第十話「七星皇との戦いへ」
「ここが、トレイトン……」
「どう? 中々綺麗な街でしょ?」
先に船を降り、トレイトンの街を見回すルークにレイラが船の上からそう話しかける。オレもこの街にくるのは初めてだが、石造りの彫刻のような建物が立ち並ぶこの街は確かに綺麗だ。
ウンディーネの住む街、トレイトン。綺麗な海はデートスポットとして知れ渡り、ウンディーネの女性は情熱的な恋を求める傾向にあることから「恋の街」と呼ばれる街だ。もっとも、オレのよく知るタイプのゆっくりとした恋とは違うようだが。
「あら、あなたダークエルフ? 綺麗な黒髪ね」
「でも耳が尖ってないわ。もしかして東の果てにあるミズホからわざわざ会いに来てくれたの?」
船から出るとほぼ同時に、ルークが青い髪のお姉さま方に声をかけられる。そう、特に港の近くなんかはウンディーネの男漁りの場として定着してしまっている。それもこれも、少しでもモテようとした哀れな男達がここに年がら年中訪れるせいだ。
ウンディーネはそのほとんどが美しい女性の種族で、混血児は大抵ウンディーネの純血にしか見えないほど遺伝子が強いとされている。男さえいれば基本的に種族が違おうと全く関係ないのが彼女らだ。
しかし、残念ながらウンディーネは何故か男が極端に生まれにくい。しかし彼女らは恋を求めている。そして全世界のモテない男達も綺麗な女性との恋を求めている。
そう、だったら男はここに来て、ウンディーネに漁ってもらえばいい。ここに両者のウィンウィンの関係が成立してしまっているのだ。正直オレにはその気持ちは全く分からないが、とにかくそのウンディーネに捕まってしまった哀れな犠牲者の一人が、そこに居るルークと言うわけだ。
「えっ……いや、その……」
記憶を失っているとはいえ、きっと前の人生でもこんな経験はなかったんだろう。ルークは今までになく反応に困ったように慌てふためいていた。
「すまないなぁご麗人達よ! この男には私から少し用事があってな。あちらの船に乗っている私の部下にならいくらでも声をかけてくれ!!」
そう言ってゼルバートはオレ達の隣にある船を指差す。どうやらソルテールに帰る騎士達が乗っているようで、あちらも大歓迎なのか船の上から手を振っていた。
「……さて、邪魔の入らんところへ行こうか」
ウンディーネ達が船のほうへ進むと、ゼルバートはオレとルークを引き連れ、どこかへ向かった。
「……ここなら邪魔は入らんだろうな。多少は暴れても問題は無さそうだ」
オレ達を海岸に連れて来ると、ゼルバートは一息つき、オレ達に向き直り口を開いた。
「ルーク、そしてレオよ。これから貴公らには私と木剣試合をしてもらう。先に音をあげるか気絶した者の負け、魔法の使用は可能だ。先に断っておくが、私は聖剣を握っていなければ一つしか魔法が使えない。基本的に剣だけで戦うが、それは決して貴公らを侮辱しているわけではないぞ」
その後も少し説明が続いた。この戦いで相応の実力を見せられないなら、残念だがリリー達を危険にさらすわけにはいかないのでソルテールに撤退してもらう。相応以上の力を見せた場合は、より強い方はゼルバートと行動を共にしなければならないらしい。
「……分かりました。じゃあオレからやらせてもらいますよ」
オレは一歩前に出て、こちらを心配そうに見つめているレイラから木剣を投げ渡してもらう。
「レオ、大丈夫なの?」
「安心しろよ。ルークほどじゃねぇかもだが、オレだって強いんだ」
周りを見ると、レイラだけじゃない。リリーもガーゴイルも、こちらを心配そうに見ている。得にリリーはかなり心配そうだった。リリーからすれば、自分のせいでオレが傷ついていると思っているのかも知れない。これ以上心配させないためにも、とにかく今は実力を見せるしかなかった。
「……では行くぞ! レオ!!」
