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少年ノイと訪問者プロイ

 僕は高床式の木造住居の下でのんびりと本を読んでいた。

 この蒸し暑い熱帯雨林地域は、雨季になると洪水があることは珍しくない。この床は地上二メートル程上にあり、僕が覚えている限りは、外に出られないことを除いてではあるが、洪水で困ったことはなかった。大洪水になりそうな天候が続くと、近所の人達が避難しにきたことも何度かあった。

 そんな高床は、どんな時でも日陰を作っていた。風通しもいい。一年を通して暑いこの地域には適した建物だった。日中の日差しを遮ってくれているここは、読書をするにも昼寝をするにも快適だ。今のような乾季にはここが一番気持ちがいい。

 僕は本の最後のページをめくると、溜め息をついて本を閉じた。この本を読み終えたのは三回。今は四回目だ。それでもまだ本の内容が頭の中にとどまらない。必要だということはわかっていたが、現実味を感じていなかったのが一番の理由であるのだが、僕にはそれすらどうでもよかった。そう。どうでもいいことだった。

「いつか必要になるから読んでおけ」

 今は亡き父親によく言われたが、今でもその意味がわからない。必要にならない方がいいことも少なくないと思う。

「知っていることは、多ければ多いほどいいのよ」

 今は亡き母親によく言われたことを思い出す。あの頃は小言が嫌で仕方がなかったが、今となっては懐かしい気もする。けれども、僕は今でもそうは思わない。

 僕は机の上に置いてあったカップを手に取ると、なかなか冷めないお茶を一口飲んだ。日に照らされた暑い日差しが見える。乾いた土が赤く照り返している。その照り返しの向こうから笑い声が聞こえた。聞き覚えのある声。向かいに住んでいる幼馴染の声だ。

「もう午後もいい時間、か」

 僕と同い年の幼馴染は高校に進学していた。自分は進学を許されなかった。両親が早く逝去したおかげで、僕がその使命を引き継がなければならず、自分の意志を主張する機会もなかった。冒険者組合が定める規定のせいだ。腹立たしい。

 また大きな溜め息をつくと、今閉じたばかりの本を開く。まだ幼馴染の笑い声が聞こえる。


「あのぉ、こんにちは」

 背後からの、突然の声に僕は驚いた。幼少期から父親に叩き込まれた武術の心得はそれなりにあったはずだ。

 気配を読ませず、足音もなく近寄ってきた聞き覚えのない少女の声に、僕は平静を装う。

「えっと、こんにちは」

 僕はそう返すのがせいぜいだった。表情はとまどっていたが、顔を見られていないのが救いだ。動揺した表情は、相手をつけあがらせることを僕は知っている。

「こちら、ノイさんのお家ですか?」

 僕は更に動揺した。見知らぬ声が僕を誰だか、何者かを特定していることに動揺した。見知らぬ人から名前を呼ばれていいことはなかった。

「聞いたことない名前です。他をあたってください」

 動揺していない声を出すのが精一杯だった。

「あら、そうですか」

 少女の声は落ち着いていた。

「それじゃ、あなたがノイさんですね。はじめまして」

 その声は冷静だった。僕は知らぬふりを通すことをあきらめ、大きく息を吐き、呼吸と表情を整えて背後を見た。

 そこには、大きなリュックを背負った少女がいた。年の頃は同じだろうか。まだあどけなさが残る表情は可愛く笑っていた。肩甲骨まで届く長い髪は黒く、肌は白く日焼けしていない。どこかで見たことがある派手な原色を彩った服装からすると、北の山の出身だろうか。しかしかぶっている帽子は傘のようだ。確か東の海に面した国の名産だったはずだが、あの地域の人の肌は浅黒かったはずだ。

「はじめまして。どなたですか?」

 僕は警戒しながら、少女に対して言葉を返した。

「プロイです。ノイさんのことを聞いて、北の山から来ました」

 思った通り、北の出身のようだ。傘の帽子は誰かからの土産だろうか。

「僕のことって、どんなことですか?」

 僕は警戒心を強めてプロイと名乗った少女を観察する。プロイの背中のリュックの横に魔術師がよく使う木の杖がくくられていた。

(冒険者が何の用だろう)

 僕も冒険者だ。両親が冒険者であり、父親が勇者だったことで、自分の意志とは関係なく、生まれながらの勇者だった。今までも、僕のところに冒険者が訪ねてくることが何回かあった。

 うだつのあがらない冒険者が、称号を継承したばかりの幼い冒険者と腕比べをして、自分の名前に箔をつけたいと考えることはよくあることらしい。それでも、うだつの上がらない冒険者の腕は、代々伝わる術を身に付けた称号継承冒険者を上回ることはない。

 僕も、うだつのあがらない挑戦者を返り討ちにしてきた。幼少時から身に付けさせられた技は、そう簡単に破られることはない。僕が得意とするのは剣術だが、何よりも相手の動きが読める才覚があるらしい。相手がどう思い、感じ、動くかが、理屈ではなく感じられる。

