第二話「初めての決闘へ」
「ねぇレオ知ってる? 空から落ちてきた男の話」
アカデミーへの道を歩きながら、幼馴染のレイラが話しかけてくる。空から落ちてきた男と。
もちろん知ってる。昨日、突然外れにあるアルストル公爵の屋敷に空から何かが落ちてきた話。オレも実際に見たから本当の話だ。ただ胡散臭いのは、たまたま近くを通りかかった竜騎士が言うには落ちていったのは人間の、オレと同じくらいの歳の少年だそうだ。
「あぁ、冥皇んとこの竜騎士にでもやられたのかも知れねぇな。可哀想に」
「違う違う。その落ちてきた男がガーゴイルを倒して、アルストル家の手下として迎え入れられた話よ」
「は?」
なんだそりゃ、あるわけがない。空から落ちてきた男が生きてるってだけならまだ信じられただろうが、ガーゴイルを倒せるなんてありえない。
ガーゴイルってのは貴族なんかが自分の家が襲撃されても大丈夫なように召喚しておく、石のガーディアンだ。魔法が使えない代わりに馬鹿みたいな怪力と防御力を持っていて、並みの人間じゃ数百人束になってもまるで歯がたたない。オレなら多分倒せるだろうが。
そんな強さのガーゴイルが、空から落ちてきたなんて間抜けな登場の仕方をする人間ごときに負けるわけがない。噂話というのはどこまでも広がっていって恐ろしいものだ。
「もしそんな奴がいたら面白いわよね。そいつに強さの秘訣を教えてもらったら、あなたに勝てるかも」
目をキラキラさせながら、首までの金色の髪を風になびかせるレイラ。もしそんな奴がいたとしたら、要領のいいレイラなら本当に一気にオレを追い抜かしてしまうだろう。
「……だったら寂しいな」
「え?」
一瞬だけ強く吹いてくれた風が、オレの声を都合よく遮ってくれる。もっとも、風が吹かなくともレイラに今の言葉を理解することはできないだろうが。
「何でもねぇよ。ほら、さっさと行こうぜ」
銀の鐘が、オレ達があと数分で遅刻してしまう事実を告げる。今日は魔法の力をテストする大事な日、オレ達は成績のために走り出した。
……そういえば、まだ自己紹介をしてなかったな。
オレはレオ。あいつの、好敵手だ。
アカデミーはざわついていた。テストの日はいつも多少はざわついているが、今日は少し異常なほどだ。きっと、空から落ちてきた男の話題で持ちきりなんだろう。いや、もしかすると更に噂が新たな噂を読んでいるのかも知れない。興味がわいてきたので、オレとレイラは聞き耳を立てた。
「なぁオイ知ってるか? 例の転入生」
転入生? 空から落ちてきた男の話題じゃないのか。
「あぁ知ってるぜ。あのガーゴイルを倒したんだろ?」
おいおい、空から降ってきた男=転入生になってしまっていたのか。アカデミーに入るや否や英雄視されて、なんだかそいつが気の毒だな。
「あっあいつだぜ! おーいルーク! 検査は終わったんだろ? 何の魔法が使えるんだー!?」
生徒達が手を振った方向を見る。その先には真っ黒な髪に真っ黒な瞳を持った、人間というより耳が尖っていないダークエルフに見える男が立っていた。
「あぁ。どうやら光属性……らしい。どのくらい凄いのか分からないが」
ひ、光属性!!?
元々ざわついていたアカデミーの中を、更なるどよめきが覆いつくす。光属性と言えば、奇跡の属性とも呼ばれる最強属性の一角だ。使える者はこの世に一人とも言われている伝説の属性。それを使える上にその光属性を、どのくらい凄いのか分からないだって!?
