番外、恋する少女
・・・リーナが山賊に襲撃され、無銘の少年に助けられた日から数日の時が過ぎた。
その頃、レイニー伯爵邸。リーナ=レイニーの部屋で、リーナは物思いに耽っていた・・・
リーナの手には、無銘から渡された草を編んだお守りが握られている。大切なお守り、これは彼との唯一の繋がりを持つ大切な物。そう、リーナは解釈していた。
だから、リーナはぎゅっと愛おしそうにそのお守りを抱き締めた。傷付き、それでもリーナを命がけで守ろうとしてくれた彼の事を思い出しながら。その目から涙を零しながら。
と、その時。軽くドアをノックする音が聞こえてきた。こんな夜に誰だろう?僅かに首を傾げる。
「リーナ?私だけど、今良いかしら?」
「あ、はい・・・」
声はリーナの母親、アーシャ=レイニーのものだった。リーナは慌ててお守りを机の上に置き、ドアの鍵を開けてノブを回した。ドアの外にはリーナをそのまま大人にしたような女性が居た。
リーナの母、アーシャはリーナに優しく微笑む。
「少し、お話しない?」
「はい、何の話ですか?」
「ふふっ、例えば・・・リーナを守ってくれた小さな英雄さんの話とか?」
「っ⁉」
リーナは途端、顔を俯けて表情を曇らせた。そんな娘の心情を察してか、アーシャはリーナの頭に優しく手を乗せ撫でた。その表情は、何処までも穏やかだ。僅かの影も感じない。
彼女はそういう人物だ。どんな時でも、穏やかに微笑んでいる。気性の穏やかな女性なのだ。
リーナはそんな母親の事を好いていたし、尊敬もしていた。しかし、今回ばかりはそんな母親の笑顔の意図が読めずに少し困惑する事になった。一体、母親は何を考えているのだろうか?
・・・・・・・・・
そして、リーナの部屋の中。リーナはベッドの縁に、アーシャは椅子に座った。
「お母さま・・・えっと、それで一体?」
「ふふっ、まずはリーナを助けてくれた英雄さんはどんな子だったのかしら?」
「・・・・・・・・・・・・」
リーナは彼の事を思い出す。思い出した瞬間、確かに胸の奥に暖かな何かが灯った気がした。それと共にちくりと刺す何かも感じた。リーナは、ちらりと机の上のお守りに視線を向けた。
草を編んだ小さなお守り。彼との唯一の繋がりが其処にあった。
当然、その視線の移動に母親も気付いていた。しかし、それを今は問わない。
「彼は、自分の事をムメイと名乗っていました。綺麗な黒髪と青い瞳をして、魔法を操って私とじいやを助けてくれました・・・」
「そう、本当に英雄みたいな子だったのね」
母親の言葉に、リーナは少しだけ笑みを零す。頬が、僅かに赤く染まる。
「・・・ムメイは、自分が傷付いて本当は痛い筈なのに。それでも私を庇って、助けてくれたの。そんなムメイの事が私は、私・・・は・・・」
「・・・・・・そう、リーナは彼の事を好きになっちゃったのね?」
「・・・っ、はい」
気付けば、リーナはその目から止め処なく涙を流していた。ぽろぽろ、ぽろぽろと、一向に涙が止まらずに溢れ出した。リーナはしゃくり上げながら、涙を拭う。しかし、涙は一向に止まらない。
本当はリーナだって勘付いている。もう、彼とは二度と会えないのではないかと。
けど、それを認めるにはリーナはまだ幼過ぎたのだ。そんなリーナに対し、それでも穏やかに微笑みながら母親は優しく抱き締めて頭を撫でた。
ようやく、この時になってリーナは気付いた。アーシャは、母親はリーナを不安にさせない為に笑みを絶やさずにいたのだと。そんな母親の強さと優しさに、リーナは更に泣きそうになった。
そんなリーナに、アーシャはそっと言った。
「大丈夫よ、リーナ。きっとまたその子とは再会出来るわ。また何れ、リーナの所に」
何処か、確信の籠もった声音でそう言うアーシャ。
少し意味深な事を言っていたけれど、リーナがそれを理解するにはまだ早かった。




