10、修行の始まり
僕は現在、神山の洞窟の中を歩いていた。僕の前を、ミコトは歩いている。
その洞窟は深く深く、まるで何処までも続いているような錯覚すら受ける。一体何処まで続いているのだろうかこの洞窟は?そう思うも、僕は黙って後ろを付いてゆく。
しかし、この洞窟内は妙に熱いな。まるで、火山の中枢にでも来たかのような。少しばかり不安が僕の背筋を伝う感覚がした。いや、まあ何て言うか・・・うん。
もはや、言うまでも無いだろう。
「・・・・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
そろそろ軽く不安になってきた頃、僕達の目前に開けた空間が見えてきた。其処は、周囲をマグマに覆われた灼熱の空間だった。まさしく、火山の中枢だろう。
やはり、僕の予想は見事に当たっていたらしい。本当は、外れて欲しかったけど。
「・・・・・・・・・・・・」
「付いたぞ?入れ」
流石の僕も、唖然とした。
その開けた空間の中央には、周囲をマグマに囲まれているにも関わらず、燃える気配を見せない不可思議な小屋がぽつんと建っていた。その光景にそぐわない、木造の小屋だ。
「何をしている?さっさと入れ」
「あ、はい・・・・・・」
僕は言われるまま、木造の小屋の中へと入っていった。その瞬間、世界は一変した。
文字通り、まるで異界にでも迷い込んだかのようだ。小屋の中に入った筈の僕の前には、一面の大草原地帯が視界一杯に広がっていた。遥か彼方に見える山の向こうに、天と地を繋ぐ光の柱が見える。
恐らく、あの光の柱こそがこの世界の中心なのだろう。そう、何故か理解出来た。
空には、燦然と星々が瞬いている夜空が広がっていた。此処が先程の神山では無い事は明白だ。
一体、僕は何処に迷い込んだのだろうか?そんな疑問を抱いていると・・・
「ん?君は誰かな?」
「っ‼?」
唐突に聞こえた声に、ぎょっとして振り返る。まるで気配がしなかった。声を掛けられるまで、この僕が気付けないなんて。そして、その驚愕は振り返った後更に増大する。
「・・・・・・っ‼‼‼」
驚いた事に、その青年は僕のすぐ目と鼻の先に居たのだ。思わず、僕は飛び退いて身構える。しかしその青年は僕の行動を意にも介さず、口元を僅かに歪めて笑んでいる。見事なアルカイックスマイル。
僕は改めて、その青年を観察する。年の頃は、十七から十八だろうか?その身に軽い皮鎧を纏い腰には一振りの剣を差している。鎧こそ貧相だが、腰に差している剣は見事な物だ。恐らく、神剣の類。
と、言うか明らかに日本刀だった。金髪の西洋人風の青年には、明らかに不釣り合い。
それと、今気付いたがこの青年。どうやら英霊の類らしい。つまりは霊体だ。
「ん?これは剣神タケミカヅチと言ってな。剣の形をしてはいるが立派な神霊種だよ」
「いや、それはともかくお前は誰だよ・・・」
とりあえず、僕は警戒心を最大にして問いを投げ掛けた。一体彼は何者なのか?
