1、ポルターガイスト
家への帰宅途中、俺はふと思った。今、俺は幽霊なんだから普通に時間を掛けて帰る必要なくね?
そう考えたら、何だか無性に試してみたくなるのが好奇心旺盛な人間の性だろう。まあ、つまりは瞬間移動とかそんな事が出来るかどうか、色々と試してみたくなったのだ。要は好奇心だ好奇心。
人間、好奇心には逆らえないとも言うし・・・。え、言わない?あっそう。
「・・・・・・よしっ」
俺は犬歯を剥き出しに、獰猛な笑みを浮かべて自宅を意識した。こういうのは、要するにイメージの問題だとアニメや漫画で言っていた気がする。つまりは強く意識する事だと、そういう事だろう。
自宅の前を強く意識し、其処に自分が居る光景を強く思い浮かべる。すると、急に景色が歪み。
———気付けば、俺は自宅の前に居た。まるで、最初から自分は自宅の前に居たかのように。
幽霊には距離は関係ない。そう、証明された瞬間だった。
「成功した、みたいだ。これは中々面白いな・・・」
けど、と。少し間を置いて俺は思った。
「これは結構疲れるな・・・。自宅に転移するだけでも相当消耗したぞ・・・」
そう、自宅へと転移しただけで俺はかなりの疲労を覚えているのだ。つまり、瞬間移動は相当な力を消耗するのだろうと思う。この場合、霊力か?とにかく、霊的エネルギーだ。
まあ、ともかくかなりのエネルギーを消耗した気配がある。これは、後で色々と実験をする必要性があるだろうとそう感じた。エネルギーを消耗しすぎて、消滅するなどシャレにならないからな。
さて・・・
「次は、家に入るか・・・」
そう思い、俺はそっと扉へと片手を突き出した。無論、別にドアノブを回す為ではない。そのままドアに手を付きこみそのままするりとドアをすり抜ける。そう、ドアを俺の手がすり抜けたのだ。
上手くいった。そう思い、俺はそのまま全身をすり抜けさせた。家の中では、母親の唯我ユイが電話の子機を片手にして何だか愕然とした顔をしていた。一体、何を話しているのだろうか?
少し、耳を傾けてみる。
「えっと・・・、今何て言いました・・・?息子が、なんと・・・・・・?」
『ですから、息子さんの唯我ミコトくんが先程病院に運ばれ・・・お亡くなりになられました』
「そんな・・・、さっき元気に家を出たのに・・・。何で・・・・・・?」
母親は、今にも泣きそうな声で電話に応対している。うむ・・・
・・・察するに、どうやら俺がひき逃げにあい死亡したと電話が来たらしい。居間の奥では、父親の唯我マコトが呑気にもテレビを見て爆笑している。父さん、頼むから空気を読んでくれ・・・
まあ、とりあえず此処に居ても居心地が悪いだけだし。俺はさっさと用事を済ませよう。
そう思い、俺はそのまま二階の俺の部屋へと向かった。俺の部屋は、妹の唯我アヤの部屋と向き合うようにして対面に存在している。何となく、妹の部屋に意識を向けてみる。
部屋の中には、妹の気配が感じられた。しかし、妹の気配はぴくりとも動かない。
どころか、実に安らかな気配だ。
「・・・・・・・・・・・・寝ている、のか」
どうやら、妹は現在部屋で寝ているらしい。すやすやと安らかに寝ている気配がした。
俺は、その間にそっと自分の部屋に入る。部屋の中は、相変わらず殺風景だった。
窓際にはベッドが置いてあり、その対面のドアの近くには勉強机が置いてある。勉強机には、それなりに高価なパソコンが隅の方においてあり、後は本棚に様々なジャンルの本が雑多に陳列してある。
それだけだ。いや、はっきり言うとベッドの下には少しエロい雑誌が置いてあったり、本棚の裏に口では到底言えないような過激な漫画があったりするからそれだけとは到底言えないのだが。
