第十三話「金皇の城へ」
「なるほど……このゼルバートを超える力を持つ者が」
イルブルク伯爵邸へと向かう馬車の中で、俺はゼルバート様に全てを話した。リリーをさらった青い髪の男のこと、その男は試合中のゼルバート様よりも強い力を持っていたこと、そしてその男がこの街に居たことを。
「はい……俺はあの男のことを何も知らない、何を考えているのかも、この街のどこかで何をしているのかも……それを考えていたんです。結果としてレオやあなたを侮辱することになってしまい、申し訳ありませんでした」
「うむ、私は気にしないが……私よりも強いものが居るとなると、少しことは厄介になるかも知れないな」
ゼルバート様は俺の謝罪をあっさりと受け入れ、何かを考えるように親指を顎に当て首をかしげる。やはりゼルバート様は、何か事情を知っているようだった。
「あの、ゼルバート様。よければ俺に知っていることを教えていただけますか?」
「む? あぁそうだったな! まだ貴公には何も伝えていなかった! すまないすまない、まずはこれを見てくれ!」
笑いながらゼルバート様が渡してきたのは、先ほど俺が渡したドルフレッド様からの手紙だった。俺はそれを受け取り、やや乱雑に折りたたまれたその手紙を開け中を確認する。それは、こんな内容だった。
『親愛なる海皇ゼルバート卿。我がソルテールでは徐々に気候が温かく変化しているがいかがお過ごしだろうか。此度は養生中にも関わらず、このドルフレッドの招集に応じてくれたことを深く感謝するものである。』
なるほど、確かにあくびが出てくるような堅苦しい文章だ。だが待て、養生中? ゼルバート様は怪我をしているのだろうか。ゼルバート様の方を見ると、まずやってしまったとばかりに自身の額をたたき、次に顎で続きを読めと俺に指示した。
『我が新たな臣下、ルークの噂は耳にしているだろうか。貴公以外の何物にも敗北することがなかったガーゴイルを見事打倒した、空から降ってきた我が臣下だ。彼が果敢にも人さらいに立ち向かい、見事撃退したばかりか情報を一つ掴んだのでそれを記する』
俺が掴んだ情報? 青い髪に黒いマント、そして竜のエンブレム。そういえばドルフレッド様は俺の話を聞いた直後に手紙を書いたのだった。重要な情報を掴めていたということか。
『彼の話によれば、犯人が着用していたマントには竜を模したエンブレムが刻まれてあったのだそうだ。さらわれたエンシェントエルフがトレイトンに運ばれていることからも、この事件には金皇、テオノルト・イルブルクが関与している可能性がある。奴に会うならばくれぐれも用心を』
「……テオノルトは竜騎士として名をはせた七星皇でな。自身が従えている直属の部下には竜を模したエンブレムを与えるのだ。もちろん犯人がテオノルトを陥れるために竜のエンブレムを刻んだ可能性はあるが、用心するに越したことはない。ということだ」
ゼルバート様がそう説明する。なるほど、つまり七星皇がこの事件に何らかの形で関わっている可能性があるということか。確かにただの大規模誘拐事件の調査に世界最強の七星皇を使う理由になる。
しかし、ではあの男は何者なのだろう。男の話を聞いていたとき、ゼルバート様はそこまで驚いていなかった。あの男がテオノルトだとするなら、もう少し反応があってもいいはずだ。つまりあの男は、テオノルト本人ではない。俺達は最悪の場合、七星皇とそれよりも強い男の二人を相手取らなければならないということだろう。
「……とても、信じたくはないのだがな。盟友の裏切りなど……」
少し悲しそうに、ゼルバート様が眉をひそめる。しかし、すぐにその表情は明るいものとなった。
「ま、どちらにせよ答えはこの聖剣が導いてくれるさ!」
俺が不思議そうな顔をすると、ゼルバート様はその理由を説明してくれた。どうやらその剣についたクリスタルには悪の心を視る力があるらしい。悪に反応すると赤い光を発するんだそうだ。
「この聖剣でさっさと奴の無実を証明し、共に奴を陥れようとした者と戦わねば!」
