表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
異世界の好敵手≪ライバル≫へ  作者: 稲荷大明神
序章
2/27

第一話「空から異世界へ」

 「うわぁああああああああああああ!!?」

 

 地上、いや地獄を目指して俺の体は真っ逆さまに落ちていく。視界を覆う青い海と緑の大地が、下から突き上げてくる冷たい風が、俺の背筋を凍らせていく。正直な話、少しでも気を抜くとパンツまで濡らしてしまいそうだった。


 少しかかった薄い雲を突きぬけ、海が視界から姿を消し、大地が徐々に鮮明になっていく。もう落ちるのは時間の問題だった。


 もうダメだ、助からない。死ぬ覚悟を決めた俺がギュッと目を閉じたその時だった。


 重厚で力強く、そして美しい鐘の音が俺の耳を通り抜けた。今まで聞いたこともないようなその綺麗な音に、俺は眼前に迫る死すらも忘れて目を開く。


 街だった。レンガや石でできた建物が立ち並ぶ中世ヨーロッパを思わせる街が、俺の目の前にミニチュアのように広がっていたのだ。


 街を突きぬくようにして流れる澄んだ小川。街の中心にある大きな日時計。そして教会だろうか、輝く銀の鐘を鳴らす大きな建物。きっと俺の人生の中で、これより美しい街は見た事がないだろう。そしてその美しい街を、これまた美しい緑が囲んでいる。


 「綺麗な世界だな……」


 この街を、この自然を、この世界を。脅かそうとする者がいる。この世界のどこかに、必ずいる。そしてそいつに、今もきっとどこかが壊されているに違いない。


 罪とか才能とかどうでもいい、ただ、この世界を守りたい。そう思わせてくれる美しい光景が、生まれたばかりの俺を出迎えてくれたのだった。


 そして、俺の目は急に街を写してくれなくなる。変わりにその目が一瞬捉えたのは、大きな屋敷。さらにその次の瞬間、俺の視界はブラックアウトした。同時に鼓膜を破るような轟音が辺りに響き、強烈な風が何かを壊し、吹き飛ばしていくような音が少しの間聞こえていた。




 「……それで、貴様は余の首を取りに来たのだな? このドルフレッド・アルストルの首を」


 どうやら神様は、俺が落ちても死なないように何かしてくれてたらしい。よくよく考えれば当然だ。俺の戦いは、彼らの尻拭いのためでもあるのだから。


 「ゼルバートの留守を狙ったのであろう? もしや交渉の材料にでもするつもりだったのか?」


 しかし、頭から地面に突き刺さって、どうやらこのドルフレッド様という人の屋敷を一部破壊してしまったらしい。それで俺は今、冥皇の手下なんじゃないかと疑いをかけられている。剣を持った少女の石像が乗った玉座に座っていることから察するに、俺は相当偉い人の家に落ちてきてしまったようだった。


 「……違います! 俺は冥皇を倒すために!!」


 「信じられると思うのか? 我がアルストル家最強の……いや、この国最強の騎士であるゼルバートの留守中に降ってきたのだぞ? 大方、乗ってきた竜にでも捨てられたのだろう?」


 アルストル家、ゼルバート。恐らくこの世界では常識的な単語なんだろうが、ここの常識なんて一つも知らない俺にそんな難解な単語が判るわけがない。ゼルバートという騎士は強いのだろうということくらいしか、俺には理解できず、ただ首をかしげるしかなかった。


 しかし、誤解は晴らさなければならない。このままだと最悪処刑されてしまうだろうし、運よくこの場を逃げたとしても追われる身になるのは確実だ。


 「あなた様の家に落ちてしまったことはお詫びします……しかし、俺には神様から命じられた冥皇を倒すという使命があるのです……どうかお許しください」


 「神から……? 冥皇を倒す……?」


 今度はドルフレッド様が目を丸くし、首をかしげる番だった。どうやら神様は、冥皇を生んでしまった反省からかあまり人間に関わりを持たないらしい。


 「にわかに信じがたいことかも知れませんが、どうか事情をお話しさせてはもらえませんでしょうか?」


 「……よかろう。話だけなら聞いてやらんことはない」


 俺は全てを話した。俺は神様によって別の世界から来たこと、その時に強い魔法の才能を貰ったこと、才能を貰ったと同時にここに落ちてきてしまったこと。とにかく全てを細かく説明した。


 「……なるほど、つまり余の家に落ちてきたのは貴様と神の過失であって、断じて貴様は冥皇の手先ではないと」


 「はい。信じていただけますか?」


 「うむ。信じよう」


 ただし。そう付け加えたドルフレッド様の目は、どこか楽しげだった。そしてドルフレッド様が指を鳴らすと、玉座に乗っていた少女の石像が動き始め、玉座を降りてこちらにゆっくりと歩いてきた。


 「ゼルバートは家を空けることも多くてな。余の護衛はこのガーゴイルがやっているのだよ」


 ガーゴイル。目の前にいる石でできた少女には似つかわしくない名前だと感じる。確かにこの少女は石でできており、その頭からは一対の角が生えてはいるが、もし石像でないならさらさらとしてそうな長い髪の毛と、くりくりとした丸い目を持っていたからだ。


 「確か、この世界でも最強に近い剣の才を持っているのだったな?」


 ドルフレッド様がガーゴイルに顎で指示を飛ばす。すると、ガーゴイルは持っていた両刃の剣を俺に投げ渡した。


 「そのガーゴイルは強くてな、ゼルバート以外には未だかつて負けたことがないのだよ。余が何を言いたいのか……わかるな?」


 「分かりました。このガーゴイルを倒せばいいのですね? ですが、一つお願いがあります。剣を木のものに変えさせてはいただけませんか?」


 これで戦えば、俺が勝った場合ガーゴイルが死んでしまいます。俺がそう頼むと、ドルフレッド様は目を伏せ、そして呟くような、しかし威厳のある声でガーゴイルに命令した。


 「その男を、殺せ」


 その声を聞いた瞬間、ガーゴイルは眉一つ動かさずに跳び、俺に蹴りを喰らわせる。咄嗟に腕をクロスしてガードしたが衝撃を殺しきれず、俺は思い切り背中から壁に叩きつけられた。


