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ゼラチンの部屋

作者: ユウシヤ

 目が覚めると私は真っ白な壁に囲まれた部屋に仰向けの状態で眠っていた。背中には布のようなものが敷かれており、下に柔らかいものでもあるのか身体に密着してくる感触を感じる。


 それはいつものように最寄り駅から自宅まで帰宅している途中のことだった。背後から何者かに突然顔をハンカチで押さえつけられたのだ。戸惑いながらも咄嗟に抵抗しようとしていた私はハンカチから発せられていた匂いを嗅いだ瞬間から次第に全身の感覚がなくなっていくのを感じた。それは私の覚えている最後の記憶だったのである。


 私が部屋から出るために身体を起き上がらせようとすると突然スピーカーから謎の人物の声が聞こえた。

「お目覚めはどうだいモルモット君? あっ。身体は動かさない方が君のためだと思うよ」

 機械で変えている様子の声は抑揚がなく、冷淡な印象を抱かせる声であった。

「おい。あんたは何者だ? ここは何処だ? 私はどうしてこの部屋にいるんだ?」

「まあまあ。まずは落ち着いて。少しずつ状況を説明してあげよう」

 困惑と憤りを持った私にスピーカーの声の主は淡々と答えた。


「まず私のことは……そうだね、管理人とでも呼んでもらおうかな。そう。この部屋を管理しているから管理人。君の様子は部屋の上部に取り付けられたカメラを介してモニターで見ているのだけど、それにしても仰向けになっている君の腑抜けた様子を上から見下ろす景色は快感だねぇ。おっと、ごめんごめん。関係ない話を少ししゃべりすぎてしまったね。おしゃべりは僕の悪い癖だ。ハハハ」

「何が可笑しいんだ! こっちは真剣なんだぞ! 早くここからだせ!」


 状況を理解できずにいら立ちが募る私の様子は気にせずに、管理人というヤツは能天気な様子で話していた。まるでこの状況を楽しんでいるかのように。

「そうだねぇ。その部屋は見渡してみると分かる様に一面が白い壁に囲まれていて出口は無いのだよ」

 私は首を起こして様子を見渡すと、白い壁に囲まれており自分のいる場所から壁までは距離があった。天井付近に換気口の様なものが見受けられたが壁はつるつるとした素材で作られている様で、ちょっとやそっとでは壁を上ることが出来ないようだ。

「そして、これから言うことが最も重要だ。よく聞いておきたまえよ。いまモルモット君の背中には布が敷かれていると思うが、その下にはゼラチンが敷き詰められている。面白い構造の部屋だろう? さて、ここからが本題だ。君への個人的な恨みなどはないがその部屋の中で死んでもらおう。」


 私が……死ぬ? 殺される? なんで、何も悪いことなどしていないのに。

 突然の宣告に私の頭の中は真っ白になった。


「そう悲観しないでくれたまえ。むしろ君は幸運だ。選ばれた人間なのだよ。現世の業から解放されることになった。君はもう何も考えなくていい。何も悩まされなくていい。ただ死を待つだけさ」

「ふざけたことを言っていないで早くここから出せ! さもないと……」


 私は抗う為に身体を動かそうとしたが、不意に指先に柔らかい感触を感じて気味悪さに硬直した。

「何をするかは自由だが、頭の良さそうな君なら分かるだろう。下がゼラチンで埋め尽くされているということは君の身体は辛うじて支えられている状態だ。そしてそのゼラチンが瓦解しようものなら君の身体は次第に埋もれていく。身体が埋もれ尽くすと息が出来なくなる。そして最後は……死ぬ。これ以上聞きたいことはあるかね?」

 残酷な事実を事務作業のようにけだるげに話す管理人の様子は、私の気持ちを不安定なものにしていった。これ以上抗い続けると体力を消耗してしまうし相手の思うつぼだ。私は自らを落ち着かせる意味もこめて黙り込んだ。


