9、神との戦い
そして、現在僕は山の神ミコトと山頂の山小屋前で木剣を構え、対面していた。愉しげに笑みを浮かべるミコトと比べ、僕は実にうんざりとした気分で呟く。
「・・・何故だ?何故、こんな事に?」
流石にこれは予想外。一体どういう経緯があってこうなったのか?全く以って理解不能だ。そんな僕に対してミコトは楽しげに呵々と笑う。本当、一体何がそんなに楽しいのだろうか?
僕には一切解らなかった。いや、解りたくもなかった・・・。全く、やれやれだ。
「そうツマラナそうな顔をするな。これも修行するにあたって重要な事だ」
「・・・はぁっ、一体これは何の意味が?」
そんな、僕の気の乗らない問いにミコトはにひゃりと嫌な笑みを浮かべた。何故だか、嫌な予感が僕の脳裏を過るのだが?早速逃げたい衝動に駆られてきた。
しかし、そんな僕の思考など読んでいるのだろう。ミコトの視線が一瞬で鋭くなった。
空気が、一瞬で重苦しくなってゆく。どうやら、逃がしてはくれないらしい。
「弟子の実力の底を把握しておく事は重要だぞ?ほれ、少年ももっと気合を入れぬか」
「・・・・・・はぁっ」
そんな、溜息とも返事ともつかない曖昧な返答を返し、僕は木剣を構えた。
「では、何処からでも来い」
「・・・では」
言うと、僕は早速意識のスイッチを切り替えて頭の中に術式を構築する。先ず組み上げるのは、ミコトの足を封じる為の魔法だ・・・。先ずはミコトの足元からだ。
術式を構築していき、高速で組み上げてゆく。脳内が、軽く過熱する感覚に襲われる。
しかし、僕はそれを無視して術式を構築する。
「アクセス———アースクエイクバインド」
大地が揺れ動き、次いで魔法の縄がミコトを拘束しに掛かる。しかし、その瞬間には僕の視界からミコトの姿が消失していた。一体何処に?
そう思う間も無く、僕の頭に軽い衝撃が奔る。何時の間に、気付けば僕のすぐ目の前にミコトが木剣を構えて笑みを浮かべている。本当に、何時の間に?
しかし、其処に居ると気付いても意識しなければ解らない程、ミコトの気配は全く感じない。どうやら隠形の類の技術を使い、気配を断っているらしい。こうして凝視しなければ気付かないだろう。
それ程に、ミコトは完璧に気配を消していた。いや、気配どころか存在感すら消しているのか。
そう感じる程に、全く其処にいるのが信じられない。今のミコトは、限りなく存在感が零だ。
「けど、なるほど・・・」
「・・・?ほう、そう来たか」
ミコトは感嘆の息を吐く。それもそうだろう。何故なら、この僕が完全とまではいかない物のミコトの隠形を真似てみたのだから・・・。流石に驚くだろう。
曰く、武術とは模倣から始まるとの事———
しかし、これには僕自身驚いている。と、言うか愕然としているの間違いか?
何故なら、この僕が神の隠形を限定的に模倣しているのだから・・・
どうやら、母さんから魔法の知識を与えられた時に、頭の回転も多少速くなっているらしい。でなければ魔法を使用するにあたり、術式を高速かつ並列に組み上げることなど不可能だろう。
この演算能力が、他者の技術を見ただけで真似るという出鱈目な事も可能とするのだろう。
・・・・・・・・・
———この時、彼は自身の本質を見誤っていた。それは一体どういう事なのか?
