闘士と男娼が同棲するまで
円卓の士、と呼ばれる者らがいる。
彼らは円卓と揶揄される闘技場で殺し合う、闘士だ。
薄く砂の敷かれた円卓は決して広いものではなく、長物を振り回されれば簡単に弾き出されてしまう。
その先にあるのは、鉄の格子に囲まれた大地。獰猛な人食いの獣が溢れる檻となる。それよりも遥かに外に配置される階段状の壁に、天上人と呼ばれる者らが死合を肴に酒に酔う。中にはひとつ、飛びぬけて大きな玉座があり、他の天上人と変わらぬ見姿ながら王と呼ばれる男が座している。
円卓の士がここに上がり、命を繋ぐ道はふたつ。
勝つか、降伏を相手が認めるか、それだけだ。
だからこそ、歴戦の古傷を寒風に晒すその大男は、目の前で同じ風に身を震わせる小柄な少年に悲哀の目を向けていた。
「降参する気はないかね、テラダくん」
「え、なぜです?」
大男の言葉に、きょとんとした様子でテラダ少年。前髪を左右に分け、残る頭髪は後ろに留めている。そこに覗く齢に相応しいあどけなさの残る顔も、続く笑みには蠱惑的な色香が纏いつく。
相対する大男に比べて華奢な彼は、血の染み付いた薄い長袖のシャツ、その肩に提げたベルトに繋がる鞘から片刃の剣を引き抜いた。
自身を、決して若いと言えなくなったこの大男に名はない。ただ、周りからはこう呼ばれている。
――ボス・ヴェンジェンスと。
大男は肩で留められた襟付きのマントを脱ぎ捨てて、屈強な体を露にする。それはテラダ少年と並ぶことでより顕著となった。腰の左右に提げた鞘から大小の山刀を抜き、傷だらけの顔で少年を睨み付ける。
「君が若いからさ。身に過ぎた野望に心を焼かれても、若ければいつだってやり直せるものだ」
例えその手が血に濡れていようとも。
テラダ少年は目を丸くしていたが、やがて妖しい笑みを浮かべて剣の背に指を這わせた。
「優しいんですね。それに凄く、紳士的だ。女の人にもよく誘われるんじゃあないですか?」
「否定はしないが、誰も彼も心を求めているわけじゃない。だから私は童貞のままだ」
それは事実だった。彼は同じく円卓の士である女に言い寄られることは多いが、それは彼の肉体や円卓の士の中でも上位に値する戦績、その名誉にあてられた者ばかりだった。
若い頃から戦い続けて死に物狂いで技術を高めた彼は女と遊ぶ余裕は無く、この歳になってまで経験がない。それを馬鹿にされることも随分とあったが、この大男は意に介したこともない。
目前の少年もまた、彼の言葉を受けて笑みを浮かべていた。しかしそこに悪意はなく、どこか嬉しそうですらある。
「じゃあ、僕に勝てたら、あなたの望み通りに降参しますよ」
笑みのままに刀を引き上げ構える少年。
ボス・ヴェンジェンスは、それが一番に難しいのだと両の手に持つ山刀をくるりと回す。これは格好を付けた動作ではなく、己が得物の長さや振りの感触を刻み付ける為だ。自身の体調により感じ方は変わる。常に同じとは限らないからこそ、大男は戦いの前に、その感触を身に刻み続けている。
そう、彼は少年に対して、自らと遥かに下回る体躯と年齢の少年を易き敵と見てはいなかった。
少年が円卓の士となってわずかに半年。その期間で上位にある彼らと戦えると見なされているのだ。それは紛れもない実力者。故に、勝利することが出来たとしても、互いに無傷で済ませるとなると難しい。
腕や足を奪われてしまっては、円卓の士としてはもちろん、この円卓から降りても暮らしていくには辛いだろう。
「テラダくん、君は私を殺す気で剣を構えているんだね?」
「当たり前じゃあないですか。そうじゃなきゃあ愉しくないでしょう」
