いませんよ?粗相とも思っていませんし・・・」
「本当に申し訳ありません!では、これにて・・・」
「お兄ちゃん、バイバイ!」
少女が眩しいばかりの笑みで、俺に手を振る。それを、両親が慌てて連れて帰る。俺は、思わずそれに苦笑しながら軽く手を振った。少し、”月の王”と”月の民”との関係が解った気がした。
まあ、あくまで気がしただけの話だけれど・・・それと、隣のシンガの視線が気になった。
どうやら、シンガは月神シンラに特別な想いを抱いているらしい。そう俺は判断した。
・・・・・・・・・
そして、月の王の演説が終わった後。俺とシンラは二人である場所に来ていた。
シンガには、途中で別れた。何か言いたそうにしていたが、不満げに帰っていった。
最後、お兄様の馬鹿と呟いていたのが気になったけど。まあそれも野暮だろう。
閑話休題———
それは、どうやら月の軍事施設らしい。というより、軍の訓練区画のような場所か?とりあえずかなり広い場所に来ていた。まあ、軍事施設といっても其処まで仰々しい場所でもないらしいが。
それはともかく、今俺とシンラはその訓練区画に二人居る。少し、身構える。しかし、当のシンラの方はそんな事などまるで気にしないかのように笑みを浮かべていた。
そして、唐突に話を切り出してきた。
「少し、お前に話しておきたい事がある」
「話だって・・・?」
俺が怪訝な顔をすると、シンラは口元に笑みを浮かべながら頷いた。中々、不敵な笑みだ。
「お前は、全知全能の神と聞いて何を思い浮かべる?」
「それは・・・まあ何でも知っていて何でも出来る神じゃないのか?」
「まあ、それでおおむね正しい」
俺の見解に、シンラは笑みを浮かべたまま頷いた。そして、続けて言った。
「より具体的に言うと、神霊種の全知全能とは観測者としての側面が強い」
「・・・観測者、だって?」
「そうだ。全知全能の神とは、即ち観測者としての力を指す。全てを観測出来る立場に居る。だからこその全知である。そして、思考活動だけで奇跡を起こせる。だからこそ全能である。良くも悪くも神霊種からすれば、観測能力こそが根幹にあるんだよ」
ふむ・・・
俺は少しだけ思案する。全知全能の神、神霊種の観測。それは即ち、観測する者こそが神霊種であり観測する事こそが神霊種としての根幹である。という事か?
全てを観測出来る立場にある。つまり、全てを知る事が出来るからこそ全知である。全てを観測し思考活動だけで宇宙すら創造出来る。思考だけで奇跡を起こせる。故に全能である。
良くも悪くも、観測する事が神霊種である。つまり、観測する事こそ神霊種としての役割?
・・・いや、つまりその。どういう事だ?
「・・・つまり、何が言いたいんだ?シンラは」
「つまり、だ。俺達に観測者としての役割を与えた存在がいるという事さ。いや、正確には全ての生命のオリジナルになるという役目も負っているのかな?」
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
・・・ ・・・ ・・・は?
「・・・えっと?今、何て?」
「・・・これは俺が長い歳月を掛けて調べ上げた事だ。永遠にも等しい永い年月で、ようやく俺が理解した事だとそう理解してくれ」
「は、はぁ・・・・・・」
そうして、シンラは話し始めた。この世界の、ある真実を・・・
この世界の、全ての真相を・・・
「この世界を創造したのは、神霊種である俺だ。しかし、ある時俺は世界の創造に特定のシステムが絡んでいる事を理解した。というより、全ての宇宙の根本法則か?」
宇宙の根本法則、世界の根底にあるシステム。
「人類より高次元に居る神霊種であろうと、そのシステムを無視する事は出来ない。いや、神霊種すらそのシステムに組み込まれている事に気付いたと、そう言うべきか」
「えっと、つまり?そのシステムを組んだ存在が居ると?」
神霊種より、更に高次の存在が居る。そう言うのか?そして、その回答はYESだった。
「そうだ。そして、神霊種が世界を観測し全ての生命の祖となる役割を負っている。ならばそのシステムを根底から覆す。それにはどうすれば良いと思う?」
「・・・・・・えっと、まさか?」
俺は、その時ある考えが過った。シンラは、俺を神候補と呼んでいた。同時に、世界のシステムを根底から覆したいと、そう考えている。それはつまり、だ・・・
俺は、口元を引き攣らせて答えを言った。
「神霊種をオリジナルに、人類が生まれている。ならば人類を神霊種にすれば、そのシステムは根底から覆る筈と考えている?」
「その通りだ」
シンラは、これでもかと笑みを浮かべながら言った。俺は思わず痛い頭を抱えた。
どうやら、シンラは本気で言っているらしい。どれほど無茶を言っているのか?それをこの神は正しく理解しているのだろうか?そう思わなくもない。
しかし、恐らくは本気なのだろう。シンラの目は、何処までも本気だった。
「それに、俺は別に私情だけでこんな話をしている訳では無いんだ。これは、この世界を救う為の話でもあるんだよ。或いは、この多元宇宙を救う為の話か?」
「・・・・・・何だって?」
俺は、思わず聞き返した。世界の根本、システムを覆す事がこの世界を救うだって?
