第九話「新たな舞台へ(後編)」
「いやぁ、大変なことになっちまったもんだよな」
食料と水を詰め込んだ大きな馬車の荷台に乗り込みながら、オレはもう中にいるレイラに話しかける。レイラは黄金の装飾が施された緑の弓を拭いたり、弦を手入れしたりしていたが、オレの声を聞き、こちらに向き直った。
「えぇ、まさかアカデミーを休んで戦いに行くなんてね」
「悪いな、お前まで巻き込んじまってさ」
「本当に悪いと思ってる?」
思ってるわけねぇだろ。オレはあっさりとそう返し笑いかける。オレがこいつを置いて勝手に戦いに行くんじゃ、きっとこいつはオレを恨むだろう。オレとレイラは、好敵手なんだからな。
「ん。ならいいわ」
レイラもそう言って笑い返す。ルーク相手に気を使っているわけじゃないが、やっぱりレイラと居ると楽でいい。
「おいルーク! もう十分休んだろ、そろそろ行こうぜ!!」
ソルテールの街を出発して半日。太陽は沈みつつあったがオレ達は一つ目の山を越え、トレイトンに向け順調に進んでいた。この調子なら、月が昇る頃にはこの草原を抜けて二つ目の山のふもとにたどり着いてるはずだ。
あの時アルストル公爵邸からルークは大量の荷物と二台の馬車、そして出発が明日、つまり今日であるという事実を持って戻ってきた。行き先はトレイトン。主にウンディーネが暮らしている海の街だ。
流石に急すぎる話だったが、結局はルークの「この街では何かが起きている。きっと急がないとダメなんだ」という言葉を信じてオレ達はアカデミーを休み、二台ある馬車のうちの一台に二人で乗り込んだわけだ。前方に見えるもう一つの馬車では、リリーがどうにかしてガーゴイルと話そうと筆談を試していた。
「……なぁレイラ? 覚えてるか? テオノルトのこと」
トレイトンはオレの憧れである金皇、テオノルトが仕えているルベルマン・イルブルク伯爵の領地だ。これだけの事件がトレイトンで起きているのだ、恐らくテオノルトも居るだろう。もしかすると、再会できるかも知れない。
「えぇ、覚えてるわ。怖かった記憶で埋もれて顔は思い出せないけど、もし会ったらまたあの時のお礼をしないとね」
「向こうは覚えてくれてないだろうけどな」
口ではそう言いつつ、オレの顔はにきっとやけていたんだろう。オレの隣で手綱を引いているレイラが、オレの顔をみてクスリと笑ったからだ。
「なんだよ」
「いや、小さい頃からテオノルトの話をするときは変わらないなーって」
「うるせぇよっ」
というか、オレってそんなにテオノルトの話をこいつにしてたか? 憧れてるのもバレないようにしていたんだが、今のこいつの顔を見るに、バレバレだったようだ。正直、かなり恥ずかしい。
「そんな恥ずかしがらなくてもいいよ。そりゃあんなふうに助けてもらったんなら憧れるって」
レイラが見透かしたように笑う。恥ずかしいのは当たっているが、助けてもらったから憧れてるわけじゃない。オレのことを分かってくれているようで、やっぱり鈍い奴だ。もっとも、それが分かるくらい鋭い奴ならオレの心はとっくに昇天してるか、地獄に落ちているかのどちらかだろうが。
「……ま、そういうことにしといてやるよ」
「何よ? 私何か的外れなこと言った?」
「別にぃ」
いつもは魔法を競い合ったりして忙しかったから、こんなにゆっくりと話をしたのは久しぶりな気がする。まだモンスターに襲われたりもしていないし、戦いに行くというよりは旅行やピクニックにでも行くようなのどかな気分だった。
そう、のどかな気分、だった。この時までは。
「……ねぇレオ、何かこっちに飛んできてるかも」
オレもたまに間違えるんだが、レイラはエルフではなくシルフという風の妖精だ。開けた場所ならだがオレ達には到底感知できないような僅かな風の揺れなんかも感知できるらしい。そのレイラが、何か嫌な風を感知したようだ。
「何か来たか、まぁ順調すぎたもんな。ここいらでウォーミングアップでも……レイラ?」
言いかけて、レイラの顔が真っ青に染まっているのに気づき言葉を詰まらせる。別にオレと互角にやりあえるとかそういうんじゃないが、レイラも十分に強い。特に魔法に関してはオレと競えるレベルだ。そのレイラが、オレもルークもいるこの状況で青ざめている。
「お、おいレイラ……そんなにやべぇ奴が来てるのか? ドラゴンとかか……?」
「ち、違うと思う……でも結構大きい風が何十個も……!!」
レイラは自分の肩を抱くようにして震え始めた。直接見たわけじゃないがワイバーン相手にもオレ達を守るために果敢に立ち向かえるレイラが、ここまで怯えるレベルの凄まじい何かが、風を揺らして飛んできているのだ。
「ルーク! 何かすげぇのが飛んできてるみたいだ!! 気をつけろ!!」
「あぁ! 逃げられないなら止めて応戦するぞ!!」
向かってくる何かを見ようと、オレは窓を覗き込んだ。少しすると、レイラが感じた大きな風の正体が、けたたましい音を発しながらオレの目に飛び込んでくる。
それは、数十体からなるグリフォンの群れだった。グリフォンってのはたった一体で竜に匹敵する力を持つ個体までいるモンスターだ。それが数十体、恐らく繁殖期なのだろうがその鉤爪で牛やら羊やらの死体を掴みながら飛んできていた。ほぼ間違いなく、オレ達の積んでいる食料とオレ達そのものを狩るつもりだ。