ふと外を見ると、目の前には王が住むような大きな白い城が建っていた。恐らくあれがこのトレイトンの領主である、イルブルク伯爵の城なのだろう。
周りは川から引いてきたのであろう水を引いた堀に囲まれており、入るためには城の方から橋をかけてもらう必要があった。正しく絵に描いたようなその城に、俺達を乗せた馬車は入っていく。しかし、俺達以外の馬車は橋の前で全て止まり、城に入ったのは俺達だけだったようだ。
「あの、ゼルバート様? これは……」
「あれか? 戦いになった時のための部隊だ! 荷台には大量の大砲が詰め込まれてある!!」
「ゼルバート声が大きいです! バレたらどうしてくれるんですか!?」
先ほどまで黙って手綱を握っていた女性の騎士が、ゼルバート様に振り返り激怒した口調でそう言う。その言葉を一切気にしていないのか、ゼルバート様はすまんすまんと明るい声で謝っていた。いくら強いとはいえ、この人をリーダーにして大丈夫なのだろうか。
「もう! いいから黙って、そういうのは私に任せて戦っててください!!」
本当に戦い以外は何もできないんですから! そう言って女性は不機嫌そうにそっぽを向いた。ここまで言って大丈夫なのだろうか。俺がそう心配しているのを察したのか、ゼルバート様は俺の肩をたたいて女性の背中を指差した。
「あぁ、そういえば紹介していなかったな! 我が旅団の実質的なリーダーを任せているロレッタだ。我々が生きてこれたのはみな彼女のおかげでな。私も頭が上がらんのだ!」
紹介されたロレッタさんは悪い気がしなかったのか、こちらに振り返ると軽く一礼する。俺も軽く礼をして返すと、その長い後ろ括りの茶髪を揺らして前に向き直った。
それから少しして馬車は橋を渡り終え、そびえたつ大きな門をくぐる。その先にある美しい緑に囲まれた庭園のようなところで、馬が一声鳴いて馬車が止まる。地面に降りると、そこには一人の屈強そうな騎士が一人、俺達を迎え入れるため立っていた。その手には、黄金に輝く槍が握られている。
「はるばるご足労感謝する。私はテオノルト。金皇、テオノルト・イルブルク」
少し愁いを帯びたような青い瞳を俺達に向けながら、テオノルト様はそう名乗った。銀を基調とし、ふちを彩る金色が映える綺麗な鎧を纏っており、その胸元には竜を模したエンブレム。あの男もしていた、竜のエンブレムが刻まれていた。
「……行くぞ、テオノルト!!」
そう叫び、突然ゼルバート様がテオノルト様の喉元に聖剣の切っ先を当てる。あと数ミリずれていれば死人が出てしまうような行為に、俺とロレッタさんは思わず変な声を上げてしまった。
聖剣が人の悪を見抜くのだとしても、説明不足にもほどがある。最悪の場合このまま私闘が始まってしまうかも知れないと身構える俺達だったが、テオノルト様は特に驚いた様子はないようだった。そして聖剣が、クリスタルから青い輝きを放つ。
「……悪の心はないか。疑って悪かったな! テオノルト!!」
「随分な挨拶だな。相手が私でよかったと思えよ? ゼルバート」
すぐにゼルバート様は説教を食らうため、ロレッタさんによって馬車に引きずり込まれる。そして俺はテオノルト様に案内され、その大きな城へと足を踏み入れたのだった。
「……すまないな、ルーク・アルストル卿。我が主君は今日は多忙のため不在でな。代わりに私が貴公らの相手をすることになっている」
そう言われ、俺は玉座の間に案内された。かつてガーゴイルと戦った、アルストル家の玉座と基本的には変わらないのだが、二つだけ違うところがあった。
一つ目の違いは、玉座の後ろには大きなバルコニーがあることだ。何故そこまで大きいのか疑問に思うほど大きく、見たところこの部屋の広さと変わらないほどのバルコニーが、何故か玉座の真後ろにあるのだ。
もう一つの違いは、この間の隅に何故か仏壇が置いてあることである。一瞬、こんなところに仏壇があるわけがないと自分の目を信じられなかったが、確かにここには仏壇が置いてあるのだ。不思議そうにそれを見ている俺に、テオノルト様は口を開いた。