訳が解らない。いや、理解出来ない。そんな俺に、シンラは神妙な目で続きを話した。
「・・・この世界は死にかけている」
「世界が・・・死ぬ・・・・・・?」
「そうだ、聞いた事は無いか?世界はいずれ滅びると、そういう運命が存在すると。そして、それは厳然たる事実として存在する。そして、その滅亡は既に近くまで迫っている」
「・・・・・・・・・・・・」
思わず、俺は黙り込んだ。それくらいに、突拍子もない話だと思ったから。
けど、それを否定できないのも確かな話だった。少なくとも、それを否定するだけの判断材料など俺の中には存在しない。だからこそ、黙り込んだ。
黙り込んで、しまった・・・
「そもそも、この多元宇宙には始まりから確約されている結末が存在する。最初から確約された終わりの運命が存在している。それを、人は終末論と呼ぶ」
「・・・終末論」
思わず、オウム返しに呟いた。そんな俺に、シンラは頷きつつも言う。
「俺は、長年そのシステムを覆し世界を終末から救う方法を模索した。その結果、一度文明が滅びかけた事も事実としてある。その文明が、今の月の文明だが・・・」
「おい」
こいつ、今とんでもない事をいったぞ?かつてシンラのせいで文明が滅びかけたって・・・
だから、月の民が畏敬とも尊敬とも取れない微妙な反応をしていたのか。流石に、なあ?
しかし、シンラは気にした様子がない。どうやら、シンラの中では終わった話らしい。
「そして、その末にようやく見つけた一つの手がかり。それがお前だよ、神候補ミコト」
「・・・・・・・・・・・・」
とりあえず、だ・・・話を纏めてみる。
つまり、世界の根本にあるシステム。其処には始まりから既に、世界の滅びという要因が組み込まれ存在していたという事か。そして、それをシンラは覆したかったと。
別に、神霊シンラは善良という訳でもないのだろう。その思惑の根には、恐らくは自分すら組み込んだシステムが存在している事への個人的不満もある。それは間違いない。恐らく、神霊種であるシンラからすれば他者に見下されたような気分になるのが耐えられないのだろう。
要するに、人類より高次元に立つ存在としてのプライドか?誇りか?
しかし、同時に自身の創造した世界に対する一種の愛着のような物も存在している。自身の創造した世界を見捨てられない気持ちも、確かにある。
それも、間違いのない話だろう。そう、俺は思った。
自身の創造した世界を救いたい。こんな結末は断じて認めたくない。許したくないと。
だからこそ、そんなシステムは許容出来ない。そう言っているのだろう。
「お前が神霊種になれるよう、俺が全てを用意する。その為の訓練も、俺自らが施そう。残るはお前自身の意思だけだ。後必要なのはそれだけだ・・・」
どうする?と問い掛けてくる。お前の力を貸して欲しいと、手を差し伸べる。お前に手を貸してやると手を差し伸べる。シンラは、笑う。
俺は、シンラのその手を・・・・・・取った。
「解った。俺は神霊種になろう・・・」
「ようこそ、神候補ミコト。俺はお前を歓迎する」
そう言って、俺達は笑みを浮かべた。お互いに、不敵な笑みだった。




