第五話「真の決着へ」
「構えて! ワイバーンが来るわ!!」
木に背中を置いて座らされていた俺がレオの拳の次に見たものは、俺達を守るように背中を向けるガーゴイルとレイラ。そして、物凄い速度で飛んで迫り来る一体のワイバーンだった。
「な、何だ!? 何が起きてるんだ!?」
俺の声をワイバーンの飛翔音が掻き消す。直後、眼前に迫り来るワイバーンの顎にガーゴイルが振るったウォーハンマーが直撃する。ワイバーンはそのまま地面に激突し、辺りを土煙が舞った。
俺は辺りを見回す。ドルフレッド様はもう逃げたのだろう、見当たらなかった。しかし、隣には同じ木に座らされ意識を失っているレオの姿があった。
「鎌鼬!!」
レイラが腕を広げるようにしてそう唱えると、三日月形の透明な風が土煙を切り裂き、そしてその先のワイバーンの横腹に大きな傷をつけた。痛みにもがきながら、ワイバーンは苦しむように咆哮をあげる。
しかしその次の瞬間、ワイバーンはレイラに向かって紫色の液体を吐きつけた。毒だ! そう直感し、助けるため立とうとするが体が上手く動かない。ガーゴイルの薬草である程度回復していても、レオとの戦いのダメージはかなり残っているようだ。
「レイラ! 危ない!!」
俺が叫ぶとほぼ同時に、ガーゴイルの突進がレイラを大きく吹き飛ばす。その直後、ガーゴイルの全身が紫色の液体でべっとりと濡れた。
「ガーゴイル!!」
俺の呼びかけにガーゴイルは振り向き、うるさいと言わんばかりにシーっと人差し指を唇に添えた。どうやらガーゴイルに毒は効かないらしい。
しかし、その隙が命取りだった。その一瞬でワイバーンは物凄い速度で超低空飛行し、ガーゴイルに激突したのだ。一瞬ガーゴイルの体がぐにゃりと曲がり、そして途轍もないスピードで俺の視界から消える。低く重い風圧が俺の耳をつんざき、体の内側を震わせた。
何て奴なんだ、ワイバーン。あれだけ攻撃されておいてまるでこたえている様子がない。それどころか、先ほどの魔法による傷はもう塞がっていた。
「くっ……! 乱撃の魔光弾!!」
俺の目の前の空間に現れた五つの魔方陣から放たれる数百発の光の弾丸を受け、ワイバーンは怯む。もしかすると俺の魔法なら倒せるかもしれない。今も少し足腰がふらついているが、もうやるしかないだろう。
「喰らえ……光芒の爆槍!!」
だが、これは悪手だった。光芒の爆槍の反動に、俺の足が耐えられなかったのだ。痛みで体制が崩れ、俺の放った光はワイバーンの左翼を蒸発させはしたが、これでは殺しきれない。それどころか、ワイバーンは狂ったように咆哮し、先ほどまでとは違う明確な殺意を持った目を俺に向けた。
「……今! ルーク、レオをお願い!」
突然森のほうから声が聞こえる。そして次の瞬間、ワイバーンの背後にある木々からレイラが鳥の羽を思わせる透明の翼を広げ、高速で飛行しながら飛び出してきた。その手には黄金の装飾が施された緑色の弓と、光り輝く矢が握られている。