しかし、その問いにむしろ彼の方がきょとんとした。まるで、その質問自体が意外だったかのようでそんな彼の反応にむしろ、僕の方が面食らった。
え?あれ?この質問はそんなに意外だったか?軽く不安になってくる。
「ん?何だ・・・ミコトから何も聞いていないのか?」
「・・・いや、ただ此処に連れてこられただけだが?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・はぁ~」
長い沈黙の後、青年は深い溜息を吐いた。まるで、心底面倒臭そうに頭をぼりぼりと掻く。
やがて、青年は観念したかのように首を左右に振り、僕の方を真っ直ぐに見た。その瞳は、まさしく心底面倒臭そうな。いや、実際面倒臭いのだろう色をしていた。
しかし、その面倒臭そうな瞳の色もすぐに一変した。
「まあ良い、まずは自己紹介をしよう。俺の名はミハイル=ブラック。剣聖と呼ばれている」
「・・・無銘だ」
「無銘か。本名を名乗るつもりは?」
「・・・・・・シリウスだ」
「シリウスか。うん、よろしくな!」
青年、ミハイルはにっこりと頷くと僕の手を強く握り締めて大きく振り回した。ずいぶんと穏やかな性格の青年らしいな。僕は、初見でそう判断した。
・・・しかし、それは大きな間違いだと後に理解させられる事となる。と言うか、すぐに。
・・・・・・・・・
で、現在。何故か僕は木剣を握りミハイルと相対していた。僕は木剣を正眼に構え、ミハイルは一切構えを取らずに脱力している。一見舐めているように見えるが、全く隙が無い。
「・・・何か、既視感を感じるな」
「まあ気にするな。来い」
そう言われ、僕は僅かに溜息を吐くとミハイルに向かって一足で距離を詰めた。しかし、次の瞬間には既に僕は頭を木剣で打たれていた。打たれた瞬間が認識出来ない、それ程の神速の業。
それどころか、打たれた事に気付きそれを頭が正しく認識するまでしばらくかかる。速過ぎる。
全く状況を理解出来ず、混乱する僕に対しミハイルはにっこりと清々しい笑顔で言った。
「さあ、まだまだ。時間はたっぷりとあるんだ、もっと来い」
「・・・・・・・・・・・・・・・」
うへえっ・・・
思わず、僕は口元を引き攣らせた。どうやら、そう簡単にはいかないらしい。思わず天を仰ぎたくなるのも仕方がない事だろう。僕は、心の中でこっそりと溜息を吐いた。
ああ、どうしてこんな事になったのか?全く解らない。理解出来ない。
その後、僕は幾度となく木剣によって打たれ続けた。全く、剣筋すら読めなかった。
そんな僕に対し、ミハイルは獰猛に笑っていた。
・・・・・・・・・
一方、その頃神山では・・・
「ふむ、デウスか。久しいな」
「うむ。あいつは・・・どうやら神域へと入ったらしいな」
ミコトの前に、デウスが現れた。それも唐突に、何の脈絡も感じさせない出現だった。恐らくは転移の術の類だろうが、それにしても全く不自然さを感じさせない見事な転移だった。
しかし、ミコトが反応したのは別の事だった。
「・・・やはり、無銘の少年はお前の差し金か。神王デウス」
「うむ、その通りだが?やはり元人間の神霊種としては俺が一介の人間に気を回すのは意外か?」
元人間の神霊種。そう呼ばれたのを一切気にせず、ミコトは黙って頷く。それ程までに、神王デウスが一介の人間を気に掛けるのが意外な話なのだ。決して元人間として私情を挟んだ訳では無い。
そして、そんなミコトにデウスは笑みを浮かべたまま頷いた。
「別に、そう大した理由がある訳では無いさ。只・・・あの少年の絶望が、怒りが、意思の力の全て人間としての限界を遥かに超越して固有宇宙へと覚醒する兆候を見せたのでな」
「なるほど?つまり最初から解っていた訳か。あの少年が覚醒する器である事を・・・」
「そうだと言った」
再び、ミコトはなるほどと頷いた。どうやら、神王は最初から全てを理解して、その上で無銘を転生させこの世界へと送り込んだらしい。つまり、全ては神王の計算の上だったのだ。
「さすがは、全知全能の神王だな」
「・・・別に、それほど難しい話でもない。単純な話でもない」
少しばかり不快そうな表情で言う神王に、そうかもなと返すミコト。どうやら、ミコトとデウスはそこそこに気安い関係ではあるらしい。よく見れば、デウスも少し不快そうではあるが、それでもあまり言う程には不快感は顕にしていないようだ。
恐らくは、その程度には気を許しているのだろう。
「で?そろそろお前も口を割る気になったか?お前がどうやって神霊種に至り、どうやってこの多元宇宙へと来たのかを・・・」
「・・・・・・・・・・・・」
その問いに、山神ミコトは黙って首を横に振る。そう、たとえ全知全能たる神王デウスでも解らない事はあるのである。その最たる事象こそ、山神ミコトだ。
彼、ミコトはこの多元宇宙の外からある日突然とやってきた外なる神なのである。
そう、山神ミコトはこの多元宇宙の何処とも知れない場所から、突如として来た神霊種なのだ。
ミコトが何処からやってきて、そしてどうやって神霊種へと至ったのか、それは神王ですら知らない未知の事象なのである。故に、神王は知りたいのだ。山神ミコトの抱える秘密を。
そして、どうやらそれを語る気はミコトには一切無いらしい。