まあ良い。今はそれらをさっさと片付ける事に専念すべきだ。そう思い、まずはベッドの下から。
・・・そうして、ベッドの下からエロ雑誌を回収して作業をしていると。
ふと、部屋の外に妹の気配を感じた。
「・・・う~んっ。お兄ちゃん、帰ってきたの?」
「・・・・・・っ⁉」
妹のアヤが、寝惚けまなこを擦りながら部屋に入ってきた。ネグリジェ姿の、過激な姿。
しかし、はっきり言ってそんな光景に見惚れている暇なんてこれっぽっちも無かった。
何てタイミングだ。そう、思わず毒づきたくなる。そして、タイミングの尚悪い事に俺は今エロい雑誌をその手に持ち硬直している。つまり、妹の目にはエロ雑誌が浮かんでいるように見える筈。
妹の目は、そのまま宙に浮かぶエロ雑誌の方へ行き。そのまま瞳をきらきらと輝かせた。
っ、やばい。これは・・・
「っ、ポルターガイストだあああああああああっ‼‼‼」
「わあああああああああっ‼?」
妹の絶叫に、思わず俺も絶叫した。そう、妹はかなり好奇心旺盛なのだ。故に、こんな不思議現象は大の好物なのである。不思議現象を前にして、妹はもう大はしゃぎだ。小躍りなんかしている。
妹の絶叫に反応したのか、父さんと母さんがどたどたと階段を駆け上がってきた。
「何だ?どうした、そんな大声を出して・・・・・・ひいっ‼?」
「何よ、そんなに大声を出して。今はそれどころじゃあ・・・って、え?」
空中に浮かぶエロ雑誌。それを見て腰を抜かす父さんと、呆然と呆ける母さん。
何て珍妙な光景だろうか?ポルターガイスト現象。といえば、ホラーに聞こえなくもない。
しかし、その浮かんでいる物体はエロ雑誌。はっきり言って珍妙だ。
えっと、まあ何だ。此処で一応補足を入れておく。母さんは昔、レディースの総長をしていたらしく精神的にも肉体的にもかなり強い。故に、多少の事では動じない。
逆に、父さんはいじめられっ子だったらしい。故に、かなりのヘタレだ。
何でも、昔父さんは母さんにパシられていたらしいけど。どうやって結婚したんだろうか?なんでも母さんいわくパシるのは一種の愛情表現だったらしいけど。うん、解らない。
・・・ちなみに、妹はかなり好奇心旺盛な性格。面白がって何をしでかすか解らないのだ。
まあ、それはともかく・・・
俺は作戦は失敗した物と見て、エロ雑誌を背後に投げ捨てそのままトンずらを———
「待て・・・」
かなりドスの利いた声。間違いなく母さんの声、それも切れている。ギシギシギシイイッ、と油の切れたロボのような鈍い動きで首だけ動かし、母さんの顔を真っ直ぐ見上げる。其処には・・・
瞬間、俺はこの世の恐怖という恐怖を煮詰めてろ過した何かを見た気がした。
「っ、ひぃ‼‼?」
ドス黒い、暗黒の仁王が立っていた。何故か、俺を真っ直ぐに見詰めている。気がする。その迫力だけで俺は恐らく木の葉のように軽く吹き飛ばされるだろう。それくらいの確信がある。
今の母さんは、例え暗黒の破壊神であろうと魔王だろうが裸足で逃げ出すに違いない。それくらいの迫力は優に持ち合わせているのだ。あまりの恐ろしさに、俺は硬直して動けなくなった。
父さんも妹も、今では顔を恐怖に引き攣らせて母さんを見て硬直している。
そんな中、母さんは口元を三日月に歪めて笑みを形作る。その笑顔が、何より恐ろしい。それを俺は今思い知る事になるとは、流石に思わなかった。ああ、本当に怖い・・・
「正座・・・」
「え、はぇ・・・?」
「正座っ‼‼‼」
本能的に、俺はその場に正座した。恐らく、今の母さんは直感だけで俺の様子を正確に把握しているだろうと思うから。何をしても無駄だと悟った。
そうして、そのまま小一時間母親に説教を喰らう幽霊という珍妙な構図が出来上がった。
・・・うん、訳が解らない。ああ、母が怖い。




