4、月へ降り立ち月の文明
そうして世界をあらかた旅した俺は、ある事実に気付いた。俺のような幽霊は、何処にも存在しないという驚愕の事実にだ。いや、正確には幽霊自体は存在する。しかし、だ・・・
俺のような、はっきりと明確な自我を持った幽霊は存在しないという事実にだ。浮遊霊や地縛霊などのそこら辺に居る幽霊は、どいつもこいつも自我を失い只其処に居るだけの存在と化している。
生前の後悔や心残りにより、強い残留思念を残している例はある。しかし、俺のように自由気ままに己の思うまま動き回る幽霊は何処にも居ないのである。
簡単に説明すると、幽霊というのは本来は只其処に漠然と存在している霊体。つまりは精神体だ。
肉体を失い、霊体のみとなった存在は完全に自我を喪失する。ある程度残留思念が残る例はある。
その場合、こびり付いた後悔や心残りが強力な霊障や祟りを引き起こす事例は確かにある。
しかし、それでも俺のような明確な自我を残したままの幽霊など他に例は無いだろう。事実、俺のような存在が他に居れば、俺のように勝手気ままに世界を旅する幽霊や家族に多大な影響を起こす霊が居てもおかしくはないだろう。それが存在しないと言う事は、他にそんな例は無いという事だ。
つまり・・・
俺は、稀な事例を超えた本当のイレギュラーという事だ。
流石に、これには俺自身呆れ果てた。我ながら、何とも珍妙な存在になった物だ。
しかし、何故幽霊になると自我を失うのか?それはある程度推測は立っている。要するに、霊体と肉体を備えた完全な状態でなければ自我は芽生えないという事だろう。
肉体と精神体が揃ってこそ、自我は芽生えるという事なのだろうと思う。
簡単に説明すると、だ。肉体と精神体が別々に存在しても、自我は決して生まれえない。物に触れて知覚する事の出来る肉体と、思考する為の霊体。それが揃って初めて人は自我を芽生えさせる。故にそれ等が別個に存在しても自我は芽生えないという事だろう。と、俺は思う・・・
故に。
だからこそ、そのバランスが崩れて尚自我を失わない俺はイレギュラーなんだろうと思う。そもそも根本的な疑問ではあるが、何故俺のようなイレギュラーが生まれたのかは流石に解らないが。
まあ、それはともかくとして。俺は自我を失わずに自由気ままにやっている訳だ。世界を旅し、もののついでに色んな心霊スポットや霊場を巡りながら見分を広げている。見識を広げている。
まあ、自殺スポットなんかは流石にドン引きしたけれど。幽霊がひしめき合っているから。
残留思念なんかも充満して陰気でじめじめしていた。うん、やっぱり凄まじく暗い。
俺にはあんな場所は合わねえ。そう、一目で感じた。
いや、だって幽霊が一か所にぎゅうぎゅう詰めになって陰気な思念を垂れ流している。それだけでもう嫌な気分になるという物だろう?こっちまで気分が暗くなってくるって。割と本気で。
本当、陰気な場所ってやだね。そう、俺は心の底から思った。
・・・・・・・・・
そうして月日は流れ、現在———俺は月面に居た。そう、俺は今、月面に降り立っていた。
何を言っているのか解らないって?無論、そのまま言葉の通りだ。俺は今、月面に居る。つまりは月面旅行という意味だ。俺達の星は、青かった。実に、綺麗な青い星だ。
いや、そもそも何故月に居るのかだって?それはまあ、俺が唐突に月に行きたいと思ったから?
