カーテンが揺れて
ふわり、ふわり、と、カーテンが揺らめく。
私はその動きを風ではなく、カーテンの隙間から漏れる光で感じた。
ふわり、ふわり、と光も靡く。
目を閉じても、瞼を潜り抜けて光は届く。
控えめにうるさい光の動きが、嫌でも私に届く。
都心の大きな道路に面した好立地の物件の悪い面だと思う。
夜も明るいのだから。
珍しく涼しい夜、冷房をつけなくても大丈夫だと思い、窓を開けて外気を入れて寝ることにした。
電気代の節約になればいいと思ったが、少し後悔している。
揺らめくカーテンと光りが、私の眠りを妨げるのだ。
だが、今更冷房をつけて寝ようとは思わないのが私の質の悪いところ。
冷房をつければ、布団を被って光を遮ることもできる。
今も布団を被って光を遮ることは出来るが、そこまですると暑くて寝られない。
私にできるのは、瞼を固く閉ざしてひたすら自分が眠るまで待つことだ。
さわり、さわり…
足に風がかかったような気がして、鳥肌が立った。
窓を開けているせいだ。
私は、いっそ窓を閉めればいいと思った。
だが、瞼を開けるのも、窓を閉めるのも私は嫌だった。
何で閉めるのが、目を開けるのが嫌なのか
そんなこと分かりきっている。
動けないからだ。
いわゆる金縛りだ。
今日はとても疲れたのだ。
仕事であちこち駆け回り、長時間の運転に加えて長時間のパソコン作業で私は頭も体も疲れ切っていた。
そのせいだろう。
今までも疲れた時に動けなくなることはあった。
今日はよりによって窓を開けていた、それだけだ。
目を閉じて寝ようとした。
身体全体に重しをかけられたように動けなくなったのだ。
ああ…また金縛りか…
私は何度か経験しているものため驚きはしなかった。
だが、窓を開けているのを思い出した時後悔した。
揺れるカーテンも、光も、風も当たり前のことなのに、不気味に思えたからだ。
足を通り過ぎた風は、誰かが通ったことを錯覚させる。
揺れるカーテンのせいで揺れる光は、誰かが動いていることを錯覚させる。
人の存在を感じてしまえば、目を開くことが怖くなる。
私の金縛りは、目を開くことができることが多い。今回もそれだろうと思う。
だが、思い込みだと分かっていても、もし、もし誰かを確認してしまったら、私はその恐怖に耐えられる自信が無いのだ。
恐怖心は、想像力を増幅させる。
私の想像でできた人の存在は、私の触覚にも働きかける。
ズシリ、ズシリ…
足から胸にかけて徐々に布団をかけられたような、誰かが乗っかったような重さが駆け上がってきた。
これは錯覚だ。
自分に言い聞かせた。
ふわり…
眉に、瞼に生ぬるい風が当たった。
ふう、ふう…
耳に途切れ途切れの空気音が届いた。
まるで、私の顔を上から覗いているような錯覚だ。
真上から、私の身体を押さえつけて私を見ている。
これは錯覚だ。
自分に言い聞かせた。
さり、さり…
耳に届く布切れ音は、カーテンの音だ。
決して、誰かが歩いている音ではない。
カタ、カタ…
固い物体が軽くぶつかる音は、窓枠が風に揺られている音だ。
決して、誰かが窓を叩く音ではない。
私の頭は恐怖を否定しているのに、否定するほど恐怖に囚われる。
早く、早く寝てしまいたい。
お願いだから、眉毛を揺らす生ぬるい風は止んで欲しい。
ズシリ、ズシリ…
胸にかかる重さが増した気がした。
私の頭が作り出した錯覚だと思っていても、言い聞かせても恐怖は止まない。
それに加えて、恐怖はいつしか好奇心を生み出す。
何か感じれば確認したくなる。
絶対に目を開けないと思っていても、時間が経つと
開きたくなる。
絶対に何もない。
目を開くと、きっと、天井が見える。
ズシリ…
胸にかけての重さが、首から上にもかかってきた。
ズシリ…
顔にも重さがかかった。
枕に強く押さえつけらえるように顔に重さがかかった。
恐怖はある。
だが、目を開きたい気持ちが強くなる。
開いて何も無ければ、私は何も心配する必要は無い。むしろ、恐怖を失くして眠ることができるかもしれない。
ふう、ふう…
鼻にかかる空気は、きっと勘違いだ。
心臓の音が、体中に響いている。
これを落ち着かせるためには、きっと恐怖を失くすしかないだろう。
どんな出来事も目を開くという方向に持って行く。
私の思考回路は“目を開く”結論ありきで進んでしまっている。
固く閉じる瞼も疲れてきた。
強張る顔と、食いしばる歯はおそらく体にも美容にもよくないだろう。
私は重い瞼をゆっくり、ゆっくりと開いた。
真っ暗だった。
私は安心した。
何だ…考えすぎだ。
私は恐怖心を失くすことが出来ると安心した。
ふわり…
風が吹いて、カーテンの光が揺れた。
そう。揺れたはずだ。
おかしい
おかしいのだ。
真っ暗なのだ。
揺れる光も、暗い天井も何も見えない真っ暗なのだ。
私は目を閉じようとした。
瞼を力いっぱい閉じようとした。
だが、目は開けたのに今度は閉じられない。
景色は変わらず真っ暗なのに、目は開いている。
はあ、はあ…
この呼吸音は私のだ。
どくん、どくん
心臓の音が、体中に響く。
ふう、ふう…
鼻にかかる空気が、少しずつ遠くなる。
それに比例するように、私の視界に暗いが、光が入ってくる。
カーテンから漏れる光だろう。
その光が輪郭を作る。
それは、私から遠くなる空気、私から遠くなる
顔だった。
私は急いで目を閉じた。
やっと閉じられた目は、今度こそ開かないと誓うように固く閉じた。
どっどっどっどっど
心臓の音が早くなっている。
あれは見間違いだ。
私は言い聞かせた。
未だ顔にかかる息も、体にかかる重さも
あの三日月のように細められた目も、つり上がった口角も、覗く白い歯も
全て見間違いで、私の恐怖心が作ったモノだ。
私はそう言い聞かせた。
カタカタカタ
サリサリサリサリ
音を想像する。
私はどんどん想像する。
これは錯覚だ。
これは私の恐怖が作ったモノだ。
何度も頭の中で言い聞かせた。
ふわり、ふわり
光が揺れた。
重さが徐々に消えていった。
強張った体は、力が抜けていくようにベッドに沈み込んだ。
私の意識も、安心したように眠りに沈んだ。
たらり…
私は、自分の汗が流れる不快さで目を開いた。
外は明るかった。
どうやら朝になったようだ。
暑くて汗をかいている。そのせいで寝巻が体に張り付いて気持ち悪い。
私は、必要以上に重い体を持ち上げた。
窓を開けると、そこには変わらない光景があった。
いつもの朝が始まるのだ。
昨日の夜のことは、記憶が薄らいでいる。
きっと夢を見たのだ。
私はそう考えると納得した。
とりあえず汗をどうにかしないといけないと思ったが、冷房のリモコンを持った時気付いた。
窓を閉めていなかったはずだ。
背中に流れる汗を冷たく感じた。