 この理不尽な状況で私に出来ることはなんだろうか? 気を緩めて身体を動かそうものなら身体の沈み具合がますます進んでしまう。私は気を引き締めながら状況を整理していた。

 布のおかげである程度は身体が支えられているが、私の身体の重みで時間が経つにつれて少しずつ身体が沈み始めているのが分かる。こんな状況でも誰かが私の異変に気付いて探してくれているはずだ。助けが来るまで絶対に生き延びぬいてやる。そして管理人とやらに復讐をするんだ。

「私はお前らなんかに絶対に負けない!」

 大声で叫んだ私の声は部屋に響き渡った。


 どれくらいの時間が経過したのだろう。数時間かもしれないし半日ぐらいかもしれない。気を張っているため身も心も休まらないなかで意識が朦朧としている私は次第に自分の身体が沈み始めているのを感じた。頭の方にゼラチンが流入してくると危険なため首から上に力を入れて何とか重みで沈まないように身体の状態を保っていたが、下半身の方は足からゼラチンが流入してきている。気持ち悪い感触を感じながらも私は耐えていた。床に平行だった身体は次第に足元の方から傾きはじめ斜めになってきている。最終的には頭を上に垂直な姿勢にでもなっていくのだろうか。

 管理人の声は最初の方に聞こえてきて以来スピーカーからは聞こえず、そこにいるのかさえも確認することができない。


 なんで私がこんな目にあっているのだろう。疲弊した私は次第に弱気になっているのを感じた。突然連れてこられて急にお前はここで死ぬと宣告されて……。世の中はあまりにも理不尽すぎる。ここに連れてこられるのが私である理由があったのだろうか。他の誰かでも良かったのではないだろうか。どうして私がこんな目に。もういやだ。なにもかもがいやだ。いやだいやだいやだいやだいやだ……。

 放心状態となった私は子供のころを回想しはじめていた。身体を動かせない今は思考を巡らせることぐらいしか出来ないかもしれない……


 小学生時代の私の学校では給食がなかった為、昼食はいつもお弁当を母親に作ってもらうのが日課であった。私は幼少期に食が細く完食をするということが苦痛な時が多かった。それでも先生は口癖のようにたくさん食べて完食しましょう。と、我々生徒に対して布教していた。おそらく学校の方針として口酸っぱく言われているのだろう。私は無理やりにでも完食しようと努めていたが、それ以外にも完食すべき理由があった。


 家に帰りお弁当を母親に返すと母親はいつも空になっているかを確認し、空になっていると私に対していつも嬉しそうな表情をみせた。親として子がたくさん食べてくれる様子は嬉しいし安心するのだろう。

 しかし完食することが困難になり始めた私は次第に残ったお弁当の残飯をゴミ箱に捨てるようになった。家に帰って嬉しそうな顔をする母親の表情がただ見たくて……。

 ある時、私がいつものように残飯を捨て空にしたお弁当を母親に見せると突然母親が、

「グラタン美味しかった?」

 と聞いてきた。

「うん。美味しかったよ」

「そう。良かった。グラタンの占い結果はどうだった?」


 私は理解が出来ず答えることなくその場を離れてしまった。

 後から知ったことなのだがどうやらお弁当の中に占いグラタンという冷凍食品があったらしく、アルミホイルの底に占い結果が書いてあったのだそうだ。私は食べきることが出来なかったそれを丸ごと捨ててしまったため占いが底に書いてあるという事実を知らなかったのだ。

 その日の夜に少し悲しそうな表情でお弁当箱を洗う母親の姿を見て子供ながらに私は深くトラウマになってしまった。嘘をついてまで母親を喜ばせようとしたことへの罪悪感。そしてその嘘がバレてしまい悲しい表情をしていた母親の姿。


 私は悪い人間。私は悪い人間。私は悪い人間。私は悪い人間。私は悪い人間。私は悪い人間。私は悪い人間。私は悪い人間。私は悪い人間。私は悪い人間。私は悪い人間。私は悪い人間私は悪い人間。私は悪い人間。私は悪い人間。……………


