出会いーヤックンの回ー
端正な顔立ちに爽やかな微笑みを浮かべて優雅に歩み寄ってくる美青年の姿。
引き締まった体つきの全てをさらけ出して、男の大事な部分だけは首元に締められた縞柄のネクタイによって隠されている。
当然の如く、周囲の人間達は息を飲んで唖然とし、また女性は恐怖と歓喜の悲鳴を漏らす。
一部の女性陣は、その変態極まる肢体に目もくれずにあまりの美しい顔立ちに恍惚とする者もいるが……
しかし、彼は闊達とした様で悠然と歩みを進める。
彼は自らの信念を変えない男なのだ。
彼は真の兄であり皆からは親しみを込めて《 やっくん》と呼ばれている。
やっくん「ふぅ……今日も爽やかな朝だな……」
風になびく髪をかき分けて太陽を見上げながらやっくんは呟いた。
彼の右手には可愛らしいハート柄の描かれた布で包まれているお弁当箱が収まっている。
真が持ち忘れてしまった昼の弁当を届けに行く途中なのだ。
弟への愛に充ちた長兄としての役割を果たすために家家に干されているパンツを失敬することも無く、ちらちと脇目に収めるだけで至って何事もないようにただひたすらに歩みを進めていた。
彼の進撃を応援するかのように空に輝く太陽が煌々と煌めいていた───
*
「「「ギャァアアーーー!変態だぁーー!」」」
学校内のあちこちで巻き起こる異様な奇声にいち早く気が付いたのは南だった。
南「む。何やら校内が騒がしいですね。」
空「んー?別にいつもと変わらなくないか?そんな事よりも、何かエロチックで過激的に卑猥で醜悪的に侮蔑な面白い事おきねーかなー」
真「あーねー……最近なーんもおもろいこと起きないかんなあ……俺のゴールドフィンガーもどんどん鈍っていっちまうぜ……」
南「貴方の手腕はもっとマシな使い道に活かせば輝きそうですがね……」
真「はぁ?!パンツ盗むこと以外にもっと大切な物事がこの世の中に存在するとでも言うのかっ!?」
南「生きていくのにパンツは必要ないでしょうが……」
真「ばっか野郎っ!!!お前は今!パンツを敵に回したぞ!!!明日からノーパンで生きていけよ!泣け!叫べ!そして死ねぇぇ!!」
南「たかがパンツでそこまで熱くならなくとも……おや、なにやら嬌声が騒がしくなってきましたね。」
教室のすぐ近くから女性達の黄色い声援が飛び交っている。
あまりにけたたましい騒々しさに真が顔をしかめた。
真「うっせぇなぁ……なんなんだよこんな朝っぱらから───」
真が次の句を言うが早いか、教室の扉が豪快に開け放たれた。
そこには警備員2人を引きずりながらも爽快な笑みを浮かべている彼の姿があった。
やっくん「待たせたな……」
*
南「それでー……えっとー……どうしてやっくんが学校に来る事になったのですか?しかもそんな格好で。」
南の問いかけに豪快な高笑いを上げて答えるやっくん。
やっくん「HAHAHAHAHAHA!!!誠のやつが昼の弁当を忘れてしまったみたいでな!愛する弟の為ならばたとえ火の中水の中ってやつさ」
南「確かに学校中があなたのおかげで火の車状態ですけどね……せめて服ぐらい着てきても良かったのでは……」
真「無駄無駄。うちの兄貴は常日頃、たとえどんな状況であろうとも裸にネクタイ1本の姿でいるからな。ばーちゃんの葬式の時なんか大変だったぜ?周りからは悲しいのあまり発狂したと思われちまうしな。あの時みんなが浮かべていた苦笑いと哀愁の眼差しは忘れらんないよ。」
やっくん「ま!そういう事だ!HAHAHAHA!」
南「いや!裸の理由を聞いているんですよ!」
やっくん「裸だと思うから裸に見える。つまり、君が裸を見たがっているから俺が裸でいるように見えてしまうのさ!変態めっ」
南「あなたに言われたくないですね!」
やっくん「まあさ、そんな細かいことは気にするなよ。」
やっくんが小脇に抱えていた弁当箱を真に手渡す。
やっくん「母ちゃんがお前のためを思って作ってくれたんだ。もう忘れたりするなよ。」
真「あぁ……ありがとうな。次からは気をつけるよ。もうスマホで《 自主規制》の動画見ながら学校へ行く準備なんてしない事にする。」
やっくん「うむ。分かればいいのさ。俺も久々に母校に来れて嬉しかったしな!担任だった先生が場を収めてくれなかったら大惨事だったけどな!顔は覚えてなくとも俺の裸姿で気づいてくれたらしい」
南「当時から裸で投稿していたのですね……あなたのその真っ直ぐさには逆に憧れますよ……」
やっくん「HAHAHAHA!俺みたいなイカした男になりたいのなら、まずは服を脱げ!そしてありのままでいろ!君達はそのままで十分素敵なんだからね。」
空「あれ……何かカッコイイなこの人……」
南「頼むから影響されないでくださいね?」
真「兄貴、わざわざありがとうな!」
やっくん「なーに、気にすんなよ。大切な家族だからな。それじゃあな!たらふく食えよ!」
そう言い残してやっくんは身を翻し、お尻を丸出しにしながら教室を去って行った。
彼が通った後には女性達の叫びがいつまでも木霊していた。
空「なかなかに強烈なキャラクターだけど、いい人だよな。やっくん」
真「俺の自慢の兄貴だからな。変態さ加減で言っても人の出来具合で言っても、遠く足元にも及ばない人だよ。」
南「あれで普通に服を着ていたら、女性にもモテそうなのですがね。というか、まず警察に捕まらないのが謎だ。」
その後、3人は席を並べて共に昼食を取った。
太陽の光が差し込む暖かい雰囲気に包まれて、妙に騒がしい同級生達に囲まれながら、兄が送り届けてくれた弁当を食べた真は、いつもよりも楽しそうに笑っていた───