第十一話「すれ違いへ」
「なるほどな、じゃあお前達は狩りと採った木の実で生活してたんだな」
あれから十分ほど経つ。ゼルバート様がレオとの戦いで少し体力を消耗したので、今は休憩中だ。そこで、俺とリリーは頑張ったレオに何か飲み物でもと港の目の前にある市場に来ていた。
「はい、ルベルはすっごく強くて。私の採った木の実なんてルベルの狩って来てくれた動物のお肉に比べれば全然……」
店を探す道中、こうして俺はリリーの弟、ルベルの話を聞いていた。ルベルのことを話すリリーは今までのどの時よりも明るく、本当に弟が好きなんだろうと分かる。
「でも、ルベルは私が採って来た木の実をいつも美味しいって言って食べてくれたんです。本当に優しい子で、私の自慢の弟です」
「そうか。なら絶対助けてやらないとな」
俺がそう言うと、リリーはうつむいて肩を落とした。何かまずいことでも言ってしまったかと思っていると、申し訳無さそうに口を開く。
「……でも、私のせいでみんな傷つくことに……レオさんみたいに」
そういうことか。レオがあれだけボロボロになったのを見て、戦いとはどういうものか少し実感が出てきてしまったらしい。それで、俺達があんなふうに傷つくことが申し訳ないと。
「大丈夫。俺達が自分で選んでここに来たんだ、リリーのせいじゃないよ」
「で、でも……」
「どうしても気になるなら、レオにも同じことを言ってみなよ。きっとあいつもお前のせいだなんて思ってないから」
リリーは肩をすぼめたまま、小さくうなずいた。まだ出会って二日程度しか経っていないんだ。あまり馴染めないのは当然と言えば当然なのだが、それでも中々リリーとの距離を縮められない自分が情けない。前の人生でも友達を作るのが苦手だったのだろうか。
仕方ない。こういうのはレオの方が得意そうだし、早く何か買って戻ろう。そう思って視線をリリーから正面に戻した、その時だ。
視界の先、人ごみに紛れてほとんど見えなかったが、確かにそこにあいつは居た。
青い髪に黒いマント、そして竜を模したエンブレム。間違いない、リリーを連れ去ろうとしたあの男だ。そいつが一瞬、こちらに視線を向けたのだ。
「リリーごめん! ちょっとこっちへ!!」
俺はリリーの手を引っ張り路地のほうへと走っていき、物陰から奴が来ないことを確認する。もう奴の姿は見えず、どうやらとりあえずは大丈夫なようだった。
「ど、どうしたんですか……?」
俺が急に手を取って走ったりしたから驚いているらしい。リリーは少し息を切らしながら俺にそう質問した。俺は事情を説明しようとして、それを思いとどまる。
いつかあの男とは決着を付けるだろう。しかし、今リリーにそれを説明したってどうしようもない。きっと怖がらせるだけだろう。俺はリリーを安心させるために取っていた手を強く握り、いつもより少し大きな声で言い放った。
「リリー! お前は絶対に俺が守る! だから俺から離れないでくれ!!」
言った直後に後悔する。これではまるで告白してしまったようだ。リリーにもそういう意味で聞こえたのか、顔を耳まで赤くしてうつむいている。
「い、いや違うぞリリー! 俺はそういうつもりじゃ……」
「わ、分かってますよっ!!」
慌てて否定に入った俺の言葉を遮り、リリーは言葉を続ける。
「あの人がいたから、私を怖がらせないようにしてくれたんですよね……? ありがとうございます、ルーク様」
初めて名前で呼んでくれたのは嬉しかったが、様がついていることに少し驚く。形式上騎士という役職についているだけで、俺は英雄でもなければ勇者でもない。この世界に来てまだ冥皇の手下を倒すどころか出会ってすらいないんだから間違いなくそうだ。それに、様と呼ばれるのは気分が良くないと言えば嘘になるが、少し窮屈だなと感じたのも事実だった。
「ルークでいいよ。俺だってお前を呼び捨てにしてるわけだし」
「で、でも……」
「俺が呼び捨てにしてほしいんだ。多分それはレオ達も同じ、嫌なら嫌でもいいけどな」
リリーはうぅとうつむきながら小さく呻き、そして僅かに頬を染めながら俺を呼んだ。