「お、オイ!! いくらなんでもそれはないだろ! 冗談なんだろ!?」
「じょ、冗談では言ってないんだが……分かってもらえないか?」
「当たり前だ!! 光属性だってんなら証拠を見せてくれよ!!」
わかった。生徒の無茶振りにそう言ってあっさり了承すると、ルークとかいう転入生は手のひらを太陽に向ける。すると信じられないことに、ルークの頭上に一つの光り輝く球体が現れた。
間違いなく光属性だ。結構頑張って魔法を勉強してきたが、あの輝きはどんな火属性の使い手でも、どんな雷属性の達人でも発することはできない。あんなに安定した輝きを放つ魔力を生成できるのは、光属性以外に考えられなかった。
「信じられねぇ……なぁ? レイラ?」
ふと隣にいるレイラに話しかけるが、返事はない。光属性のあまりの凄さに放心してしまっているようだ。目の前で手を振ってみるが反応がない。
「おい、ルーク! テストはまだ始まっていない! 安易に魔法を使うな!!」
結局、騒ぎを聞きつけて駆けつけた先生のおかげで生徒たちは落ち着きを取り戻し、無事にテストを行う中庭に集まっていったのだった。
魔法のテスト項目は数種類ある。攻撃魔法の攻撃力、回復魔法の治癒力、身体強化魔法の強化率などだが、今日は攻撃魔法の日。中庭に人数分設置された頑丈な人型の的に攻撃魔法を当て、どれだけ傷を付けられるか試すテストだ。オレとレイラはこの項目でいつもアカデミーのツートップだった。
……そう、今日までは。
「闇穿つ光の魔弾!!」
一瞬、何が起きたのか理解できなかった。ルークがそう呪文を唱えて右手のひらから放った一発の光は途轍もない轟音と共に普通なら傷がつく程度、オレでも砕くのがやっとの的を蒸発させ、そのままオレ達の視界に入っている全ての物を貫通して飛んで行ったのだ。
「で、出鱈目すぎる……何て威力なんだ……!」
このとんでもない事態に、オレ達生徒はおろか教師陣すら一瞬完全に硬直していた。当然だ。こんな強烈な魔法を撃てる人間なんてこの世に居るわけがない。魔法を得意とするエルフなんかを含めたって最強の位にいるのは間違いなかった。
「……まぁ、こんなもんだよな」
しかしその最強のルークはそう呟くと、あっさりとテスト会場を後にした。
「……なんだよ、それ」
こんなもんだよな。あいつが最後に放った言葉がオレに突き刺さる。お前のレベルでこんなもんなら、オレはなんだってんだ。今までの人生で必死に勉強して、レイラの上を行き続けるために努力してきたオレの魔法は、どんなもんなんだよ。
「お、おいレオ……次、お前の番だぞ」
後ろから聞こえる言葉を無視し、辺りを見回してレイラを探す。なぁレイラ、お前はどう思った? 今まで頑張ってきたのに、涼しい顔でその上を行かれて。
どよめいている人ごみの中にレイラの後姿を見つける。何かを探しているようだ。その様子に、オレはさっきの言葉を思い出した。目をキラキラさせながら言っていた、あの言葉を。
『そいつに強さの秘訣を教えてもらったら、あなたに勝てるかも』
……そうか。オレの上を行くチャンスだもんな。
「れ、レオ……? 聞いてるのか?」
「あぁ、悪ぃな。ボーっとしてた」
あいつに負けるわけにはいかない。さっさとこのテストを終わらせて、オレもルークに魔法の秘訣を教えてもらいに行こう。そしてその前に、今出せる力は全部出そう。
「電光雪花!!!」
オレの出せる最強の攻撃魔法は、オレの両隣の的まで粉々に砕き割った。
「おーい、ルーク! オレにも魔法の秘訣を教えてくれよーっ! どこだーっ?」
テストを終え、猛ダッシュでレイラの後を追いかける。今回のテストでオレは二位。とりあえずレイラには勝てたが、ルークから教えられた秘訣を独占なんかされたら次のテストではオレは勝てないだろう。
「おーい! ルーク! レイラー!! どこなんだーっ?」
校舎裏の隅のほうまで探すと、塀の角にしゃがみ込んでいるレイラの後姿を見つけた。ルークの姿は見えないが、とりあえず駆け寄る。
「結構探したぜレイラ! それで、ルークから何か秘訣は聞けたのかよ?」
「………………かった」
「あ? 勝った? いや今回もオレが勝ったはずだけど……おい、どうした?」
オレの方に振り向かず、肩を振るわせるレイラ。何があったかは知らないが、どうやら声を殺して泣いているようだった。
「お、おいレイラ……どうしたんだよ? ルークが強すぎるのがそんなに悔しかったか?」