笑みを濃くする少年に、大男の目は大きく開かれた。一分の隙、挙動も見逃さんとする双眸。
再び山刀を回し、交差させる。飛びかからんとするように身を低く前傾姿勢に変じたボス・ヴェンジェンスに対し、テラダ少年は半身の構えで剣を持つ左手を前へ向ける。
懐に飛び込み食らいつくような連撃を得意とする大男と、距離を活かした攻撃と回避を得手とする少年。
姿形だけでなく闘いへ向ける意識すらも対照的な二人。
二人が同時に跳ねたのは、観客席に座す王の言葉により。杯を掲げた男のただひとつの短な言葉を合図に、姿勢の低さをそのままに跳ぶ大男に対し、大きく足を開き跳躍する少年が選んだのは刺突。
大男の遥か外の間合いから繰り出された一撃を、ボス・ヴェンジェンスは山刀の背で受けて逸らし、挟み込む。
圧し折る。
その意志を込めて絡みつく山刀を、優しい笑みの少年はするりとかわす。大男の得意とする打ち込みと違い、刺突はそれだけで威力があるにも関わらず、繰り出した後の動きにも手を加え易い。腕を捻り、真上へと跳ね上げて鋏の如き山刀をあっさりと見切った少年は、笑みをそのままに冷たい光を瞳に宿す。
再度の打ち込みは軽かった。しかし、己が獲物をかわされたボス・ヴェンジェンスはその攻撃に自らの肩を抉られて血を見せる。
突進する巨体を横へとかわして会釈するテラダ少年。ボス・ヴェンジェンスは具合を見て傷の浅さを確認し、痛みを意識の外へと弾く。
難敵だ。紛うことなく、この少年は強かった。
(ひとっとびの間に二撃、それもこちらの行動に合わせて対応を変えるとは。私の対応出来る速度ではないな)
山刀を下ろし、再び回す。大股で少年を中心に円を描くように歩むと、少年は片眉を上げてそれに合わせ、体を開いた。
初撃、次撃。読まねばならない、敵の手を。
左腕を捻り、小さく構えて山刀を少年へ向ける。股を開き腰を落とし、右の腕は頭より高く上げて、左と同じく山刀を少年へ向けた。
まるで威嚇にも見える構え、そして動きを止める大男にその考えを読んだのか、少年は肩を竦めた。
「まあ、それならそれでいいんですけど」
最初の姿勢と違い、反撃、もしくは後の先を選んだ巨傑に対し、少年はあくまで余裕の姿勢を崩さずに歩み寄った。その間に相手が飛び掛ってくるなどという考えは毛頭持ち合わせていないかのような、不用意な歩み。
そこには少年の、大男に対する信頼があったのだ。たったの一合で得たそれは、少年が抱いた紳士的な人物、という印象を損なわない愚直な人間であるという確信。
だからこそ、奇襲という選択肢は無かった。事実、ボス・ヴェンジェンスはそれを行うことなく、テラダ少年が自らの間合いで足を止めるまで、微動だにすらしなかったのだ。
「僕、あなたのこと、けっこう好きですよ」
屈託のない笑顔は、この円卓で浮かべるには不誠実な笑みだった。
思わず顔をしかめたボス・ヴェンジェンスへ、ひとつ飛びでテラダ少年が迫る。先程と違い、片刃を振り上げる姿勢、風の如き動きにすら目を合わせ、ボス・ヴェンジェンスは左の山刀を突き出した。
テラダ少年はそれを自らの剣で叩き、大男の初撃を封じる。軽い一撃であるが、軌道を逸らすには十分。
僅かな隙に身を滑らせ、叩くと同時に軌道を変えた刃が横薙ぎで喉元へ迫る。ボス・ヴェンジェンスは頭上に構えた刃を縦に構え直すことで、その軌道を制した。
腕力に劣るテラダ少年が選ぶ攻撃は、突き以外に致命傷を狙えるものはない。だからこそ、更に自らの力を制限することで返しの刃に力を込め、確実に相手の戦闘能力を奪い続け、勝利する形を選んでいるのだろう。