このままじゃ間違いなく食われる。グリフォンは馬の走るスピードよりも遥かに速く空を飛んで来る。このまま逃げ続けても、恐らく逃げ切れない。だからといって応戦したとしても、ルークが居る以上は勝てるだろうが犠牲は覚悟しなければならないだろう。だったら。
「……レイラ、オレが合図したら全員で一斉に馬車から飛び降りるぞ」
「れ、レオ……?」
「あいつらの狙いは食料だ。馬には申し訳ねぇが、囮になってもらおう」
そうだ、全員で助かりたいならもうこれしかない。全てのグリフォンが馬車を追うとは思えないが、それでも助かる確率は大幅に上がるはずだ。まだこの距離なら歩いてソルテールに戻ることもできる。少々悔しいが、ここは全員で助かるべきだろう。
「ルーク! 一斉に馬車から飛び降りるぞ!! このまま戦って、犠牲が出ないとは思えねぇ!!」
「……分かった! タイミングはお前に任せる!!」
「よし行くぞ!! 一、二の……!」
三!! オレがそう叫ぶと同時に、ルーク達が飛び降りる。リリーを抱えたガーゴイルはそのまま背中から地面にたたきつけられたが、あいつは石だ。大丈夫だろう。
オレはレイラに抱えてもらって、空を飛んで脱出した。情けないと思うかもしれないが、あのスピードで走る馬車から飛び降りて綺麗に着地できるルークがおかしいんだ。
そしてオレ達が着地したのを合図に、グリフォン達が物凄い速度で上空を通り過ぎていく。風を切り裂く音が他の全てを遮り、オレ達は何も聞こえない中でこちらに向かってくるグリフォンを見た。一体のグリフォンが、オレ達を食おうと飛んできたのだ。
しかし、幸いにもそのグリフォンはオレ達を無事に食うことができなかった。呪文は掻き消されて聞こえなかったが、恐らくはルークの光芒の爆槍だろう。一条の巨大な光がグリフォンを飲み込み、そして光が消えた頃には、グリフォンは跡形も残さず消滅していた。
相も変わらず、何てデタラメな威力なんだ。電光雪花が直撃したってああはならないだろう。
しかし、まだ終わっていなかった。更に三体のグリフォンが、オレ達を狙って飛来したのだ。きっと光芒の爆槍の光に寄せられてきたのだろう。
「くっ……!」
迎撃しようとオレが構えた、まさにその時だった。
「聖なる切先!!」
この飛来音でさえも掻き消されない大きな声が草原に響き渡り、次の瞬間、三日月形のとんでもない魔力を帯びた衝撃波が、三体のグリフォンを全て消し去ったのだ。直後に飛来音は止み、グリフォン達は馬車を追って行ってくれたようだった。
「大丈夫だったか!? まさかトレイトンへの道中でグリフォンの群れに出くわすとはな!」
「!! あ、あんたはまさか……!!」
オレが振り向いた先には、青いマントをはためかせた銀色の騎士が、馬から飛び降り立っていた。後ろには多くの馬車がこの騎士の指示を待つように止まっており、その左手には、空色のクリスタルが淡い輝きを放っている両刃の剣。間違いない、この人は……
「いかにも! 我が名はゼルバート! 海皇、ゼルバートである!!」
明るく、大きな声が静かな草原に吹き荒れた。
「いや助かったぞ! もし我らの旅団が数分先にあの場に着いていたなら、犠牲者が出ていたかも知れないからな!!」
結局オレ達はあの後、このゼルバートの率いる馬車に乗せてもらい、今はトレイトンへの川を渡るための船にまで乗せてもらっている。
「それにしても一撃でグリフォンを消滅させるとは、ルークとやら! 貴公の力は噂以上ではないか!」
そしてさっきからゼルバートはこのようにずっとオレ達に話しかけ、休憩用に用意していたというジュースやら何やらを振舞ってくれている。流石は七星皇というだけあって俺やリリーでは考えられないような高級品が次々と出されていた。
「え、えぇ……色々と事情がありまして」
そう言うとルークは一瞬はっとしたような顔をして、懐をがさごそし始めた。オレとゼルバートが不思議に思ってみていると、ルークはそこから一通の手紙を取り出し、ゼルバートに渡す。
「そういえばドルフレッド様から、もし会えればこれをと」
「む? ではこの場で読ませてもらおう」
ゼルバートは最初、オレ達に出してくれたチョコレートをつまみながら手紙を読み、時にあくびなんかをしていた。よほどつまらない話が書いてあったのだろう。しかし、読み進めていくにつれその目は剣のように鋭いものへと変わっていく。
「……なるほどな。妄言に過ぎんが、私も部下を持つ身だ。頭の片隅にでも止めておこう」
「ゼルバート様、手紙には何と」
ルークが質問するが、ゼルバートは堅く目を閉じ、首を横に振った。
「悪いが、今教えることはできない。だが気をつけるがいい。ドルフレッド様がたかが人さらいの征伐に、このゼルバートを送り込んだ。それだけの理由が、トレイトンにはある」
先ほどまでの明るいイメージからは考えられないほどの低い声で、ゼルバートは言葉を続けた。
「……ルーク、そしてレオ。もうすぐ港につくが、その後に私と戦え。場合によっては、悪いがリリー、だったか。彼女を連れて戻るんだ。私も部下の半数以上を撤退させよう。彼らと共に戻れ」
ルークの言ったように、やはり何かあるのか。あの街に。
トレイトンの街は、もう目の前に迫っていた。