ゼルバートは木剣を構え、オレに迫ってくる。物凄い迫力だ、その威圧感だけで大抵の者は戦意を失ってしまいそうなほど、凄まじい気迫だった。
だが、オレも負けてはいられない。まだ戦いは始まってすらいないんだ、戦ってもないのに音を上げるようなマネはしない。
「氷柱連撃!!」
オレの後ろに生成された無数の氷塊が、ゼルバートを貫こうと放たれる。しかし、ゼルバートはオレを中心に弧を描くように走りそれを回避しながら、徐々に間合いを詰めて来る。そして一瞬、本当に一瞬ゼルバートが止まったかと思うと視界から消え、次の瞬間オレの眼前に一瞬で現れた。防がなければ、間違いなくやられる。
「くっ……!!」
オレは咄嗟に木剣の刀身を盾のようにし、ゼルバートのなぎ払いを防ぐ。しかし衝撃を殺しきることができずに、オレは軽く吹き飛ばされた。
「よく防いだ! だが……ッ!!」
後ろから来る。何故だか分からないがそう直感したオレは体制をギリギリのところで立て直し、本当に背後からオレの頭をめがけて振り下ろされた剣を、剣を横に寝かせ防いだ。だが流石は七星皇だ。即座に飛んできた右ひざの蹴りをまともに受け、オレは蹲る。その顎に、逆手に持った剣の切り上げが直撃。オレは、今度は仰け反るようにして中を舞い、背中から地面にたたきつけられた。
しかしまだゼルバートの攻撃は終わらない。まだ意識を飛ばしていないオレにトドメを刺そうと、剣を下に突き刺すような構えでオレをめがけて飛び掛ってくる。オレはそれを横に転がって回避し、すぐに起き上がりゼルバートのこめかみに向けて剣を思い切り振り抜くも、ゼルバートは剣から手を離し、両腕でそれを防いだ。
「今のはいい攻撃だったぞ……!!」
直後、ゼルバートの放った回し蹴りがオレの側頭部に突き刺さり、オレは地面に数メートル転がされる。脳が頭蓋骨に激突するような感覚と、強烈な痛みと不快感が全身を駆け巡った。
強すぎる。たった数発受けただけにもかかわらず、オレの体はもう限界を迎えようとしていた。全身の筋肉がピクピクと悲鳴をあげるように痙攣し、視界も既に霞んできている。正しく次元が違うほどの圧倒的な戦力差だ。
だが、まだだ。まだオレは負けていない。歯を食いしばって痛みも不快感も押さえ込み、全身の筋肉を無理やり動かし、立ち上がる。
「まだ、まだだゼルバート……! 凍て付く防壁!!」
オレは自分の周りを囲うように氷の壁をつくり、そして全力の氷柱連撃をゼルバートめがけて叩き込んだ。しかし、ゼルバートは動き回って回避することをせず、その全てをその場で避けつつ剣で叩き落して正面から接近してくる。
「その折れない闘志、見事だ! だからこそ、私……いや、俺も正面から全力で相手しよう!!」
ゼルバートは後ろに飛び退いて距離を開ける。そして腰を落として踏ん張ったかと思うと、途轍もない速度で体を横に回転させながら接近してきた。その圧倒的な速度と回転し続ける剣によってオレの放つ氷塊はことごとく粉々にされ、そして。
「さぁ受けろ我が全力! 偽聖剣斬!!」
オレの張った氷の防壁など何の意味もなかったかのように全て粉砕し、オレの横腹にゼルバートの木剣が抉りこんだ。みしみしと音を立てて肋骨が砕かれ、内臓がズタズタになっていくのが分かる。少しやりすぎとも取れる全力の一撃だったが、オレは最後の力を振り絞り、血と共に吐き捨てた。
「電光雪花……!!」
「な、何ッ!!?」
そう、最初からこれを狙っていたんだ。凍て付く防壁も氷柱連撃も通用しないのは分かっていた。だからこそ、全力で放った氷が砕かれることが分かっていたからこそ、オレはこの一撃にかけたんだ。
直後、心の底から肝が冷えたような表情でガードの体制を取ったゼルバートと、そしてオレ自身にオレの全力は雷鳴を立てて襲い掛かった。
「レオ!!」
オレの体が地面に落ちていくスローモーションの時の中で、レイラがオレを呼ぶ声がする。また心配させちまったな。振り向くと、レイラはやはりスローな動きでオレに何か叫んでいる。ルークも、リリーも、ガーゴイルも。みんなオレを心配してくれていた。
