第十七話「私の好敵手≪ライバル≫へ」
「くっ……こいつ、強い……!!」
私達は、想像以上に目の前のアイアンゴーレムに苦戦していた。正直言って、勝てるか分からない。私が撃った風の刃も矢も、ガーゴイルが放つ打撃も、少しだけ体勢を崩せるだけでロクに効いていないように見えてしまう。逆にゴーレムが繰り出す打撃を前に出て受けてくれているガーゴイルはもう脚が言うことを聞かないのか、先ほどからふらふらしていた。
「癒しの光!!」
回復魔法でガーゴイルを回復させるけど、こんな誰にでも使えるような魔法じゃ気休めにしかならない。リリーみたいに強い回復魔法が使えるなら話は違うかも知れない。でも、この程度じゃ回復がダメージに追いつかずにいつか死んでしまう。だからといって回復させずに攻撃ばかりしていても、きっと先に倒れるのはガーゴイルだ。
レオなら、こんな奴倒してくれるのかな……? 私の脳裏をよぎったその敗北宣言は、弓を引く手を止めさせ、代わりに口を動かした。
「癒しの光! 癒しの光! 癒しの光!!」
私の力じゃ、あいつに勝てない。だったら、もうガーゴイルの回復に専念するしかない。私の魔法はリリーほど回復するわけじゃないけど、それでも何回も使えばある程度は追いつく。現にある程度回復したのか、ガーゴイルの動きはさっきより良くなっているように思えた。
すると、思い切り振りかぶったガーゴイルのパンチがアイアンゴーレムの胸元に叩き込まれた。ボコンと聞いたこともないような低い音が響き、アイアンゴーレムの胸元は大きくへこませたみたいだ。
だけど、アイアンゴーレムは大したダメージを受けたそぶりも見せず、そのままガーゴイルの頭に肘をいれうつぶせに倒すと、その辺りに落ちている石でも蹴るかのように思い切り蹴り飛ばした。飛んできたガーゴイルを飛んで受け止ようとすると、その勢いに私まで飛ばされてしまった。
「いってて……」
立ち上がろうと体を起こした私が見たのは、私に向かってゆっくりと歩いてくるアイアンゴーレムの姿だった。ガシャン、ガシャンと重厚な金属の音が通路に響き、私の恐怖を煽る。ガーゴイルでも耐えられないような攻撃を私が受けたら、きっと一撃で死んでしまう。
ふとガーゴイルのほうを見ると、もう立ち上がれないのか腕を立てて必死に体を起こそうとしていた。もう、私がやるしかない。
「…………! 疾風の一矢!!」
私が放った矢で、アイアンゴーレムの体勢が少しだけ崩れる。ならもう一発と矢をつがえようとして、そこで私は知りたくもなかった最悪の事実に気づいてしまった。
今持ってる矢が、最後の一発だ。これでアイアンゴーレムを倒せなかったら、もう私は手も足も出せなくなる。それどころか抵抗することすらできずに、後は殺されるだけになってしまう。
そう考えると、もう怖くて弓を引けなくなってしまった。矢を持つ手が震え、つがえることすらできなくなってしまう。
だけど、容赦なくアイアンゴーレムは迫って来てそして、その腕を振り上げた。殺される!! 私は恐怖に目を瞑り、座り込んでしまった。
でも、いつまで経っても私が死ぬことはなかった。目を開けると、ガーゴイルが両腕でアイアンゴーレムの腕をガードしていた。そしてガーゴイルの蹴りがアイアンゴーレムを少し吹き飛ばすと、ガーゴイルはこちらに振り返り、やれやれといった風に肩を上げる。
「ご、ごめんなさいガーゴイル。癒しの……」
回復させようとした私の口を、ガーゴイルは人差し指で止める。そして今度は、弓を引くようなジェスチャーをしてみせた。
矢を撃て。そう、ガーゴイルは言っている。きっと、炸裂すればワイバーンすらも倒せるあの矢を撃てと、そう私に言っている。
でもそれを撃ったとしてもアイアンゴーレムを倒せるとは限らない。それにあの魔法はかなり魔力を溜めるのに時間がかかってしまう。その間はガーゴイルを回復させられない。もしその間に、ガーゴイルが……
『そういやレイラ。お前、オレの好敵手なんだよな』
その時ふと、頭の中をさっきのレオの声が横切った。今もきっとリリーを守るために戦っている、レオの声が。
『だったらあんなアイアンゴーレム程度、瞬殺して来い!!』
そうだ。私はレオにここを任されたんだ。私の最高の好敵手に、このアイアンゴーレムを倒すことを、任されたんだ。
だったら、答えは一つしかない。私はガーゴイルの目を真っ直ぐ見つめ、そして口を開いた。
「任せなさい! だから、もう少しだけお願い!!」
後ろに飛んで距離を空け、私は魔力を込め弓をつがえる。もう、手は震えていなかった。
