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無銘の世界~personaluniverse~リメイク  作者: ネツアッハ=ソフ
閑章、神霊ミコト編
19/57

2、母は強し

 そうして、ようやく俺は説教地獄から解放(かいほう)された。おおっ、精神的(せいしんてき)にかなりすり減った気分だ。


 げんなりとしつつ、俺はこっそりと溜息を吐いた。本当、母さんには何時まで経っても(かな)わない。


 そう、内心で思った。


「・・・で?貴方は自分の死体を見て自分の現状を把握し、その足で幽霊には距離(きょり)は関係がないという理屈で瞬間移動で帰ってきたと?そう()うのね?」


 YES、と俺はこっくりさんよろしく文字の書かれた紙の上に五円玉を(すべ)らせる。その光景に、我が妹は心底面白そうに瞳をきらきらと(かがや)かせている。逆に、父さんはびくびくと震えていた。


 妹はともかくとして、父さんにはさっさと()れて欲しい物だ。流石に、此処まで露骨にビビられるのは息子としてどうかと思うのだが。まあ、()いか。


 母さんは、何だか胡散臭そうな(あき)れたような曖昧(あいまい)な表情で俺が居るであろう位置を見ていた。


 ・・・うむ、やはり此処でも家族の性格が如実に浮き出ているな。そう、俺は内心で思った。


 即ち・・・父さんはヘタレ。母さんは強い。妹は好奇心旺盛である。


「ふざけてるの?」


 俺は、すかさずNOという文字の上に五円玉を滑らせた。俺自身ふざけているつもりは一切無い。


 文字通り、何時でも本気(ほんき)だ。本気で俺は実験(じっけん)してみただけだ。


 俺は只、死後(しご)を存分にエンジョイしているだけだ。


 しかし、やはり母さんは胡散臭(うさんくさ)そうにこちらを見るばかりだ。別に、母さんは俺の事を疑っている訳ではないだろうけれど。それでも(しん)じられない物は信じられないらしい。


 まあ、それは別に()い。信じられようが信じられまいが、俺が母さんの子供であるその事実だけは絶対に変わらないだろう。俺は母さんの事を信じているし、母さんも俺の事を内心(ないしん)では信じている筈。


 だから、これはあくまで些細(ささい)な事だろう。そして、それは母さん自身も理解しているのか小さく溜息を吐いて苦笑を()らした。俺も、つられて苦笑(くしょう)する。


「じゃあ、最後に一つだけ。これだけは聞いておかないといけないわ」


 俺は、黙って話の続きを待つ。自然、場が緊迫(きんぱく)した空気に(つつ)まれる。


 そんな緊張した空気の中、母さんは俺(の居る方向)を見て真剣な顔で言った。


「ミコト、貴方(あなた)はどうするつもり?」


 どうとは?


 そう、俺は()えてごまかした。本当は、何を聞かれているのかしっかりと理解していたけど。それでも俺はあえてごまかした。其処に、別に意味(いみ)などないけれど。


「ミコト、貴方はこれからどうするつもり?何か予定でもあるの?」


 俺は、その言葉に(わず)かな思考をした後、そのまま紙の上の五円玉を滑らせた。


 世界を(たび)して回ってみようと思う。色々と世界を見て見たいと思う、と。


 その言葉に、母さんはやはり苦笑を浮かべて頷いた。この回答は、既に母さんは心の何処(どこ)かで予測していたんだと思うから。だから、これは予定調和(よていちょうわ)だ。


 故に、続く母の言葉もある種予測通りだ。


「解った、貴方がそう言うなら貴方の好きにしなさい。けど、これだけは(わす)れないで。ミコトは何処に行こうと私達の息子で家族だから。何時でも(つら)くなったら帰ってきて良いのよ?」


 その言葉に、俺は即座にYESと答えた。母さんと俺、そして父さんと妹が同時に吹き出した。やはり其処は家族なんだろう。俺は母さんと父さん、そしてアヤの家族に生まれてきて良かったと思う。


 心底(しんそこ)、そう思うから・・・


 ありがとう、さようなら———と、最後にそう(つた)えた。すると・・・


「あ、お兄ちゃん()って!」


 妹が呼び止めてきた。俺は、妹の方を見る。妹は僅かに(うつむ)き、少しだけ躊躇った後に言った。


「ありがとう、お兄ちゃん。私、お兄ちゃんの妹で(しあわ)せだったよ」


 涙まじりの目で、しかし、それでも満面の()みで妹は笑っていた。


 その、満面の笑みでの言葉に俺は思わずドキリとした。そして、俺はそれに対して一言。ただ一言だけ大切な言葉を伝えた。紙の上の文字ではない、俺自身の言葉で。俺自身の口で・・・