 ベットの中で自らに嫌悪しながら言い聞かせるようにささやき続けたことを今でも覚えている。


 世の中は理不尽だ。出された食事を残さず食べることが正しいなんていう価値観はそもそも本当に適切なのだろうか。その行為がこなせずに苦しめられている少数の意見は黙殺されているのではないだろうか。

 大きな声で挨拶しましょう。上級生の方には敬語を使いましょう。自分がされて嫌なことを他人にするのはやめましょう。無邪気に笑いましょう。強く生きましょう。未来のために頑張りましょう……。

 些細なことから大きなことまで今までの世の中で正しいと思われている規則や現象、なんとなく良かれと思って残ってきたそれらの規則などは果たして本当に正しいのだろか? 形骸化して実は何が良いのか、守るべきなのか理屈がしっかりと理解できなくなっているのに、ただ惰性的に受け継がれているだけのものも多いのではないだろうか? そんな道理が蔓延っているこんな世の中で良いのか? 誰か教えてくれないか? 誰も教えてくれないのか? 私の味方はいないのか?


 私はこの世を嫌う。私にこんな運命をたどらせてきたこの世のすべてが嫌いだ。こんな形で人生を終わらせにきた全てのものを、嫌う。

 足元から次第に崩れ始め私の身体に浸食してきたゼラチンを拒みながら、暴れれば暴れるほど沈んでいく私の身体。垂直になり始めた私の身体はまもなく首を残してゼラチンの中に沈もうとしている。手さぐりにもがけばもがくほど崩れていくゼラチン。その沈んでいく姿はまるで底なし沼にはまったかのようだ。やっとのことで首を伸ばし口から空気を吸おうとする姿は、エサを求めて水面から顔を出す鯉のようで、見るも無残な姿であろう。とうとう息も吸えなくなってきた私は苦しみながら意識が遠のいていくのを感じた。あまりにも短い全てだった。



 「ご主人様。被験者の実験が終了しました。」

 モニター越しに確認していた私は、被験者の全身が埋まったのを確認してそうご主人様に連絡した。

「おお。ご苦労。今回のモルモット君がどんな死にざまをみせてくれたのか楽しみだなぁ。それにしても、この部屋の管理人という仕事は本当に楽しくて笑いが止まらないなぁ。ハハハハ」


 ご主人様はご満悦そうな表情で私に話しかけた。

「今回の映像も編集してお見せしようと思いますのでしばらくお待ちください」

「ああっ。今までのモルモット君たちの映像よりも面白いものが見れないか楽しみだよ。抗ってすぐに死ぬもの。塞ぎこんで抵抗することなく悲壮な顔で死んでいくもの。こちらを睨みながら死んでいくもの。神に救いを乞うように祈りながら死んでいくもの。色んなモルモット君の姿があったなぁ」


 ご主人様の話しを聞きながら、私は疑問に思っていたことを聞いてみることにした。

「ご主人様。ご主人様はなぜこの様に無差別に人をさらわせてあのゼラチンの部屋に閉じこめ観察することを好まれているのですか?」


 するとご主人様は笑いながらこう答えた。

「理由などは無いのだよ。これはある種のゲームだ。理不尽な環境におかれたモルモット君たちがどの様な行動をみせてくれるか。どれを連れてくるかなんてのは私の関心には無い。ただただこの状況と行動を見て楽しむことに私はこの上ない喜びを感じるのだよ」


 ご主人様は続けてこう答えた。

「次のモルモット君はどんなものが来るだろうか? 楽しみでしょうがないなぁ。早く、早く。もっとたくさんのモルモット君の姿を見せてくれ」

そう言いながら笑うご主人様の姿は悪魔の様な不気味ささえ感じさせた。



 なんでこんなことが出来るかって?

 それは私がこの世を超越した存在だからだよ。

 これを見ているそこの君。

 君が次のモルモット君だよ。



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