そのままレイラはワイバーンの後頭部からその視界に飛び込み、そして頭を下にしたまま体勢を治すこともなくギリギリと弦を強く引き絞った。その瞬間、途轍もない風圧が辺りを支配する。
「疾風矢刃……零!!」
正しくゼロ距離で放たれたその矢は圧倒的な力でワイバーンの眉間に突き刺さり、既に原形を失いつつあった牧場の柵ごと大きく吹き飛ばした。そしてその力の余波は瓦礫となって俺と、隣で意識を失っているレオに襲いかかる。
「乱撃の魔光弾」
迫り来る瓦礫の全てを撃ち落とした頃、レイラが突然俺達の真上から、頭から落ちてくる。どうやら反動で俺達のいる木の枝まで吹き飛ばされたらしい。いてて……と首をさするレイラに、俺は手を差し出す。
「大丈夫か?」
「……あなたこそ」
レイラの手を取り立たせてやる。レオとの勝負に負けたんだ。いやそうでなくても、俺は謝らなければならないだろう。
「……なぁ、レイラ?」
「ん? 何かしら?」
すまなかった。そう言おうとした矢先だった。
「グルルゥゥゥァァァアアア…………!!」
低く、そして重いうなり声が、俺の鼓膜を震わせた。声のする方へと目を向けると、その主は額に刺さった矢を意に介さず、見るものを萎縮させる絶対的な敵意を持った視線を俺達に突き刺していた。その上、俺が蒸発させた左翼も回復している。
あれだけの一撃を喰らっても死なないどころか、敵意を増すだけ。俺の光芒の爆槍が直撃すれば倒すこともできるかも知れないが、今の俺には反動に耐える体力がない。レイラの方に目をやると、目を見開いて冷や汗を流している。
「な、何て奴なの……物凄い魔力で、私の矢を押さえ込んで……!」
「どういうことだ?」
レイラは動揺を隠し切れずに、少し早口で説明を始めた。
どうやらレイラの疾風矢刃零は着弾後、矢に蓄えていた風の魔力を一気に爆発させて追撃する攻撃魔法らしい。しかし、あのワイバーンは圧倒的な魔力でその矢を無理やり押さえ込み、爆発させないことで致命傷を回避したようだ。
「もう私にアレを撃つ魔力は残ってないわ。どうしよう……このままじゃ……」
「……大丈夫。それなら倒せる」
つまり、あの矢は今にも爆発しそうな不発弾だ。アレが爆発するほどの衝撃を与えれば、奴を倒すことができる。弱点があるなら、今の俺でも倒せるはずだ。こいつらに、少しでも借りを返すチャンスだった。
「下がってろレイラ! 乱撃の魔光弾!」
ワイバーンは空中に飛び上がり、俺の光を回避する。俺は眉間の矢をめがけて光の弾幕を張るが、ワイバーンはそれを回避していく。そして、俺達のいる地面をめがけワイバーンは毒液を吐き付けた。俺は咄嗟にそれを回避するため後ろに跳ぶ。
「!! しまった! レオが!!」
そう、俺の隣には気を失って動けないレオがいたのだ。俺がもといた場所では、レイラがレオに多いかぶさるようにして、毒からレオを守ろうとしていた。それなのに俺は自分が助かるためだけに、レオの存在を忘れて後ろに跳んでしまった。このままではレイラが死んでしまうだろう。
それはダメだ。元は俺がレイラを傷つけたことが原因なんだ。何が何でも、レイラもレオも傷つけさせるわけには行かない!
