この道をあるくしかない。
口のなかでチョコレートが溶けていく。
目の前では、背中からも喜びが溢れている女の子が、俺のためにコーヒーをいれている。
この空間は、理想なはずだ。運命の相手と、大好きなショコラ。
女の子の目は、キラキラと輝いている。あの時の俺と同じく。まだ、しっかり輝いている。その事に、安堵する。
いつからだろう。彼女の目を見て安堵するのは。いや、安堵することに気がついたのは。彼女の瞳を見ると、俺に「運命」を感じてくれているのがわかる。愛してくれているのがわかる。
じゃぁ、俺の目は輝いているのか?あの時のように、胸が苦しくて、でも楽しくて。そんな気持ちになっているのか?
考えてる時間はなかった。「運命」かもしれないと、やっとつかんだと思ったときには、婚約破棄、解任、転居、再就職と目まぐるしく変わる環境についていくのが精一杯だった。
そして、今となっては考えてはいけない気がする。
部屋を見渡す。自分の好きな暗めのブルーでコーディネートされた室内。所々に、彼女の趣味なのか、白のレースがある。
そういえば、俺の好きな色を伝えたことはあっただろうか。好きな食べ物、苦手なものは自分の口で教えたことがあるだろうか。そして、彼女の趣味を知ろうと思ったことはあっただろうか。
彼女の事は調査書で知っている。お互い調査書の知識しかないはずだ。俺は、そこから知識は増えていない。
俺の事を見てくれる。「運命」といってくれる。俺のために努力してくれる彼女。離れていかない彼女。
彼女と、婚約者何が違うのだろうか。
考えてはいけない。そう、考えてはいけない。
今日初めて取締役とあった。婚約者の友人とは知っていたが、会ったのは初めてだった。彼は上司と笑顔で話していた。そして、俺を見た瞬間、笑顔が消えた。いや、表情が消えた。
『がんばってくれ。嫌になったら言えばいい。いつでも消してやる。』
なにも言えずにいると、側に来て耳元に口を寄せると
『女と離れるなよ。運命なんだろ?』
と呟いた。
そう、運命だ。運命のはずなんだ。
そのために、婚約を破棄し、会社を離れ、日本も離れた。もう、戻るという選択肢はない。もう、戻れない。婚約者に会いに行くことはできないのだ。
彼女が振り向く。入れたてのコーヒーが香る。
「運命」のフィルターを外したとき、俺は彼女を愛せるのだろうか。いや、愛さなくてはならない。ちがう。これは運命なんだ。だから、フィルターをはずす必要はない。
俺は、彼女を、愛している。
口の中のチョコレートは、熱いコーヒーと一緒に喉の奥に流れていった。