「東の果てにあるミズホという所では、あぁやって死した者を忘れず悼み続ける文化があるらしいのだ。私にも忘れたくない者があってな、少し無理を言ってここに置かせていただいている」
そう俺に説明してくれたテオノルト様は、どこか悲しそうな表情をしていた。きっと、よほど大切な人を喪ったのだろう。
「……俺も、手を合わせさせていただいても?」
「構わない。きっと彼女も喜ぶだろう」
この世界にはまだ写真の技術はないのだろう。仏壇には代わりに小さな肖像画が置かれていた。美しい青色の外郭に身を包んだ、ワイバーンが描かれた肖像画。テオノルト様は、俺にこのワイバーンの話をしてくれた。
「……彼女はジークリンゼ、ずっと私と共に戦ってくれた竜だ。そして竜ではあったが、私は彼女を愛していた」
テオノルト様は懐かしむように、俺にその竜の話をしてくれた。
ジークリンゼは伝説の聖竜と呼ばれる種族で、彼女に選ばれたことでただの竜騎士だったテオノルト様は七星皇になったんだそうだ。それからずっと、二人は冥皇とその手下を相手に、人々を守るため戦い続けてきた。その戦いの中で、いつしかテオノルト様はジークリンゼを愛するようになったんだそうだ。
しかし、悲劇は起きてしまった。ゼルバート様と二人で冥皇の城に乗り込んだ時、冥皇の従える竜の放った一撃によってジークリンゼは死んでしまったのだ。そしてその死の間際、ジークリンゼは姿を変え人になり、テオノルト様に自身もまたテオノルト様を愛していたことと、そして冥皇の討伐を託した。
「……愚かなことだ。彼女が居なければ、私には何一つ出来ぬというのに」
「……きっと、俺がいつか冥皇を倒してみせます」
ジークリンゼの肖像画に手を合わせながら、俺は冥皇を倒すことを誓う。今まで名も聞いたことのない存在だったが、絶対に倒さなければならないと改めて感じた。
「頼もしいことだ。しかしルーク卿、いくら貴公が強くてもそれは叶わぬことだ。この世界は、少し弱者に優しすぎるのだから」
悲しそうに、呟くそうにそう言った直後、テオノルト様は俺に槍を向けた。
「おい、なんだよこれ……」
さび付いた柵を潜り、穴の中に入ったオレが目にしたのは巨大な地下洞窟だった。そしてそこには、数百、いや数千体ものゴーレムがオレの視界を埋め尽くしていたのだ。オレの身長の三倍ほどもある、ゴーレムが。
これだけの大きさならば、その能力はワイバーンに匹敵するだろう。それがこれだけの数だ、全て起動すれば冗談でもなんでもなく戦争を起こせる。ルークの予感は、確かに当たっていた。
「何者だ? このようなところに」
突然聞こえた声のする方を振り向くと、そこには一人の男が立っていた。清潔感のある豪華な装飾に着飾られたその中年の男は、しかし貴族にしては心労が絶えないといった具合にやつれていた。
「……あんたこそ、こんなところで何を?」
「ゴーレムを見ているのだよ。じきに動き出し、この街を制圧するであろうゴーレムを」
何者かは分らないが、早くこの街から知り合いを連れて逃げた方がいい。そう続けた男の目は、やや光を失っていたが嘘をついている様子ではなかった。恐らく本当にゴーレムはこの街を制圧する。
しかし、逃げろといった言葉にも他意は感じられない。きっと本気でオレ達のことを思っての発言だ。オレは、この男が何者なのか気になった。
「あんた、何者だ? これだけのゴーレムを集めて街を制圧して、何をするつもりなんだ?」
「私か? そうだな。君は私が何者か分らないのだ。名乗るべきだろう」
男はハの時に曲げた眉を動かすことなく、ため息をつくようにその名を名乗った。
「私の名はルベルマン・イルブルク。このトレイトンの領主、イルブルク伯爵と言った方が分りやすかろう」
本当に何が起きているんだ、この街は。
オレ達には想像もできないような大きく、そして恐ろしい計画が始まろうとしていた。