 父親が生きていれば同じ年代だっただろう冒険者が僕に手も足も出ないのは、剣術比べではなく、動きを封じられたからだ。僕に負けた冒険者は、僕のことを『バケモノ』と呼んだ。

 しかし、今回は何か違う。プロイは僕と同じくらいの年齢だ。うだつのあがらない冒険者のもつ、やさぐれた雰囲気はない。動かないという意思が伝わってきた。僕はプロイに強さを感じていた。

「ノイさん、勇者ですよね」

「僕がなりたくてなったわけではないですけど」

 これは僕の素直な感想だ。好きでやっているわけではない。それにしても僕のことをどこまで知っているんだろう?

「私、魔導師なんです。それでちょっとコンビを組みたいなって思って来ました」

「え?」

 魔導師は魔術使いのの名誉称号だったはずだ。自分と同じ年代で称号持ちの冒険者ということは、称号継承者なのだろう。ということはプロイの親も、既にこの世にいないということだろうか。

「あ、座ってもいいですか?」

 突然すぎる申出に僕はどうしたものかわからなくなり、思考は途絶えた。

「あ、ど、どうぞ」

 状況が飲み込めない僕の言葉を待たずに、プロイはテーブルを挟んで、僕の向かいの椅子に座って周りを興味深く見渡していた。そして目に留まった机の上にある本を見るとそれを手に取った。

「これ、脅威百科事典ですね。冒険者組合の。私も持ってます」

「え、あ、はい」

 僕がどうしたらいいかわからなくて、とりあえず口にした言葉。それでもプロイは気が付かなかったように続ける。

「でも見ていると眠くなっちゃうんですよ。よく読めますね」

 僕はどうしたらいいかわからなかった。彼女は何者なのか、何をしたいのか、さっぱりわからない。何からどう確認したらいいのだろう。こんなにわからないことは初めてだ。本意ではないが、同意した言葉しか思い浮かばない。

「え、うん。そうですね、あまり面白くないです」

「ノイさん、どうしました?」

「あ、いえ、なんでも」

 プロイは座ったまま頭を下げた。

「驚いてますよね。ごめんなさい」

「ええ」

 敵意はなさそうだ。素直に対応して真意を聞こうと僕は思った。

「なにがなにやらさっぱりなので。えっと……」

 僕の真意をくみとってくれたのか、経験的なところなのか。プロイは真面目な顔になる。

「ですよね。まず自己紹介からします。さっきも言いましたけど、私は魔導師。ノイさんと同じ称号継承者です。母さんが魔導師の家系でしたが、五年前の『脅威』の仕事で命を落としました。父さんは僧侶でしたが、同じ仕事で帰らぬ人となりました」

 僕の両親も五年前の仕事で失敗して命を失っていた。五年経った今でも時折語られ、僕が見たくないその仕事の記録が、意図せず目に入ることがある。

「五年前の脅威だと、僕の両親も同じです。竜族との戦争ですよね」

「ええ、そうです。ノイさんのご両親もでしたか」

 プロイは少し上を向いて涙を留めた。一呼吸置いて続ける。

「はい。犠牲者が多かったと、両親の知り合いから聞きました」

 僕はここで、プロイが僕のことをそんなに知らないと気が付いた。僕のことを知っているなら、僕が勇者になりたくないことも知っているはずだ。両親の情報も耳にするだろう。

 僕の思考はプロイよりも遅いようだ。僕が思い出し、思考する前にプロイは続ける。

「それでこの前の雨季で中学を卒業しまして、旅に出ました」

 ワンテンポ遅れて僕は理解する。この前の雨季で卒業したなら、僕と同い年だ。

「旅? ですか」

「はい。私は母さんのような魔導師になりたいんです」

 旅と魔導師の関連がわからない。僕は怪訝な顔をする。その表情を読み取ったのか、僕が話す前にプロイは続ける。

「まずは冒険者となって、母さんが契約していた精霊と契約したいんです」

 この世界にある気象や現象の理を司る精霊がいる。それと契約した魔術使う冒険者がいると聞いたことがある。精霊はその自らの現象を引き起こし、時に契約する術者を守り、また敵を倒す。それと同時に、精霊は時に脅威になる存在だと脅威百科事典に書いてあったことを思い出した。

「精霊?」

「はい。職業としては精霊使いを名乗っています。今、私が契約しているのは、私の家と契約している精霊、一体だけですけどね。それで、契約したい精霊のいる場所への同行者を探しているんですよ」

 また話が見えなくなった。僕にとって、プロイの話は前提が見えないことが多い。そんな僕の表情を気にした顔付のままプロイは続けた。

「その精霊の住む『村』が、冒険者組合の登録試練の下層にあるんです」

(ああ、そういうことか)