「ううん……! 違う…………!!」
ぶんぶんと首を横に振る。詳しくは知らないが、多分ルークと何かあったのだ。
「どうしたんだ? 何か嫌味でも言われたのか……?」
「聞いたの……! どうすればそんなになれるか……!! そしたら、こんな力全然大したことないって……! こんな才能だけの力になんの意味もないって……!! 私の今までを否定されたみたいで……!!」
殺しきれない泣き声が、オレの耳から全身を突き刺していく。抑えきれない怒りが、ふつふつと湧き上がっていくのを感じた。
「ちょっと待ってろ……!!」
「あっ……待って!」
レイラの声を振り切って、オレはアルストル公爵邸へ走っていった。
「ルーク!! 出て来い!!!」
公爵邸の正門で、オレはルークを呼ぶ。アルストル家に迎え入れられたって話が本当なら、あいつはきっとここにいる。
「お前は確か……アカデミーにいたな、何か用か?」
少しするとそう言って、屋敷の中からルークが現れる。レイラを傷つけておいて、その自覚は全くないような様子だった。
「あぁ、レイラに謝ってもらいに来た。魔法を教えられないのは別にいい、だがそこまで強くなっておいて意味がないなんて言うんじゃねぇよ。どんなに頑張ったってそうはなれない奴らまで否定すんじゃねぇ。今から来い、謝ってもらうぞ」
「……悪かったと伝えておいてくれ。俺は今忙しい」
流すようなその言い草に、オレは怒りを抑えられそうになかった。
「だったら、オレと勝負しろ! ぶっ飛ばしてやる!!」
「聞こえてなかったのか?」
ルークがオレに向けて右手のひらを向ける。そこから漏れ出す光の粒子は、当たればひとたまりもないだろうとオレに威嚇しているようだった。
「俺は今、忙しいんだ」
ここで引くわけにはいかない。オレはにやりと口角を上げ、笑うように吐き捨てた。
「やってみろよ」と。
「悪いが……少し気絶しててもらうぞ。闇穿つ光の魔弾!」
同時に、オレの眉間を撃ち抜こうとする光の弾丸が飛び出す。しかし、オレも今まで必死に魔法を勉強してきたんだ。おいそれと負けるわけにはいかない。
「凍てつく防壁!!」
オレが作り出した氷の防壁は、ルークの放った光を明後日の方向に反射させた。
「舐めんなよ……? ちょっとばかり強いからって、オレ達を……!」
じりじりと間合いを詰め、オレがルークに殴りかかろうとしたその時だった。
突然塀が内側から破壊され、中から出てきた石化した少女……恐らくこいつがガーゴイルだろう。そいつにオレは飛びつかれ、組み敷かれた。
なんとかして振りほどこうとするが、文字通り石のような堅さと重さを持つガーゴイルの拘束は、どうやっても解くことができなかった。
「クソッ! なんて馬鹿力だよ……!!」
ガーゴイルは顔色一つ変えずに、オレを押さえ込み続ける。そうして少しの間抵抗していると、屋敷の中から一人の男が現れた。来ている服は使用人にしては豪華すぎる、恐らくあいつがドルフレッド・アルストルだ。
「また来客か。昨晩のルークといい、最近は客が多いことだ」
「申し訳ありませんドルフレッド様。どうやら俺が原因のトラブルみたいです」
淡々と事情を説明するルーク。異世界だの神からの才能だの、ところどころ意味の分からない言葉を発してはいたが、少なくともレイラのことに関して嘘はついていなかった。
「……なるほどな。それでルークを謝らせようと屋敷に来たということか」
「そうです! アルストル公爵、オレとそいつの決闘を認めてください!! あんなことを言っておいて、直接謝ろうともしないこいつが気に入らない!!」
公爵は顎に手を当て考えるそぶりを見せる。しかし、その途中に突然ガーゴイルがオレを捕まえている手を離した。
「ま、待てガーゴイル! 私はまだ何も決めて……!」
ガーゴイルは全く表情を動かさずに首を横に振り、オレの手を取り立たせてくれた。どうやらこいつはオレとルークの決闘を認めてくれるらしい。
「……助かるぜ、ありがとう。ガーゴイル」
礼を言ったオレに、ガーゴイルは黙って親指を立てる。結構いい奴なのかも知れない。
「…………仕方ないな。回復魔法を使える者を準備しろ、決闘を認めてやる」
ルークが公爵とガーゴイルに何か抗議しているようだったが、オレの耳にはそんなもの入ってこなかった。
やってやる。オレは絶対、こいつに勝ってみせる。
初めての決闘が、始まろうとしていた。