「少し恥ずかしいけど……さっきはありがとうございました。ルーク」
少しぎこちなかったが、リリーとの距離が少しだけ縮まった気がした。
そしてその数十分後、戻ってきたゼルバート様との試合のときがやってくる。
周りではリリーが回復魔法の準備をしている横で、レオとレイラが先ほど俺達が買ってきたジュースを飲み、飲めないガーゴイルは不服そうにその辺に生えている木にパンチを繰り出し八つ当たりしていた。全く、リリーがすぐに回復させてくれるのを分かっているとはいえ呑気な奴らだ。
「ドルフレッド様から聞いているぞルーク。貴公、あのガーゴイルに勝ったのだろう! 私以外には未だかつて負けたことのなかったあのガーゴイルを!!」
ゼルバート様は楽しそうに笑い、そして剣の切先をこちらに向けた。
「レオの時に手を抜いていた訳ではないがな……全身全霊を持って行かねば、負けるのは私だろう! 故に!! 全力で行かせて貰うぞ!!!」
直後、ゼルバート様が居たところにミサイルでも飛んできたかのような物凄い爆音が響き渡り、土煙が舞う。一瞬後、先ほどまで十歩ほどの間合いがあったはずのゼルバート様はゼロ距離で、元の世界で言う居合い斬りのような姿勢で突っ込んで来ていた。
俺はその斬撃を思い切り仰け反って回避する。次の瞬間、強烈な衝撃が風となって俺の前髪を切り裂いた。
「避けたのか……ッ!?」
ゼルバート様は振りぬいた剣を逆手に持ち替え、俺の腹をめがけて突き立てるように攻撃する。俺はそれを連続でバク転することで後ろに回避し、すぐに間合いを詰めゼルバート様の眉間に突きを繰り出す。右の腕でガードされたが、確かに俺の剣はゼルバート様の右腕に抉りこんだ。
「何ッ!!?」
「闇穿つ光の魔弾!!」
すぐさま後ろに跳んで間合いを離そうとするゼルバート様に、俺は追撃の光を放つ。雄叫びを上げたゼルバート様はそれを斬り上げで真っ二つに斬り裂き、そして思い切り地面を踏み込んだ。必殺の剣が来る。
「偽聖剣斬!!!」
「光芒の爆槍!!」
高速で回転しながら迫り来るゼルバート様を、俺は今出せる最大火力の魔法で迎え撃った。今までにない爆発的な力が俺の光を数瞬止める。しかし瞬間的に力を出すタイプの魔法だったのか、すぐに俺の光がゼルバート様を飲み込んだ。光が止むと、そこでゼルバート様は膝をついていた。
「せ、聖剣の加護は抑え込んだぞ……!! まだまだ勝負はこれからだ!」
「す、凄い……! あの海皇の攻撃を……!!」
ゼルバート様が息を整え立ち上がり、俺の後ろでレイラが驚いた声でそう言った。ふと振り返ると、ガーゴイル以外の全員が表情を驚きの色に染めている。
……待て。まさか俺は勝っているのか? ゼルバート様に?
「さぁここからだ! 行くぞルーク!!」
呆然と立ち尽くしている俺に、再びゼルバート様が接近してくる。それに気づいた直後には、俺の体は反射的に動き向かってくる攻撃を容易くいなすと、ゼルバート様のみぞおちに木剣の切先を突きたてていた。
「グフッ……!」
……待て。先ほどから意識せずに戦っていたが、今の攻撃は何だ。先日のあの戦いに比べ何て遅い斬撃なんだ。光芒の爆槍を少し止めたあの魔法は強力だったが、しかしよくよく思い出せば俺はゼルバート様の繰り出した攻撃を現状、全て見切っている。
まさか、まさかこの人は……弱いのか!?
いや、そんなわけはない。ゼルバート様は世界最強の七星皇の一人だ。現にレオですら全く歯がたたない程の圧倒的な力を持っている。そもそも、この世に生れ落ちた瞬間から反則を犯しているような俺を相手にまともに戦えているのだ。弱いなんてありえない。
しかし、今のような考え事をしながらでも俺はゼルバート様の斬撃をことごとく回避し、防御できている。これがもし先日のあの男が相手ならこうはいかないだろう。
つまり、リリーを連れ去ろうとしていたあの青髪の男は七星皇よりも強いということになる。何者なんだ、あの男は? 何故エンシェントエルフをさらうんだ? ドルフレッド様とゼルバート様は何か事情を知っているのか?
