エピローグ
その頃、エルピス伯爵領にある辺境の村にて。ちょっとした騒ぎが起きていた。
「マーヤー‼」
「っ、ハワード⁉」
村に、突然領主であるエルピス伯爵が来訪したからだ。その光景に、村人達は騒然として村長も慌てて地面に額をこすり付け平伏している。それを見て、呆然とするミィ。
しかし、当の本人であるエルピス伯爵と呼びかけられたマーヤーにはそれどころではない。何故なら彼等は決して他人ではない、強い縁があったからだ。それこそ、切っても切れない深い縁が。
その縁とは・・・
「何故、此処が・・・?ハワード」
「解らないと思うか?自分の妻の居場所を探さない夫が何処に居るのか・・・」
「それは・・・」
そう、この会話からも解る通り二人は夫婦なのだ。その会話の内容に、場はより騒然とする。そんな中母親と伯爵の二人を交互に見ていたミィは、小首を傾げて問う。
「えっと、貴方が私のお父さんですか?」
その言葉に、村長達は大いに慌てる。伯爵に対し、何て口の利き方をと。しかし、当のエルピス伯爵はそんな幼い我が子の姿に小さく微笑んだ。とても穏やかな、優しい笑顔だ。
「ああ、そうだよ?君は私の娘だ」
そう言い、そっと娘の頭を撫でる。ミィはくすぐったそうに目を細めた。
どうやら、自分の父親を嫌ってはいないらしい。その表情は少し嬉しそうだ。
そして、伯爵は。ハワード=エルピスは視線をミィから自分の妻であるマーヤーに向けると、表情を真剣な物に変えて静かに告げた。自身の来訪の目的を・・・
「マーヤー、本当は俺も君に会うつもりは無かったんだ。君の想いを汲んで、影から君を守る事に専念するつもりでいた。その筈だったんだが、状況が変わったんだ」
「状況が・・・変わった・・・?」
少し、不安そうな顔をするマーヤーに対し、ハワードは静かに頷く。
「この傍の山道を通ったレイニー伯爵の娘が、山賊に襲われたらしい。それを、黒髪に青い瞳の少年が魔術を使い助けたそうだ」
「っ、お兄ちゃん‼?」
ハワードの言葉に、真っ先にミィが反応した。マーヤーは、ただ黙って辛そうに唇を噛む。その姿に伯爵であり彼女の夫でもあるハワードは何かを察した。
彼はマーヤーの瞳に視線を合わせ、あくまで穏やかな口調で問う。
「マーヤー、君は何かを知っているのではないか?」
「それは・・・、それ、は・・・・・・」
言い辛そうにするマーヤーだったが、やがて何かを諦めたように項垂れた。その表情には、何処か悲しげな感情が見え隠れしていた。その表情に、ハワードは思わず彼女を抱き寄せる。
抱き寄せられた彼女は、そっとハワードの胸元に縋り付きながら呟いた。
「あの子は、何か巨大な使命と試練を宿して生まれてきたの」
「巨大な使命と、試練・・・?」
問い返したハワードに、マーヤーは静かに頷いた。
「あの子は、神大陸に住む神々ですら関与しえない巨大な運命を宿して生まれてきたの。その為の使命と試練があの子の未来に立ちふさがっている。私にはそれが視えた。だから・・・」
「だから、君は我が子に魔術の知識を与えたと?」
「・・・・・・・・・・・・」
ハワードの言葉に、マーヤーは黙って頷いた。傍で二人を見ている村人達には、全く理解出来ない意味不明な内容の話であった。実際、彼等には欠片ほども理解出来てはいない。
恐らくは、二人にしか理解出来ない話であろう。ミィはそう理解した。