 「な、なんてパワーだ……石とはいえ女の子のパワーじゃないだろ……!」


 俺が立ち上がるや否や、今度は俺に掴みかかろうと突進するガーゴイル。横に跳んで身をかわすと、ガーゴイルはそのまま壁に突っ込み、その壁を粉砕した。反撃しなければ、間違いなく殺されるだろう。俺は先ほど投げ込まれた剣を拾い、ガーゴイルの背中に斬りかかる。


 しかし、それでいいのか? 元はといえば俺が悪いのだ。許してもらうために石像とはいえ人を、まして女の子を殺したりしてもいいのか? いいわけがない。俺は振り下ろそうとした剣を止めた。


 しかし、ガーゴイルに攻撃を止める理由はない。振り向きざまに裏拳を放ってきた。俺が身をかがめてそれを回避すると、今度は俺のこめかみをめがけて回し膝蹴りを繰り出す。俺は剣の柄頭でそれをガードし、後ろに跳んで間合いを離した。


 そうだ、柄で攻撃すればガーゴイルを気絶させるなりして無力化できるかもしれない。石像が気絶するかというそもそもの問題はあるが、試してみる価値はありそうだ。


 俺は一気に間合いを詰め、ガーゴイルのこめかみに思い切り剣の柄頭を叩き付けた。しかし、ガーゴイルは気絶するどころか痛がるそぶりすら見せず、俺の腕を掴むと思い切り振り回し、放り投げた。


 「くっ……! 気絶はしないのか……!!」


 俺はすぐに立ち上がり、次の作戦を考える。しかし、気絶もしないガーゴイルを殺さずに勝つ方法は思いつかなかった。それはそうだ。気絶もせず、恐らくは痛みも感じない程屈強なガーゴイルに殺す以外の方法で勝つなんて……


 いや、勝てる。俺は剣を投げ捨て、構えを解いた。


 すかさずガーゴイルはこちらに迫り、拳を思い切り引き絞る。恐らくあんな拳が当たれば、普通の人間ならひとたまりもないだろう。


 俺は少し首をかしげ、その拳を最低限の動きで回避する。ガーゴイルは放った拳をすぐに立て、俺の耳をめがけてまたも裏拳を放つ。俺は腕でそれをガードした。ガーゴイルの蹴りは、直前でその脚を掴んで防ぎ、突進は半身で避け、エルボーは両腕で防ぎきる。


 「ば、馬鹿な……! ガーゴイルの攻撃がまるで通用していない……!!」


 目を見開いているドルフレッド様を尻目に、俺はその後もガーゴイルの攻撃を一発も喰らわずにかわし続けた。


 俺がガーゴイルに勝つ方法は、もう殺すしかない。しかしガーゴイルが負ける方法なら、まだあった。


 そう、ガーゴイルに諦めてもらうことだ。こいつの力では俺に勝てないのだと、ドルフレッド様に分かってもらうことだ。どれだけガーゴイルが剣すら持たない俺に攻撃しても、俺には傷一つ付けることができないのだと。


 そして、ついにその時は来た。


 掴みかかろうとしたガーゴイルを逆に掴んで巴投げで投げ飛ばし、俺は先ほど投げ捨てた剣を素早く拾いガーゴイルに突きつけた。流石のガーゴイルも動きを止め、また眉一つ動かさずに構えを解いた。


 「俺の勝ちで、よろしいですか?」


 「……なぜ、ガーゴイルを殺さない? 貴様ほどの実力者であれば、ガーゴイルをも容易く斬ることができるはずだが」


 そう訪ねるドルフレッド様に、俺は剣を捨て跪いた。


 「元を正せば俺が悪いのに、許してもらうためにガーゴイルとはいえ女の子を殺すことなんてできません。今回はどうかこれで許してください」


 「……では、余と取引しないか?」


 その言葉に、俺は顔を上げる。


 「取引……ですか?」


 「そうだ。貴様、余の臣下にならんか?」


 取引の条件はこうだった。この世界での貴族は強い臣下を傭兵のように冥皇との戦いに送り込むことになっていて、それが活躍すればするほど位を上げることができるらしい。そこで俺がドルフレッド様の臣下となり、命令があった時に冥皇と戦うのであれば、済む所と生活を保障してくれるというものだ。


 「喜んでお仕えします。ドルフレッド様」


 二つ返事で了承する。正直、俺にとってはメリットしかない条件だ。


 「そうか。では……待て、そなた名は何という?」


 聞かれてはっとする。そうだ、俺には名前がない。今までなくてもやっていけたが、これからはそうもいかないだろう。


 「……ありません。覚えていないのです」


 「そうか。では、君主であるこの余がそなたに名を与えよう。そうだな……」


 目を瞑り、顎に親指を当てドルフレッド様が考えていると、突然ガリガリと壁を削る音が聞こえてくる。その音に振り返ると、ガーゴイルが剣を拾い上げ、壁を削って何か文字を書き始めていた。その音はしばらく鳴り響き、その音が止むと、壁にはこう書かれていた。


 「Rook」と。


 「ルーク……余の強き駒ということか、いい名だ。それではルークよ、余の元で存分に働いてもらうぞ」


 俺の名はルーク。これから始まるんだ、俺の物語は。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