母親は彼に魔法の知識を与えただけで、演算能力には手を出していない。故に、高速で術式を組み上げ並列に起動させる程の高い演算能力は彼の自前である。
ただ、今まで使われないまま放置されていた才能が、母親に知識を与えられた事で開花した。本当にそれだけの事でしかなかったのだ。まあ、それを見越した上で与えられた知識ではあるが。
それは即ち、母親は自身の息子の才能を知った上で知識を与えたという事になる。
・・・・・・・・・
完全とは言えないまでも、神の行使した隠形を真似てみせた。それはつまり、ミコトの興味を引くには充分過ぎる事だった。即ち、神に本気を出させるには充分な話だったという事だ。
ミコトの姿が再び消えた。そう認識した刹那———
「っ、がぁ‼?」
気付けば、僕は全身を打たれていた。何時の間に?気付かぬ間に全身隈なく一切の時間差すら無く僕は木剣で打ち据えられていた。それは、もはや人間業ではない。文字通り神業だ。
しかし、それで終わる程に神は優しくはない。ミコトは高笑いしながら、僕を打ち据えてゆく。
「は、ははっ、はははははははははははははははは‼‼‼」
「ぐ、がっ、・・・ぁあっ‼」
全身に文字通り、終わる事なき打撃の嵐を食らう。そんな中、僕の中で何かのスイッチが。
・・・入った。
「ああああああああああああああああああああああっっ‼‼‼???」
「・・・む?これは」
それは、まるで僕の中の何かが覚醒し拡張したかのような。僕の中の内的宇宙が広がる感覚。
僕の中で、何かが爆発的に広がって拡張されてゆくのが解る。膂力、叡智、質量、熱量、魔力、そして僕の中にある全ての概念が無理矢理拡張されて広がってゆく。それは、まさしく単一の宇宙。
固有で保持するユニバースだ。
「ああああああああああああああああああああああああああああああっっ‼‼‼」
「・・・・・・・・・・・・ほう」
ミコトの瞳が、すっと細く鋭くなる。
しかし、無理矢理拡張されてゆく自我に、僕自身が耐え切れない。まるで、文字通り内部から爆発して無理矢理に押し広げられるような、そんな圧倒的情報量、質量、概念量の嵐。
それを抑え切り制御するには、まだ僕には未熟に過ぎた。故に、暴走する。
・・・しかし、それを許す程ミコトは甘くはない。だからこそ、彼は神なのだから。
「・・・・・・ふっ」
「がっ‼‼?」
一瞬で、僕の中で暴走する力の渦が断ち切られた。その力は、そのまま僕の中で霧散し消滅する。
どうやら、ミコトが僕の中で渦巻く膨大過ぎる力を断ち切ったらしい。そのまま、僕は力なく意識を失い地面に倒れてゆく。そして、意識が暗転する間際に確かに聞いた。
「まさか、固有宇宙の資質を持っていたとはな。予想外だ」
固有宇宙、だって?
そのまま、僕は意識を失い・・・気絶した。
・・・・・・・・・
「・・・・・・此処は」
目を覚ますと、僕は山小屋の中に居た。一体どれほど寝ていたのだろうか?外は既に暗かった。上半身を起こすとすぐ隣にはミコトが居た。どうやら、ずっと僕の傍に居たらしい。
ミコトは、神妙な顔をして僕を見ていた。理由は解る。意識を失う前の、あの力だ。
「・・・・・・・・・・・・目を覚ましたか、少年」
「・・・神様、一体あの力は?固有宇宙とは一体?」
僕の問いに、ミコトはそっと息を吐く。何か思考した後、やがて神妙な顔のまま静かに言った。
「固有宇宙とは、自らの内的世界を単一の宇宙規模にまで拡張し人類の限界値を超越した存在だ」
「内的世界?」
「詳しい事は、神王にでも聞くと良い。俺が話せるのは此処までだ」
「・・・そうか」
言って、僕は力なくその場に横たわる。僕は、弱い。今、僕は自身の無力感に襲われていた。どうにも僕は自分の弱さを許せないらしい。それを、今理解した。
虚しい。どうにも虚しい。心の中が、空っぽになってゆくように虚しい。
そんな自身の思考を、僕は舌打ちした。
「・・・なんて、無様な」
なんて、無様で無力か。だから、僕は。だから?
今、何を考えていた?今、僕は何を考えようとしていたのか?解らない。何も解らない。
そんな僕を見て、ミコトはそっと溜息を吐く。
「・・・少し。いや、数年程か?神山で修行をしてゆくと良い。未熟な己を鍛え直せ」
「・・・はい」
「それまで、あの力は厳禁だ。決して開放しないように」
「・・・・・・はい」
そう言って、僕は再び俯いた。本当に、無様だった。




