どうしてこうなった?
唐突にもほどがある。
俺は今置かれている現状に、どうしてこうなった?と思うばかりだ。
爺さんのとんでもないお願いを無理矢理聞き入れる事になり、スクールストリートの中央通りに早朝からいる。
早起きが苦手な俺はデカイ欠伸を連発しながらも、シャッターが閉まった貸店舗の前に立っている。これが爺さんに頼まれたお願いの正体だ。
あの喫茶店への呼び出しの時に押し付けられたお願いだ。突然に「ワシ隠居するから後は頼む!じゃーのっ!」なんてふざけた言い方をして手紙を押し付けて逃げるように去っていったのを思い出すと、込み上げてくるのは怒りではなく呆れだったりする。
ぶっちゃけ爺さんのいい加減な性格は嫌という程、経験してきたのもあって悪い意味で耐性が付いている。
俺は、いつもの気まぐれから来るもののだろうと思ったが流石に今回もの気まぐれはスケールがデカイのなんの。
「いやいや、店の経営をしろなんて聞いてないんですけど?」
手紙に書かれた内容は「店の経営よろしく!」たったこれだけしか書かれておらず、ただその手紙を握り潰して眺めるだけしか出来なかった。
とりあえず、状況を飲み込むに飲み込めない俺は、爺さんに電話をする。電話が繋がり文句のひとつでも言ってやろうとするが、早口で説明され反論することすら出来なかった。
流石くそじじい、言いたいことを言うだけ言って電話を切りやがった。さすがの俺も話を適当に終わらせた事にはムカついたので再度電話をかけたが、電源を落としたのか聞きなれた音声が流れたので、思わずfuck!と悪態をついてしまった。
悪態をついただけで溜飲が下がればいいのだが、如何せん丸投げされた店の経営とかいう右も左も分からないことに頭を悩ませるだけで、じじいへのヘイトは貯まるばかりな訳だ。
だからといって、この丸投げされた経営を見て見ぬ振りするのも負けた気がするから俺は渋々とシャッターを開ける。
ガラガラと音をたてて駆け登るとガシャンと良い音がする。そして正面に見えるのは、ただのガレージとしか思えないほど殺風景だった。
「ちょっと待て。これで何を経営しろってんだよ?」
自動ドアらしきドアの鍵を開け中にはいるとカウンターと思われるテーブル以外は何も無かった。ほぼゼロに近い状態の店舗で何をしろと?
申し訳程度に備えられた丸椅子に腰をおろし項垂れるとカウンターの後ろに小さな金庫と手紙が添えられていた。無人の店舗に金庫を放置と馬鹿げてると思いながら手紙を手に取り開いて目を通す。
手紙の内容はまとめるとこんな感じだ。
金庫の中に金が入ってるから俺の思うがままの店の経営をしてみろ。
本当に丸投げすぎて笑えねえ。
あまりの酷い手紙の内容に項垂れそうになるが気を持ち直して金庫の鍵を開ける。そこには手にしたことのない金額が入った貯金通帳があった。
「おいおい、1千万は余裕であるじゃねえか。」
開店資金というやつだろう。この資金さえあれば確かに殺風景な店舗を店らしく出来る。それだけで希望は見えてきた。
「店の経営をしろと言われても何をやればいいのやら」
カウンターテーブルしかないこの店舗でやれそうな事を考えていく。
もうバーとかやっちゃえばいいんじゃね?と思ったが、考えてみたらスクールストリートのメインストリートに店を構えるんだがら学生向けの店にしないと不味いことに気づいた。
「となるとやれる事は限られてるのか」
学生向けにやれそうな物を一つ一つあげていく。
喫茶店。これはありだが、リバーサイドに勝てる気がしない。そうなると飲食店。これは、保健所の関連がめんどくさいのと、この通りは飲食店が多いから競走に勝てる自信がないのもあるが、1番の理由は料理が得意ではないこともあって却下。
「んー。こうなるとあれしかないかなぁ」
殺風景なの以外は綺麗に掃除されている店舗の天井を見て1つだけ何とかなりそうな可能性があるものをあげる。
「購買…みたいな店」