……いや、その視線はオレには向いていない? 視線を追うと、なるほどみんなが何を見ているかすぐに分かった。
ゼルバートだ。ゼルバートがガードの体制を崩さず、それどころか全くのノーダメージと言った具合に立っていたのだ。どうやらオレの全力はほとんど全く効いていなかったらしい。
全く、腹の立つ奴だ。必死になってようやく一撃与えたと思ったら、今度は防御力で絶対的な差を見せ付けてくる。腹立たしいことこの上ない。せめて、もう一発くれてやらないと気が済まない。
だが、残念ながらオレの体はもう動かないだろう。悔しいが完全敗北だ。オレじゃこいつにはまるで歯がたたなかった。全身をふつふつと覆う悔しさに、オレは拳を握り締めた。
……待て、拳を握る力が全く衰えていない。それどころか、いつもよりも強く拳を握っている。
その時、オレは異変に気づいた。さっきからスローモーションで動いているのは周りだけだ。オレはみんなの視線を首で追えるほど着地まで時間があったし、現に今も空中に浮いたままだ。
事情は全く分からないが、もしかすると今のオレなら後一撃、入れられるかもしれない。
オレは空中で体制を立て直し、地面に膝をつく形で着地した。ふと右手を見ると、その周りを電気がバチバチと走っていた。
「行くぞ!! これが最後だァァァァアアアア!!!」
俺は渾身の力を込めゼルバートに接近すると、その顔面を思い切り殴り飛ばした。吹き飛びはしなかったが、その口元から血が滴る。
ざまぁ見やがれ。そう思った直後オレの全身を途轍もない痛みが迸り、オレは意識を手放した。
「レオ! レオぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
「レオさん!? レオさんっ!!!」
レオが倒れ、ゼルバート様との決着が付いたと同時に、レイラとリリーはレオの元へ駆け出して行った。レオは苦しげな表情で、痛みに呻いている。
「ガーゴイル! 薬草をお願い!!」
レイラ達がレオを木陰に運び、そこで治療を図っている中、俺は何ゆえか放心しているゼルバート様に声をかけた。俺には、それが何故か分かる気がしたからだ。
「ゼルバート様、もしやあなたはレオに負けたのでは?」
「……その通りだ。あの時、全力のレオの魔法に勝手に反応した聖剣が私に加護をかけたんだ。レオの全力を、暴走とはいえ卑劣にも聖剣の力で防いでしまった。私の負けだ」
まずは本人に謝罪しなければ。そう言ったゼルバート様と向かった木陰では、レイラがレオを必死に治療しようとしているのを何故かリリーが止めていた。講義しようとするレイラを尻目に、リリーが呪文を唱え始める。
「原初の癒光……」
すると一瞬のうちにレオの傷が癒え、それどころか目を開けたのだ。
「……これがエンシェントエルフの力なのね。ありがとう、リリー」
「何だ……? 全然痛くねぇ。リリーが助けてくれたのか? 助かったよ、ありがとう」
二人に礼を言われ、少し照れたのか肩をすぼめるリリー。それを尻目に、ゼルバート様がレオに跪いた。
「すまなかった! あの魔法……電光雪花に聖剣が勝手に反応してしまった! 本当に申し訳ない!!」
「えっ? あぁ、別にいいですよ。ルークと戦うときに極力気をつけてくれれば」
レオはどこかすっきりとした表情であっさりとそれを許した。きっとあの時のパンチで気がすんだのだろう。
「うむ! 次の戦いこそはフェアに、そして完全に勝ってみせるぞ!!」
なぁ、ルーク? そうレオが呼びかける。俺が近づくと、レオは嬉しそうに語りかけた。
「次はお前の番だぜ! お前の強いところを見せてやれ!!」
全く、好敵手にそう言われたんじゃ、やるしかないじゃないか。俺は自分の拳を掴み、こう返した。
「見てろ! 俺は勝ってやるからな!」