少年は大男の防御に目を細め、刃と刃を結ぶ。ばちり、と飛ぶ火の花に構うでもなく、刃を滑らせて剣を抜く。否、抜こうとした。
刃が絡んだ瞬間に、突き出した左腕を再び曲げたボス・ヴェンジェンスが、その剣を自らの腕と刀の間に絡め取ったのだ。
みしり、と音をたてて膨張する筋肉。逆手に握り直した山刀を力点に、犬歯を見せて唸る大男が体を捻ると、濁った音を上げて少年の剣が圧し折れた。
まさか、と目を見張る彼の腹部へ放つ回し蹴りは、即座に対応した少年により、折れた刃を受けた。
が、止まらない。
「――うっ……!」
肺を揺さぶる衝撃に息が漏れ出て宙に浮く。膝から崩れ落ちた少年を、巨大な足が蹴り転がして仰向けへと変じた。
酸素を求めて顔を赤くする少年の首元へ交差させた山刀が振り落とされ、鬼の形相のボス・ヴェンジェンスが圧し掛かる。
容赦なく体重をかけて少年の体力を奪う大男に、テラダ少年は笑みを浮かべた。まだ苦しげなその顔に余裕はなく、ただ顔を赤くして諦めたように笑う。
「降参、は、まだ、認めてくれ、ますか?」
「当然だ」
途切れ途切れの言葉に、ボス・ヴェンジェンスは答える。
その言葉に少年は、唯一自由であった右手を掲げた。拳を握り、それから親指と人差し指を天へと向けた少年に、王たる男は死合の終了を告げる。
観客席から上がる不服そうな拍手と声をその背に浴びて、ようやく大男は少年の上から身を退けた。上体を起こして咳き込む少年を抱き起こして、ボス・ヴェンジェンスは出口へと向かう。観客席から伸びる格子に囲まれた通路が、彼らを円卓の外へと連れ出してくれるのだ。
「ありがとうございました、ボス・ヴェンジェンス。また会いましょう」
テラダ少年の言葉に大男は一度だけ、足を止めた。しかし振り返ることもなければその言葉に応えることもなく、その巨影を通路の奥、闇の中へと溶け込ませたのだった。
◇ ◇ ◆ ◇ ◇
「お帰りなさい、ボス・ヴェンジェンス」
彼が自らの塒へ戻ったのは、先の死合から何時間と過ぎてからだった。円卓の士に充てられた練習場で自らの怪我の治療を行い、しばしの鍛錬を行っていたのだ。
戦いの後でもあって僅かな時間であるが、その後は天上人らに誉れとも思わぬ武勲の話を鎖に繋がれたまま喋り、見世物としての時間を過ごす。これが大男にとっては一番の苦痛だったであろう。
だからこそ、水を浴びることもなく寝ることを選択したボス・ヴェンジェンスが自らの塒で自分の帰りを待ち侘びていたテラダ少年を見た時は、ただ驚きに口を開くしかなかった。
少年はそのに目を丸くしたが、やがて口元を手で隠しながらくつくつと笑う。
「そんな顔もするんですね、可愛いですよ」
「…………、なぜここに居るのだね?」
肩留めを外し、襟付きのマントを脱いだ大男の左肩は包帯で巻かれている。
その元凶たるテラダ少年は気にするでもなく、円卓の士を今日の死合を最後に降りたことをボス・ヴェンジェンスに告げた。
「そうか、それは良いことだ」
「本当にそう思っているんですか?」
「私は求道者ではないからね。強者がいなければその分、生き残り易くなる」
大男は自らの問いに答えない少年に気を悪くするでもなく、逆に少年の質問に答えもした。
しかしそこまでの興味もないのか、寝床と衣服を置く程度しか空間のない部屋で大男は少年を寝床から退けてそのまま横たわる。
テラダ少年は豪気とも寛容とも取れぬ様子に嘆息し、自らも血で汚れたシャツを脱いで、大きな体に身を寄せた。
