恐谷村1
私は小さい頃から「恐谷村」に住んでいた。
村に生まれた小さな小さな赤ん坊、それが私、花咲 蓮花。
恐谷村は、本当に小さな辺境の村で、地図にも載っていない、寂れた、山のなかにある村。
おかげで、外の世界とは遮断されていたのだと思う。
お殿様も、お侍さんも、生まれてこの方、見たことがない。
それでも、両親に、親戚に、隣人、皆、いい人ばかり、小さいけれど、平和で、平凡で、それはそれは幸せな楽園といってもいい、私の箱庭でした。
だけどーーーーー。
「う、うわあぁぁぁぁ………………!!!」
随分と、村の人は、『外』の人に、厳しかった思う。
ううん………、厳しいというよりは、人間としてみていなかったと言うべきだろうか。
私も、よく男の人の叫び声を聞いていたと思う。
ただ、『外』の人は、食料や魔除けの材料なんかに、随分と役立っていたんだよ。
村の古くからの風習でね、人肉を食べる習慣があったから。
……………え、どうやって捕まえてたのか? えっとね?
まず、尋ねてきた旅人なんかを、それぞれの家に別々に歓迎して、それはそれは飲めや歌えやで、村を挙げて、おもてなしをするの。
それで、沢山のご馳走のなか、山菜のお味噌汁なんかに、眠たくなる薬草も混ぜて、夜、旅人さん達がぐっすりと眠っちゃったら、縄できつく縛って、吊し上げて…………、そこからは豚や鶏なんかを捌く時と同じように捌いていくの。
これは、村の子供達が小さい頃から、皆教わるんだよ?
だから、勿論、私も出来ます。
あ、話しが逸れたけど…………、
脚と手は、それぞれ分けて、付けおきしておきます。
頭は神様のお供え物か魔除けに。
旅人さん達が亡くなられ……、こほんっ、解体した次の日には、村の人皆で集まって、宴を開く。
お鍋で胴体を煮込んで、皆でそれを食べるの。
それが、とってもおいしかった。
今でも覚えてる、あの、牛肉のような食感!
そして、宴が終わったら、皆で相談して、昨日付けおきしておいた、脚や手を分け合って、おみあげとして、皆、自分の家に持って帰る。
それが、私達の「恐谷村」の常識だったの。
*******
「そこで…………、何してるの?」
ある日、森で兎狩り用の罠から、子兎を回収した帰り道、私は山道に座り込んでいたまだ幼い男の子を見つけた。
村の決まりでは、『外』の人間を見つけたら、歓迎しているフリをして、村に迎えないといけないのだけど。
男の子はどうやら、怪我をしているらしかった。
「ぼく……、こほんっ、俺は、その………、道に迷った…、んだよ」
男の子が少し、照れくさそうに言ってくる。
自分が怪我をしてしまったのが、ダサいと思っているのだろうか。
うん。…………まあ、ダサいけど。
「それで、怪我しちゃった、の?」
「うっ………、そ、そうだ」
見ると、膝から真っ赤な鮮血が一筋流れ、地面へと滴り落ちていた。
夕日が、男の子の傷口をキラキラと照らし出す。
まるで、血液が輝いて宝石のように美しい。
そう言えば、もうすぐご飯の時間よね。
「あなた、お肉が柔らかくておいしそう(じゅる)」
ぼそりと独り言を呟く。
「今……、何か言ったか?」
「ううん。 何でもない。けど、手当てしてあげるから、私の村においでよ」
(食べる気まんまん)
「えっ……、ああ」
戸惑いながらも、私の差し出した手を掴んで起き上がる男の子。
思った通り、手も柔らかくて、久しぶりに若々しいお肉が手に入りそうで、嬉しい。
付け合わせには、丁度狩ってきた、この子兎を使うとしましょう。
それと、臭みを取るためには、沢山の山菜が必要よね。
男の子の柔らかい手と私の手を繋いで山道を下る。
「なあ、お前の村って、なんて言う村なんだ?」
「恐谷村っていう名前の村だよ~」
「ふーん」
のんびりと与太話ばかりしながら村まで下りていく。
ちなみに、どうせ偽名を使ってもボロが出たりして疑われてしまうから、村の名前は本当の名前を教えるの。
だけど、その代わり、確実に仕留めないと、村の名前が『外』にまで知られてしまうから、結構危険でもあるんだよ。
「そういえば、まだお前の名前聞いてなかったよな」
「ふぇ? 私の名前? でも、今聞いたって、すぐ使う意味なんて無くなると思うけど」
どうせ村に着いたら、今日のうちにお顔も見れなくなっちゃうんだし。
というか、明日には私のお腹の中でしょ?
「まあ、怪我が治ったら、俺も帰るし、お別れだもんな」
「うん。お別れだもんね」
てくてく、てくてく、山道を下りていく。
「でも、一応、名前を聞きたいな」
意外と面倒くさい性格をしていらっしゃるようで。
そんなに私なんかの名前が聞きたいかね?