 大切な言葉を伝える。


「ありがとう、アヤ。俺もお前の兄で(しあわ)せだった。お前の事を(あい)してるよ」


「っ‼?」


 その言葉に、アヤだけではなく父さんと母さんまで息を()んだ。気がした。


 解っている。知っている。俺の言葉は、幽霊(れい)である俺の言葉は生者である家族には届かない。けれどこの言葉だけは紙の上の文字ではなく、自身の(くち)で伝えたかったから。だから・・・


 俺は、最後にそう伝えて家を()った。頬を、一筋のしずくが(つた)うのが理解出来た。


 俺は、この時理解した。ああ、これが(かな)しいという事か・・・と。


          ・・・・・・・・・


 そして、ミコトがその場を去った後。家族三人は何となくミコトが居なくなった事を(さと)る。それは決して勘などという曖昧(あいまい)な物ではない。確かな確信として、大切な人が居なくなった事を知った。


 それは、決して理屈ではない。単純に、それがそうであると確信していたから。三人はミコトが其処にもう居ない事を理解したのだ。理解、してしまったのだ。


 そして、注釈を一つ入れておくと、先程のミコトの言葉は家族全員に()こえていた。


 聞こえていたが故に、それは一つの結果をもたらす事になる。それは・・・


「・・・っ、ひっぐ・・・ぐずっ・・・えぐぅ・・・・・・」


 こらえ切れず、アヤは()き出した。最後の言葉はあまりにもアヤの心の奥深くに突き刺さった。それ故にアヤは自身の感情を制御出来ずに次から次へと(なみだ)を流す。


 そして、その感情の原因を知っている母親のユイは、そっと娘の背中を()でた。それでもうこらえ切れずにアヤはわああっと大声で泣きじゃくる。それを母は、(やさ)しく微笑んで撫で続ける。


 娘の感情を知っているから。その感情の源泉(げんせん)を知っているから。理解しているから。


 だから、頑張って妹として()る舞ったアヤを優しく撫でた。


「良く頑張ったわね。(えら)いわね、アヤ」


 アヤの感情の原因———それは純粋な恋心。アヤは、ずっと前から兄を一人の男として(した)っていた。


 ・・・そして、それが決して(ゆる)されない恋である事も。


 それを知っていたからこそ、アヤは(おも)いにフタをして妹として付き合っていたのだ。けど、先程の言葉でそれはもろくも瓦解(がかい)した。愛している。それは、きっと兄としてだろう。


 ミコトは、きっとあくまで兄として妹を愛している。それは、絶対に変わらない。


 けど、それでもアヤにとってはそれで充分(じゅうぶん)だった。その言葉だけで、充分すぎたのだ。


 わんわんと泣きじゃくるアヤの背中を撫で続けるユイ。その横顔を眺めながら、マコトは言う。


「もう、()いんじゃないか?」


「何が、かしら・・・?」


「お前は強い。こんな時でも、自分の弱さを見せないお前はきっと強い。でも、もう良いだろう?お前は良く耐えたんだ。もう、これ以上我慢(がまん)する必要はないんだぞ?」


「・・・・・・本当に、貴方は卑怯(ひきょう)ね。私がこんなに我慢しているというのに、っ」


 其処までだった。もう、堪え切れなかった。唯我ユイは我慢しきれずに滂沱(ぼうだ)の涙を流し、わんわんと泣き続ける事しか出来なかった。もう、一ミリも()え切れなかった。


 そして、そういうマコトもやはり耐え切る事など出来ない。歯を食い縛りながらも涙を流す。


「本当に、お前は強いな。ユイ、お前は強い」


 そう、一家の長であるマコトは自身の妻を()めた。妻の強さを褒めた。


 しばらく、唯我家では三人の()き声が響き続けたという・・・


          ・・・・・・・・・


 そんな中、一方でミコトは・・・


「あ、本の処分(しょぶん)を忘れていた・・・。というか、やっぱり家族にはバレたんだよなあ?」


 そもそも、本来の目的を思い出してこっそりと(しず)んだ気分になっていたという。


 家族が自分の為に泣いているとも知らず、全くもって()まらない話であった。やれやれだ。

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