「……光芒の爆槍ァァァァァァァァァッ!!!」
降ってくる毒液に向かって全力の一撃を放つ。直後、力を込めたはずの脚が震えだした。頼む、今だけはレオのような強さを俺にくれ! 俺はガクガクと震える膝を左手で叩き、歯を食いしばり踏ん張った。
どうやら俺の体は、この一撃には耐えてくれたらしい。降りかかってきた毒液は全て跡形も残さず消滅し、俺は地面に膝をついた。悔しいが、もう反動の少ない魔法すらまともに撃てないだろう。
ダメだ。このままじゃ、ワイバーンに勝てない。みんな死んでしまう。
そう思った、直後だった。
ガシャン、ガシャンと金属がぶつかり合う高い音が森中に響く。まるで誰かがたくさんの金属を抱えて歩いているかのような音だった。
音の主を探すために辺りを見回していると、森の中から剣や槍が、次々とワイバーンをめがけて飛んでいく。そしてその次の瞬間、俺に向かって鞘に収まった両刃の剣と、レイラに向かって弓と矢が投げ入れられた。誰がこんなことをしたか、俺にはすぐにわかった。
「ガーゴイル! 生きてたのか!!」
森の中から現れた石の少女は、やはり一言も発さずにピースサインをしてみせた。
「ありがとう! これで私も戦える!」
レイラがそう言い、ワイバーンを狙って弓を引き絞る。俺も続いて剣を鞘から引き抜こうとしたが、何故かガーゴイルに腕をつかまれ、森の中へと引っ張られてしまった。
「お、おいガーゴイル! レイラだけじゃ厳しいだろ、早く戻るぞ!」
無言で首を横に振り、ガーゴイルはレイラの矢を回避しているワイバーンを指差す。レイラは数本の矢を一気に放つことができるようで、ワイバーンは俺達を目に入れる隙を与えられずに回避していた。
「そうか。今のうちに不意打ちするんだな? だがどうやるんだ、俺の武器はこれだし……」
右手に持った剣を掲げてガーゴイルに見せる。するとガーゴイルは、俺に手を差し出すような動作を取った。その行動の意味がわからずに首をかしげていると、怒ったような手つきで俺の左手を掴む。
「なぁ、ガーゴイル? 一体何を…………ッ!!?」
気づいた頃には、俺はガーゴイルに思い切り投げ飛ばされ、空中にいた。その飛ぶ方向には、レイラに対し今正に毒液を吐いたばかりのワイバーンの姿。まだ俺の姿すら認識していないようだ。奴を倒す千載一遇のチャンスだった。
しかし、レイラにあの毒を避けることはできない。あの毒を避ければレオが毒を受けてしまう。薬草である程度回復しているとはいえ、あれだけのダメージを喰らっているのだ。間違いなく助からない。ガーゴイルも、恐らく二人同時に助けるのは不可能だ。
だが、真上から光芒の爆槍を放てば、どちらにせよレイラに直撃してしまう。俺一人では、この状況を全て解決することは不可能だった。俺一人では……
「…………レオぉぉぉぉぉおおおっ!!」
気づけば、俺はレオの名を叫んでいた。こいつなら何とかしてくれる。どれだけボロボロになっていたとしても、レイラのためなら立ち上がってくれると、心のどこかで理解していたのだろう。
「頼むレオ! 光芒の爆槍!!」
真下にめがけ、俺は光を放つ。ワイバーンがその光に気づき、俺を認識すると同時に斬撃を回避するために後ろに飛ぼうと翼をはためかせ始めた。
「……凍て付く防壁!!」
目を開けたレオが作り出した氷壁は俺の光を最初に防いだ時のように、しかし今度は完璧に反射してみせた。俺も本気で放ったわけではなかったとはいえ、大した奴だ。
そしてその光は、後ろに飛んで俺の攻撃を回避しようとしたワイバーンの腹に突き刺さる。痛みに一瞬、ワイバーンの動きが止まった。
「俺達の勝ちだ……! ワイバーン!!」
眉間に刺さったその矢を、振り下ろした俺の剣が切り裂く。同時にあふれ出る魔力が途轍もない風圧を起こし、そして次の瞬間、途轍もない力で爆裂した。
「ぐっ……! うわぁぁああああ!!」
その爆発に、俺は地面をめがけて思い切り吹き飛ぶ。叩き付けられれば、恐らく死んでしまうだろう。しかし、俺の心に恐怖や不安はあまりなかった。
自分が撒いた種とはいえ、最後には人を助けられたんだ。与えられただけの力だが、一人だけの力ではないが、それでも俺はあの二人を助けることができた。それだけで、もう充分だろう。
目を閉じ、死の瞬間を待った俺だが、落下の途中でキャッチされる。途轍もなく堅い物に激突したような痛みがあったが、そのおかげで誰が助けてくれたかすぐに分かった。
「……ありがとうな、ガーゴイル」
普段何を考えているかよく分からないガーゴイルが、ゆっくりと頷いた。