「私の名前は、蓮花だよ。一応聞いてあげるけど、あなたは?」
「俺……、は、紬だ。その、この近くの村に住んでる」
「へー、紬ちゃんは、この近くの村に住んでんのか~、恐谷村以外の村って、どんなとこなんだろ?」
「ーーー? 蓮花は、自分の村以外を見たこと…………、って、今、俺のこと、紬ちゃんって」
「言ってない」
「言ったろ」
「蓮花さまとお呼び」
「………………」
これも村の掟なのだけれど、恐谷村の子供は、15歳を過ぎないと、村の外に出るのは、禁止されてるんだよ。
それは何故かっていうとね?
子供だと、この村の秘密を『外』の人に伝えちゃうかもしれないし、お友達とかが出来ちゃって、仲良くなったら、内緒話として、話しちゃうかもしれないからなの。
「それにしても、お前はさ、ぼく……、俺の苗字とか、聞かないのか?」
「ーーー? 聞いて欲しいの?」
「いや……、でも、普通は家柄とか気になるもんだろ」
「むむむ………。普通は知らないけど、私は規格外の女だからね」
「………………」
なんとなく返しがなくて、紬の顔を見ると、ポカンと惚けたような顔をしていた。
「……ぷっ、ホントに、規格外なんだな………、アハハ、アハハ」
「わーはっはっはっはっ」
なんか2人して笑った。
まあ、そんなこんなあって、木と木の間の木漏れ日から降る夕日が眩しくて、もうすぐ日暮れが近づいてきたことが分かった。
暗くなる前に帰らなくっちゃ!
私の小さな歩幅を出来るだけ大きくして、足も早く動かす。
早くしないと、せっかくのお肉が傷んでしまう。
その時だった。
ーーーふいに、紬の手が熱いことに気づいた。
「はぁ………、はぁ…………」
「ふぇっ!? ど、どうしたの?」
さっきまではあんなに元気だったのに、今では、顔はほんのりと赤く、息遣いも荒くなっていた。
目を虚ろに開け、苦しそうに、膝をつく。
「大丈夫? 動ける?」
「あ……、熱い………」
うわごとのように熱いと呟いたまま、目を閉じてしまった。
うわー、長い睫毛が目蓋に影とか作ってて、とっても綺麗、それに、唇を桜色で超きれ………。
って、そんなこと考えてる場合じゃない!
ど、どうしよう!? 子供の感だけど、容態を見る限り、かなりマズい状態なんじゃないかな…………。
それに、このまま森のなかにいて、夜にでもなっちゃたら、大きな猪や狼なんかが出てきて、食べられちゃうよ!
うーん。
私がこの子を残して帰るっていう選択しは、もとよりないとして、なら、私がこの子をおんぶして帰る?
出来るかな? 私だよ? しかも、子兎を抱えた、小さな小さなピチピチの6歳児だよ?
無理くさくね?
けど、だからといって、子兎を置いて行くのも論外だ。
食料は多いほうが良いに越したことはない。
絶対に食料は置いてかない。
もう一度言う。食料は絶対に置いていかない。
私の意地にかけて。
なら、とれる方法は一つ。
「とやっ、それっ、ほやっ」
子兎を縄で縛り、玉を転がすように、数メートルずつ転がして、男の子のほうは私が引きずっていく。
これで、なんとか麓の村まで男の子のこと、連れて行ってあげられるかも。
「ふんしょっ、ふんしょっ、ふんしょっ」
日が少しずつ、しかし、確実に沈んでいく。
汗が身体中を伝う。
体力も足の力もだんだんなくなって、意識も朦朧としてきたて、だんだんと、焦りが滲んでくる。
心が萎んで、泣きそう……。
「はぁ………、はぁ…………」
ううぅ……、だんだんと紬の息遣いが荒くなってきた…………。
負けそうな気持ちになったら、つらそうな紬を見て、そんな情けない心を振り払うように、首に振り、
ただ、無心になって、動かない足を、無理やり動かした。
ふらふらして、なかなか足に力が入らない。
当然だった。
6歳の子供が、もう1時間以上も粘り強く、自分と同じくらいの体重をしている男の子を運び続けているのだ。
心もボロボロになり、山道で泣き喚いていてもおかしくない。
そして、普段なら30分くらいで着く村も、少しずつだと、なかなか進まない。
「はぁ………、はぁ……、やっと……、つい、た」
村の入り口まで来ると、蓮花はそのまま倒れてしまった。
その後、村の人が通りかかり、倒れている2人と一匹を見つけ、
「花咲さん家の蓮花ちゃんに、見知らぬ男の子!? あとなんで子兎がこんなにボロボロで、蓮花ちゃんはその子兎の尻尾をかじってんの!?」
村中が大騒ぎになった。