目の前ではガーゴイルが必死にパンチを放っている。でももう体力はあまり残されていないみたいで、アイアンゴーレムに簡単に腕を掴まれ、壁に投げつけられてしまう。
それでもガーゴイルは立ち上がり、今度はアイアンゴーレムのすねに飛び込んで倒し、へこんだ胸を殴りつけた。だけど、すぐに頭を掴まれ、今度は地面にたたきつけられる。もう、ガーゴイルは立ち上がれなかった。ゆっくりと、アイアンゴーレムは私に向けて歩きだす。
でも、私はその場から動くことができない。飛んで逃げることもできるけど、そうすればきっとガーゴイルが殺される。私が、やるしかない。
アイアンゴーレムは十分に近づくと、私の頭を掴んだ。そのまま持ち上げ、思い切り握る。このまま、頭を握りつぶすつもりなんだ。
「あっ……ぐぅぅぅぅぅ…………ッッッ!!!」
今まで感じたこともないほどの強烈な痛みと不快感が私の全身を駆け巡る。でも、それでも引き続けた私の弓矢は徐々に光を放ち始めていた。このまま私の頭が潰されるのが先か、矢に魔力が十分に満ちるのが先か。勝負しようじゃない。アイアンゴーレム。
そう思った矢先、アイアンゴーレムの拳が私のみぞおちに思い切りめり込み、私は後ろに吹き飛ばされた。全身から力が抜け、私は弓を離してしまう。必死の思いで矢だけは何とか抱え込み、そのまま背中から地面にたたきつけられた。
消えそうになる意識を何とか繋ぎ止め、ほとんどできないけど無理やり息を吸い込んで肺に空気を入れる。そしてどうにか立ち上がりまた私は、アイアンゴーレムが私にトドメを刺そうと向かってくるのを意に介さず矢に魔力を込め始めた。
そして、ついに矢は光り始める。これで私の勝ちだ。でも、弓がない。さっき殴られたときに落としてしまった。このままじゃ、最後の一撃も撃てずに殺されてしまう。
もうアイアンゴーレムは、あと数歩前に進むだけで私を殺せるところまで来ていた。何とか飛んでアイアンゴーレムを抜け、弓を拾おうとするけどもう羽も言うことを聞いてくれない。もう、どうやっても助からない。
こうなったら、この場で矢を折って爆発させ、私もろともアイアンゴーレムを吹き飛ばすしかない。そうじゃないと、ガーゴイルまで殺される。ごめんね、レオ。もう慰めてあげられない。
そう思って矢を握り締めた、その時。私の前に突然弓が飛んで来る。それと同時に、アイアンゴーレムの動きが止まった。
ガーゴイルだ。ガーゴイルが私に弓を投げ渡し、そしてアイアンゴーレムを後ろから羽交い絞めにしてくれている。チャンスは今しかない。私は最後の力を振り絞り、思いっきり弓を引いた。見てなさい、レオ。一人じゃ絶対勝てなかったけど、それでも私はアイアンゴーレムに勝ってみせるから。
「疾風矢刃!!!」
私が放った矢はゴーレムの胸に刺さると同時に爆裂し、粉々に砕いた。ガーゴイルも余波を受けて吹き飛ばされたけど、すぐに起き上がって私に親指を立てて見せた。
勝った。勝てたんだ。私はほんの少しだけ口元を緩めると、そのまま意識を失った。
後はお願い。レオ。
「テオノルト!!」
ルークに槍を突きつけるテオノルトに、オレは叫んだ。やはりテオノルトも、伯爵に協力していた。大方ゼルバートがルークを連れて行ったのはここの調査で、ルークはテオノルトに捕まったんだろう。七星皇以外に、こいつが捕まるなんてありえないからな。
「……君は確か、あの雨の日の」
覚えていたのか、オレのことを。こんな状況じゃないなら、きっと飛び跳ねて喜んでいただろう。だが、今はそんな場合じゃなかった。
「今すぐエンシェントエルフ達を全員連れて逃げろ! この城はすぐに崩壊するぞ!!」
先ほどから鳴り止まない砲撃音に混じり、瓦礫が落ちるような音が響き始めている。時間がないのは明らかだった。
「もう手は打ってある。ルーク卿の力を借りられなかったのだ。こうする他はなかった」
苦肉の策だったがな。そう言ったテオノルトの声には、諦めのようなものが含まれていた。そしてその直後、下の階から急に、エンシェントエルフ達の苦しむ声が響いてくる。
そして次の瞬間、砲撃の音がやみ、代わりに物凄い数の地響きが聞こえてきた。数十、いや数百の巨大な足跡のような、地響きが。みるみるうちに血の気が引いていくのを感じた。
「強行でゴーレムを三百体ほど起動した! 犠牲はなるべく出したくなかったが、もはやゼルバート達に全面戦争を挑むほかはない!!」
地響きが、再び鳴り始めた大砲の音が、トレイトンの街の、崩れていく音が。この地下牢に響き渡る。戦争が、始まるのだ。