プロローグ
気づいたらそこは、宇宙空間だった。
ここに来るまでの記憶はない。とにかく俺は、気づいた頃には真っ黒な空間にぷかぷかと浮いていて、目の前には青白く光り輝く大きな天体……ボコボコとクレーターが空いているそれは恐らく月だろう。後ろを振り向くと、月とは比較にならないほど深い青に彩られた美しい星が広がっていた。
「……その星は、キミの知る故郷ではない」
地球って、俺が思ってた以上に青いんだな。そう口に出す前に、その声は聞こえてきた。四方のどこから聞こえてきたわけでもない。耳鳴りや空耳に近い、頭の中に直接響くような威厳のある、声が。
「あの、あなたは誰なんですか? ここは……?」
声に対して質問を投げかける。普通なら耳か頭でもおかしくなったのかとしか思えないが、目の前に広がる光景はあまりにも異質で、今はこの声に聞くしかなかい。
「キミにも分かる言葉で説明するならば……私は神だ。そしてここは、言うなれば『死後の世界』というモノになるな」
神を名乗る男は淡々と、俺に対しそう告げた。死後の世界と。
「死後の世界……俺は死んだんですか?」
「それ以外の理由で、ここに来るかね?」
どこまでも淡々としている口ぶりに腹が立つ。だが、俺にはこれが夢でも幻でもない。俺は死んだんだという確信が心のどこかにあってしまうのも事実だった。
「……じゃあ俺はこれから閻魔様のところに連れてかれて舌でも抜かれるんですか?」
「本来ならば、な」
本来ならば。含みを持たせた言い方に少しムッとする。こっちはわけも分からずに死んでるんだから、もう少し丁寧な説明が欲しい。
「どういうことですか?」
「キミは本来ならば、これからキミの知るような地獄すらも生ぬるく感じるような場所に連れられ、永遠の苦痛の中で自らの罪を懺悔することになっている」
「……………………」
血の気が引いていくようだった。記憶はないが、俺はそんなに悪いことを生前していたのか。
だったら、その罪を受け入れて地獄に落ちるのが一番なんじゃないのか。本来ならばなんて言わずに俺は地獄に落ちるべきなんじゃないのか。うなだれた俺に、神様は呟くように口を開いた。
「……永遠の懺悔では、罪を償うことはできないぞ」
その言葉にふと顔を上げる。その通りだと思った。その口ぶりから察するに、どうやら俺は特別に罪を償うための何かさせてもらえるらしい。
「つまり、俺はこれから償いのために何かするってことですね?」
「その通りだ。そこで、私が最初に言った言葉を思い出してもらいたい」
最初に言った言葉? 神様は最初、確か俺に……
「確か、この地球は俺の知る地球じゃない。とかなんとか」
「そうだ。ここはキミの住んでいた世界とは少し違う。文明レベルが低い代わりに、そこに住む者たちは魔法を扱うことのできる世界だ。その世界は現在、少々危険な状態にある」
異世界、ということだろうか。何故だかは分からないが、妙にしっくりくる単語だ。
「危険な状態、ですか?」
「あぁ、キミの世界でいう魔王が現れたのだ。奴は無数の軍勢をつれ世界を蹂躙しつつある」
その後小一時間ほど神様の説明を聞いたが、つまりこういうことだった。どうやら俺が生きていた世界とは別の世界が存在し、その世界は人間以外にもエルフみたいな妖精が沢山済んでいて、あまり文明は栄えていないが異種族とも共存できる平和な世界だった。しかし、ある時「冥皇」とかいう悪人が現れ、その平和が崩されてしまったのだ、と。
「つまり、俺にその冥皇を倒して来いってことですか?」
「察しがいいな。そして同時に無理だとも感じただろう?」
当然だ。生前ロクなことをしてこなかった俺みたいな人間が冥皇なんてスケールのデカい奴を倒せるわけがない。そもそも剣も魔法も使えるその世界のエキスパートが敵わないような奴なんかに勝てる理由を探すほうが難しい。俺じゃなくても万に一つも勝ち目はないはずだ。