携帯端末片手に色々と調べてみたが、学苑内には購買はなく、スクールストリートにある店は学生には少しばかり値が張るような店が多いみたいで、学生をターゲットにしている店は少数のようだ。そうなると購買みたいな店があれば、学生中心に集客が望める気がする。
取り敢えず購買をやるなら何を揃えるべきかを調べることにし端末と向き合うが、ものの数分で天井を見上げる。
「だーめだ。どこの学校もシークレットになってやがる」
魔法が発達してからなのか、各魔法専門学校は自分たちの生み出した技術などを奪われたくないがためか、閉鎖的になっている傾向にある。
酷い学校だと他校の生徒との接触を禁止しているのもある。正直バカじゃないの?と思うのだが、学校経営が悪くなることに恐れているらしい。
本当にあたまの悪い大人達だなと呆れるくらいだ。
まぁ、うちの学苑が圧倒的すぎるからかも知れないが。
「ネットがダメなら人を使うしかないな」
あては1人いるから何とかなりそうだが、本人が快く引き受けてくれるかだけだ。
翌日。陽が登り少しだけ暖かくなってきた時間。近所の公園で待ち人が来るのを待っていた。
数羽のハトと一緒にパンの耳を食しながら待つ風景はシュールだと思うが、これといって時間を潰すような物をもってないだけで。普段なら五分前行動の待ち人がまだ来てない。珍しく遅刻しているのもあって待ちぼうけしている。
煙草を吸って気長に待とうと思ったが残念なことに、携帯灰皿を忘れたことに気づき諦める。そして待ちぼうけすること10分。ようやく待ち人がやってくやってきた。
「すまない先輩遅くなってしまった」
「おう、10分ほど鳩と戯れた」
息を切らしやって来たの後輩は、春らしく白のブラウスに空色のフレアスカート、桜色のカーディガンを羽織った出で立ちで俺の前に現れた。顔は走ってきたのか、うっすらと上気していて少し色気を感じる。いつもは、纏めている長い髪も今日はそれもせず、髪をおろした状態で新鮮さを感じた。そんな後輩は、俺の受け答えにクスクスと笑っている。
「何で笑ってるんだよ?」
「すまない。あの自分以外に厳しくて畜生な先輩が鳩とお友達になっているのを見て、ふふっ…とてもおかしくてね」
相変わらず思った事を包み隠さず話す後輩。そういうお前も畜生だろと思うが口にすると面倒なことになるので出かけた言葉を飲み込む。
「今日の要件は何だい?」
「一之瀬、お前購買って知ってるか?」
「勿論。ウチの学苑にはなかったけど」
やはり、うちの学苑には購買部は無いようだ。後輩の一之瀬紗綾は俺が持つパンの耳を1つ取ると1口齧って残りを小さく千切ってばら撒き鳩に食べさせる。
鳩の食事を見て優しい表情を浮かべるその姿に見とれてしまう。
「で、その購買がどうかしたのかい?」
「ちょっとワケありで購買というか、店を経営することになったんよ」
鳩と戯れることをやめた一之瀬に購買を始める旨を伝えると何故か一瞬かたまる。そんな意外だったか?
「また唐突だね。それで?私はどうすれば?」
「この話に乗ってくれるのは有難い」
普段なら塩対応をする一之瀬だが、機嫌がいいのか俺の話に興味を示したようだ。
「ちょっとばかり他校の購買を調べて欲しいんよ」
「いいよ。まかせて」
ん?やけに素直だな。いつもなら文句のひとつふたつ言ってくるのに。
「その代わり今度遊びに連れて行って貰えないかい?もちろん先輩の奢りで」
おや?普段から凛々しい一之瀬が、やたら笑顔を振りまいてるぞ?何か裏でもあるのか?あまり深読みは良くないとは思うが勘ぐってしまう。
この一之瀬紗綾だが、ドライ、塩対応、仮面の女帝などと当時は呼ばれていて俺もかなり辛辣な言葉を浴びせられた覚えがある。その度に俺は苦悶な表情を浮かべていた。その一之瀬が何故ここまで、良い女になったのかが分からない。
環境の変化がそうしたのか、俺がいなくなってから心境の変化が起きたのか、それは本人のみぞ知る訳で。
「先輩、どうしたんだい?」
「一之瀬、大学は楽しいか?」
今首を傾げて俺を見る彼女が変わった理由は大学にあると思い、何気に聞いてみる。返ってきたのは彼女の笑顔だった。