汗の浮かぶ体に細い白腕を絡ませて、その巨体の熱をじっくりと感じ入る。それに対しても微動だにしない大男へ、テラダ少年はその耳元へ顔を寄せた。
「ボス、僕はね、〝親殺し〟なんだ」
といっても、血の繋がりはなかったが。答えぬ体に気を良くした笑みを浮かべ、テラダ少年は体をすり寄せる。
聞いている様子もないそれに淡々と語る少年の身の上話。
どこでも聞くような、と前置きする少年の言葉によれば身寄りのない少年を預かったのは、男娼館を経営する男だった。
幼い頃から容姿に優れていた少年は他の少年らと同じくその身を売ることになる。だがそれを少年は悲観したことはなく、自らの性に合う天職だとすら考えていたようだ。
とは言え、物事には適切な時期というものがある。自らの美を認めていても、それは僅かな間に過ぎない。
生き残るために次の仕事を考えていたテラダ少年。そんな折、少年に言い寄ってきたのは彼に入れ込み熱を上げていた円卓の士だった。
テラダ少年は士を利用し、技を習い、その武器をもって士と男娼館の男を、自らを養ってきた男を斬殺した。
親殺しとして投獄された彼は刑罰として、円卓の士として生きることを選び、殺し合いの道に身を投じたのだ。
その才覚を露にし、あっという間に刑罰として課せられた勝利数を達成して自由になる権利を得た少年は、それでもなお戦い続けていたのだ。
「僕はね、この世界になんの未練もないんだ。ただ生死を賭けた戦いの場では、なんだか世界が輝いて見えたんだ。
薄暗い娼館で男たちの相手をしていた時と違う、なんだろう、未来が見えたんだよ」
恍惚として、テラダ少年。
そこでボス・ヴェンジェンスは口を開いた。そんなものは未来などではなく、ただ死に取り付かれているだけだと。
そうかもしれない。
その言葉を静かに肯定して、大きな体に回した腕に力を込めた。
「あなたは、どうして円卓の士に? あんな場所で、僕を助けようと躍起になっていたのに」
「…………、忘れてしまったよ、そんな昔のことは」
「そっか。じゃあ僕も、いつかはこんなこと忘れちゃうのかなぁ」
忘れるだろうか、こんな素敵なことを。
人の血を見ることに刺激を見出だしたテラダ少年を、ボス・ヴェンジェンスは抱き寄せた。
目を丸くする少年へ、大男は厳めしい面を険しいまま、明日には出て行くように告げる。目を背ける仕種にこれが照れた様子なのかとテラダ少年は猫のような目に妖しく笑う。
人の温もりなど、色欲にまみれさせた場所で育つ少年には無用だろうと、ボス・ヴェンジェンスは考えた。しかし、それでも抱き締めたのは、人としての性だろうか。
「ねえ、知ってる? 円卓の士には階級がないって。底辺の底辺で、拒否権すらないんだって」
「勿論さ。だからこの時間まで、見世物にされていた」
「じゃあさ、僕が円卓の士を止めた以上、階級があるのは分かるよね?」
テラダ少年の言葉に、はっとして視線を向けたボス・ヴェンジェンス。
テラダ少年は、死合前に見せた蠱惑的な笑みと色香を漂わせて、倍以上も齢の離れた男に愛を囁いた。
とにかくアクションシーンが書きたくて書き上げました。
肝心のアクションについては短編ということもあり、他の部分も書き上げようと躍起になったせいで一瞬の打ち合いで終わることとなったのが悔やまれます。
前後編にしてもよかったかなと、後々考えたり。
ボス・ヴェンジェンスとテラダ少年のお話は、またどこかで書いてみたいですね。
テラダ少年については他のキャラクターの特性を引き継いでもらったので、掘り下げられないのが残念でした。
ご読了、ありがとうございました。