「……キミは少し自分に自信がなさすぎる。キミはこちらの世界の中では最強に近い剣の才能を持っているのだぞ?」
「えっ?」
何を言ってるんだこの人は。俺に剣の才能? もしかして、生前は人を斬り殺すような行為をしていたのか? だったら、冥皇を倒すなんてばかげたことはさせない方がいいはずだ。いつまたトチ狂って、俺が冥皇になるか分からないじゃないか。
「人殺しだったわけじゃない。ただの、信じられないほどの天才ということだよ」
「俺が……天才? 信じられないほどの?」
それこそ信じられない。
「信じられずとも良い。だが現実に、キミは一万年に一人も居ないであろう奇跡的な天才だ。生前キミが剣を握ったことはなかっただろうが、そうなっていれば間違いなく最強の座を欲しいままにしていただろうな」
「……でも、それだけじゃ冥皇には勝てないんじゃないですか? 最強に近いってことは、俺が天才だと仮定しても向こうに似たような強さの人がいるわけでしょ? その人が冥皇を倒せてないんじゃ……」
別に向こうで戦うことに不満はない。償いなんだから。でも、何もできずに犬死じゃ誰も得しない。いくら俺でも、完全な捨て駒はごめんだった。
「安心しろ。何も一人で冥皇を倒せと言っているわけではない……が、確かに剣だけでは不足かも知れないな。よかろう、キミに魔法の才能を与えてやる」
「いいんですか!?」
異常なまでにあっさりとした神様の発言に思わず目を丸くする。普通ありえないだろう、贅沢なんて何一つ言えない罪人が償いのチャンスばかりか才能までもらえるなんて。それならもっと真面目に生きてきた異世界の人に与えてやるべきじゃないのか。
「こちらの世界の人間には、安易に力を与えてはならないのだ。そうしてしまった結果、冥皇が生まれてしまった。我々の力すら及ばない怪物を生んでしまったのだ」
「……なるほど。つまり俺は、自分の罪を清算するついでにあなた達の尻拭いをすると」
「簡単な話、そうなるな」
状況が見えてきた。要するに冥皇は神様が才能を与えて生んでしまった化け物だから、同じ化け物である俺をぶつけてその暴走を止めようと。なるほど単純だが分かりやすいし、ある程度結果が見込めるやり方だ。
でも、わからないところが一つある。
「何で俺なんですか? 俺が冥皇を倒せたとしても、俺自身が第二の冥皇になる可能性もあるわけじゃないですか」
そう、この作戦で冥皇を超える才能を持った者を生み出してそいつが冥皇を倒したとしても、前の冥皇を超える力を持った冥皇が生まれかねない。
「安心しろ。その可能性はない」
「何故ですか?」
「キミは罪人だが、そこまで傲慢な存在じゃないからだ」
そう言い切った神様の声は本気だった。そこまで言われたのなら、俺もそれに応えなければならないだろう。
「……わかりました。俺、やってみます。勝てるか分からないけど、必ず」
「うむ、それではキミを送り出そう。頑張るんだぞ、新たなる勇者よ!」
神様がそう強く言い放った瞬間、俺は体に物凄い圧力がかかるのを感じた。潰されそうなその圧力に、俺は堅く目を瞑る。
そして次の瞬間、何かに引っ張られるように体が動き出す感覚を覚える。似たような感覚を味わったような気はするが、そんなことよりもこの感覚の正体がなんなのか気になった。目を瞑ったままでは分からない。もっとも、なんとなく察しはつくが。
目を開けた俺はやはり、地球に向かって落下を始めていた。
「行け! 新たなる勇者よ!! その名を英雄として、この世界に刻んでみせよ!!」
「うわぁああああああああああああ!!?」
とんでもないスタートダッシュを切ってしまったが、こうして俺の……いや、俺達の冒険は始まろうとしていた。




