「感情たち」
喜怒哀楽。
きっとそれだけじゃ感情は説明しきれないけど、もしかしたら、それぞれの感情ごとに別々の人格があるのかもしれない。
部屋でボーッとテレビを眺める男の中で、何かが起こっていても男が気付く事はない。
喜男は嬉しそうに言った。
「お、テレビ見てるぜ」
怒男が拳を握り立ち上がる。
「こいつごときがテレビなんて百年早いわ!」
哀男はうなだれている。
「そんな事言わないでおくれよ」
楽男は飛び跳ねた。
「ひゃっほーい!」
何年もの間、部屋でひきこもる男の心は、自分でもよく分からない気持ちで一杯。
多重人格なんかではない、何とも言えない複雑な気分。
様々な感情がそれぞれの人格の様に男の中にいても、男がそれに気付く事はない。
「今日はなんか変な気分だなあ」
いくつかの感情が混在する時、男はそんな気持ちになる。
それなら一つの感情だけの方がよっぽどいい。
怒男だけなら怒りってばかりだし、
哀男だけなら泣いてばかりだ。
一つの感情だけの方が分かり易くてやっぱりいい。
複雑な感情の時はなんとも言えない気持ちになるし、何をしたらいいのか、どうすればスッキリするのかも分からない。
男が眺めるテレビの中では、タレントさん達が色々喋っているけど、この人達の感情は複雑そうには見えない。
タレントさんそれぞれがそれぞれの求められるキャラクターを演じているだけに見えてしまうし、感情なんて持っていないんじゃないかとさえ思えた。
男はテレビに向かって叫んだ。
「おーい!やーい!」
もちろんテレビの中の人達が反応してくれるはずもない。
「なるほど、そういう事か」
男は何か納得した様に今度は自分の心に向かって叫んだ。
「おーい!わーい!」
男の心だって反応してくれる事はない。
「自分の感情って、もはや自分ではないのかもな」
男は笑ったが、自分が今どんな感情なのかはさっばり分からなかった。
それでも、感情が別の人格だと考えれば、何かスッと理解出来た気分になれた。
「明日は外に出てみようかな」
おしまい。