 ここで僕はなんとなく察しがついた。

「つまり登録の試練を受けて、更にその下にも行ける人を探している、と?」

「そう。そうなの」

 プロイは嬉しそうに返してきた。しかし僕には疑問がある。プロイの意図もわからない。

「行ける人なんていそうですけど」

「声をかけてみたんですけど、試練では、下層まで洞窟の中を移動するだけで二日以上かかることになるから、面倒だって反応ばかりなの」

「登録の試練を受ける人をどうなんですか?」

「何人か聞いてみたんだけど、そんな自信はないって人ばかりだったんです」

 プロイは誰かに言いたかったのだろう。続けざまに言葉が出てくる。

「一人で行こうとしたら組合の人に怒られるし、それじゃどうしたらいいの? って尋ねてみても誰も答えてくれないし。頭にきちゃって……」

「それで、登録試験をまだ受けていない人で、その下層にも行ける人を探していた、ということですか」

「その通りです!」

 合点がいった。称号継承者ならそれなりの訓練を受けているから、登録試験レベルならクリアできるだろうし、その下層もそんなに苦にはならないだろう。

「それで、称号継承者を探していると」

 プロイは大きく、嬉しそうに頷いた。

「そうなんです。なので力を貸してください」

 僕は困惑した。正直なところ面倒には関わりたくないし、何もしないまま冒険者を廃業して平穏な生活をしたい。そう思った僕の困惑した表情はプロイに届いたようだ。

「だめですか。ですよね……」

 プロイは落胆した表情になる。断られるのはこれが初めてではないのだろう。

「すみません、突然来て、変なお願いしました。忘れて下さいね」

 プロイの諦めのよさに僕は驚き、安心した。しかしどこかで、相手のお願いを断ることをしないで済んだことに安心した自分が少し惨めにも感じる。

 そんな黙った僕を気遣うかのようにプロイは話を続けた。

「そうですよね。両親が死んでいるのに、同じことをやろうだなんて思う方がおかしいって思います。二十歳まで過ごせば、違う人生が選べるんですもんね」

 ノイは言葉がなかった。見透かされているのだろうか。

「みんなそうでした。冒険者なんてそんなに楽しい人生じゃないって、私達、称号継承者が一番よくわかっているんですよね」

 プロイは独り言のように続けた。

「でも悪いことばかりじゃないことも知っているんです。楽しいことが待っていることも知っているんです。だから」

 プロイはそこまで強い口調で言ったものの、僕の顔を見て、それ以上は言えないことを感じたようで話題をそらした。

「だから旅に出たんです。ここ、いいところですね。遺跡もあるみたいだし、しばらく観光していきます。宿はどこかありますか?」

 誘うのは無理だと悟ったプロイは、次をどうするか決めるまでぶらぶらしようと思ったようだ。この村から出たことのない僕がいうのもおかしいが、ここは居心地がよいらしい。行商人がよく長居している。

「この村には宿がないんですよ。近くの町には何件か宿があるから、そこがいいんじゃないかな」

 僕の住むこの村には宿がない。遺跡はあるが、観光客がほとんど来ない村だ。たまに訪れる人も近くの町に宿を借りて、日帰りで帰ってしまう。居心地がいいと長居する行商人は、自前のテントで生活していた。

「そうなんですか」

 プロイは残念そうに下を向く。

「それじゃ……ノイさん、お願いがあるんですけど」

「え?」

「この軒下、数日借りられませんか? 迷惑はかけないので」

 僕はプロイの申し出に驚いた。同い年の女の子がこの軒下に野宿するつもりだ。なぜなのかわからない。

「町の宿がいいと思うけど」

「町からここまで、遠いじゃないですか。のんびりゆくり、時間を気にしないで遺跡を見たいんですよ」

「はぁ……」

 プロイには何か意図があるのだろうか。それともただの気まぐれだろうか。僕は困った。

「でもよくないです。何かあったら……」

 そんな僕の言葉を遮って、プロイはニコリと笑いながら言った。

「私は魔導師ですよ。自分の身は守れます」

 ああ、そうだった。いや、そこじゃない。僕は心の中で何か腑に落ち、でもすぐに、そこが問題ではなかったことを思い出した。

「プロイさん、空いている部屋を使ってください。変な噂になったら私が困ります」

「え、それはちょっと」

「一人暮らしなので片付いていませんけど」

「えっと、そうですね。そ、それじゃ、お言葉に甘えちゃおうかな」

 プロイは嬉しそうに笑った。可愛らしい笑顔に僕は少し照れた。

「ここって、確か先史の遺跡があるんですよね。『失われた技術』が使われているって聞きました」

「そうみたいですね。詳しく知りませんけど」

 僕は小学校、中学校と勉強らしい勉強はしてこなかった。遠足で何度か行ってみたことはあるが、興味が持てずに放っておいた。

「何日かお世話になります」

 プロイは深々と頭を下げた。

できるだけこまめに続けます

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