ダメだ。俺は何も知らない。今こうしている間にも、あの男は裏で何かしているかも知れない。それすらも、今の俺には分からない。こんなことで、ルベルを助けられるのか?
「……ふざけてんじゃねぇぞ!! ルークゥゥゥゥゥゥウウウ!!!」
不意に後ろから聞こえてきた怒号に俺はゼルバート様を蹴り飛ばし、思わず振り返る。そこには、初めて会ったときのように目を血走らせたレオが俺を睨みつけていた。
「てめぇ! 本当は余裕で勝てるんだろォが!! オレかゼルバートに気でも使ってるつもりか!? ふざけんじゃねぇ! 勝てるなら勝て!!」
「……これ以上無駄に足掻いても、彼を傷つけるだけだな。私の負けだ」
ゼルバート様が構えを解き、剣を捨てる。俺は剣を捨てる暇もなく、ただ歯を食いしばって俺を睨んでいるレオの視線に、立ちすくむしかなかった。
「れ、レオ……?」
「何で本気でやんなかったんだよ……好敵手だろ? オレ達は……違うのか? そう思ってたのはオレだけなのか……?」
違う、誤解だ。俺は手を抜いていたわけじゃないんだ。ただ、七星皇よりも強い男がこの街にいるんだ。リリーを狙ったあの男は、物凄く強いんだ。この街で、そいつが何かを起こそうとしているんだ。
「レオ! ちが……」
否定しようとした俺の言葉を、レオの頬を伝っていく涙が遮った。どうしてなんだ、もう言葉が出せない。喉に岩が詰まったように、声帯が震えてくれない。俺は、世界でたった一人の好敵手に惨めな思いをさせ、泣かせてしまったんだ。
「……あぁ、かっこ悪ぃな、オレ……」
レオはそう言って乾いたように笑うと、そのまま走って行ってしまった。
「れ、レオ!!」
「……貴公が行っても、レオの傷は癒えない。貴公と彼が互いに競い合い、高めあう関係だったなら尚更だ。それにすまないが、貴公にはこれから私と来て貰う。これからイルブルク伯爵邸に向かうのだが、どうしても強い護衛が必要だ」
追いかけようとした俺の肩を掴み、ゼルバート様が冷たくそう告げた。俺が行ってもレオの傷は癒えない。俺は、取り返しのつかないことをしてしまったんだ。
「ルーク……」
うなだれる俺に、リリーが気まずそうに話しかける。その顔を見て、俺は感情を爆発させてしまった。
「違うんだ……違うんだリリー!! あの男が、あの男は俺が想像していたよりも遥かに強かったんだ! そいつが、この街で何か企んでいるんだ!! それなのに俺は何も知らない! あいつらが何者なのかも! 何のためにエンシェントエルフをさらっているのかも!! だから、だからッ!!」
言いかけて、俺は言葉を止める。どうして俺はリリーにこんなに強い言葉で話しているんだろう。さっきは怖がらせないように気を使えたのに、少し余裕がなくなっただけでこれだ。レオならきっとこうはならないだろう。俺は、やはり借り物の力であいつに認められただけだ。あいつの好敵手には、ふさわしくない奴なんだ。
「……ごめん、リリー。俺、ちょっとこれから行かなきゃならないからさ。もしよかったらレオに謝っておいてくれるか? それから、別に気を使ったわけじゃないことも」
「……はい。大丈夫ですよ、きっとまた仲直りできますから!」
そう言ってリリーは俺を元気付けるように笑顔を向け、既にレオを追って走っていったレイラの後に続いた。その後、少し遅れて俺の目の前にガーゴイルが現れ、俺の頭をなでてくれた。全く、こんな俺にも気を使えるこいつらは何て優しいんだ。
「……ガーゴイル、頼めるか? レオのこと」
ガーゴイルは黙って俺に親指を立て、その後俺の頬を両手で掴むと、額を俺の額に押し付けた。大丈夫だ、そうガーゴイルが言ってくれたような気がして。そしてそのままガーゴイルはリリーに続いて走っていった。
「……ゼルバート様、すみませんでした。イルブルク邸に向かう道中にでも、弁明させてください」
「うむ! 戻ってきたらレオに謝るのだぞ!」
こうして俺は、ゼルバート様と共にイルブルク伯爵邸に向かった。