それ以外に理由は無い。清々しいまでに自分の意思に素直になったまでだ。
理由は簡単。その方が面白いからだ。何せ、今の俺は幽霊だ。縛り付ける枷など無いに等しい。無重力や真空状態なども問題にならない。高濃度の放射線も、恐らく幽霊である自分には関係ない。
いや、流石に高濃度の放射線は怖いけど。まあ、今の俺は幽霊だし?問題なんて無いだろう。だからこそ俺は即日即断即決で、月面に瞬間移動を果たした。幽霊には距離も空間も関係ないからね。
俺、幽霊だし?だからこそ、もうあらゆるしがらみや束縛から逃れる事が出来るだろう。
俺は今、自由だ。自由であるが故に、誰も俺を縛る事なんて出来ない。だから、俺は思うがままそれを堪能するまでだよ。只、それだけの話だ。だから、俺は月に来た。そうしたいと思ったから。本当にそれだけの理由でそれだけの理屈でしかない。
・・・俺、何を一人で言い訳してるんだろうか?まあ良いや。
そして、現在に戻る・・・
いやはや、月から見た俺達の星は実に綺麗だ。そう、素直に思った。まるで、一つの宝石のよう。
しばらく、そうして月からの景色を眺めていた。眺めて、素直に感動していた。
しかし、ふと俺は足元に妙な違和感を感じた。それは、まるで足元に何か月の内部を覆うようにして硬い金属の表皮が存在しているかのような?或いは、金属で内部への壁を作っているような。
とにかく、地面の下に何か金属的な層が存在している。足元に、明らかな人工物が存在している?
そんな、違和感を感じた。
「・・・・・・・・・・・・では」
ふと、興が乗って俺は月の内部に身体をすり抜けさせた。それはもう、嬉々として。
・・・思った通り、月の表面である地面の部分から僅かな場所に、金属の層があった。恐らくは完全な人工物だろうと思われる金属の層。故に、俺は一つの仮説を立てた。
この月が、古代の文明による人工物であると・・・
「この月自体が、何らかの文明による人工物。或いは、天体そのものを利用した宇宙船?」
もはや、そうとしか考えられなかった。それしか、思いつかないような有様だった。
何故なら、薄い金属の層より内部は完全な人工の空間だったからだ。それは、近未来を思わせるような機械仕掛けの地底都市だった。月の内部をくり抜いて、そのまま都市にしたかのような空間だ。
人口の光が、近未来の地下都市をあまねく照らしている。そして、その地下都市を大勢の人々が所狭しと歩き回るその姿は、俺達の住まう青い星と何ら変わらない有様だろう。
俺達を青い星の民と呼ぶなら、さしずめこの人達は月の民だろう。
どうやら、月の内部には大気が存在しているらしい。つまり酸素がある。何故なら、月の民達は皆酸素を供給する為のマスクも、ましてや宇宙空間用の防護服も着用していないからだ。
月の民達は、まるで民族衣装のような朱色の紋様の入った白い服を着用していた。
その姿は、まるで古代の神官のようですらある。
月の都市は、球体である月の内部にそのまま作られている。恐らく、地下都市の上空。つまり月の中央に位置するその場所にある淡く輝く球体。それが重力発生装置となっているのだろう。
球体の内側に、そのまま都市が造られている感じだ。そして、その球体内部の中央に重力装置である淡い光を放つ球体が浮いている。それは、まるで空に浮かぶ太陽か月のよう。
そして、その球体の内部に何か秘密がある。そう、俺の直感が告げていた。
幽霊となった俺の直感は中々侮れない。それこそ、その直感だけで何度も命拾いした程だ。
文字通り、あの狂戦士霊能力者に襲われた時のようにだ。あの時のように、勘違いで除霊させられかけた事は何度もあったから。だから、俺は自分の直感は信じる事にしている。
というか、信じなければ本当に死ぬからだ。幽霊になっても死ぬのは、流石に御免被る。
そして今回、その俺の直感が月の中央にある球体に何か秘密があると告げている。そう、俺の勘が強く告げているのである。あの場所に、何かあるのはほぼ間違いないだろう。
そう思い。俺はにやりと満面の笑みを浮かべて好奇心のままに其処へ侵入した。
そして、その月の地下都市中枢で。俺は運命を変える出会いを果たした。




