終わらない探求の始まり
「おい、若いの! 朝飯ができたぞ」
「あ、はい。今行きます」
僕はカタナの素振りを止めて返事をした。
「早く来いよ。なくなるぞ」
「はい!」
僕を呼んでくれたかなり巨体で強面な男は元来た道へと戻った。僕は急いで身支度を整えて走る。食事が並ぶと争奪戦になる環境に僕が慣れるまで数日かかった。それでも毎日の修行は欠かせない。
商人と商品を守るのが今の僕の仕事。昼は商品と雇用主を護りながら歩き、夜は順番で警護する。朝食前のわずかな時間で素振りをするしかない。
それでもこの隊商での暮らしも悪くない。気兼ねなく、過去も語らず、お互いに関わらない薄っぺらな人間関係だけれども、それでも武術や魔術の腕を相互に信頼している。仲間の呼吸を読みながら動くことは、動きを読む能力に長けた僕には、とても都合がよかった。
*
「グエンさん、僕は東の島に行こうと思っています」
僕達が冒険者になって数日経ち、それぞれがノンペンでの暮らしを考え始めていた。ギルドハウスで寝起きし、修行し、買い物し、本を読む生活がわかってきた頃、グエンは僕達を集めてこれからのことを話した。
プロイは、既に故郷に帰らないつもりでいた。そのまま精霊術を高めるために、精霊の住む『村』とギルドハウスを往復する生活を始めていた。契約しているアグニとクマーリーと、三者で話しながら腕を磨いている。
レックは、一度故郷に帰ると言った。帰りたくない漁村だけど、巫女の技を高める修行をするためには、どうしても帰らなければならないのが悔しいと笑っていた。二度と帰らないと豪語していたレックが、何のために帰るのかわからなかった。言葉を素直に理解すればいいのかもしれないが、その理由を尋ねてもはぐらかされた。
僕はどうするか考えた。このままここに居るのもいいが、自宅の荷物をまとめるのもそのうちにしなければならないだろう。でも、今、どうしてもやりたいということでもないし、しなければならないことでもない。
そして僕は思い出した。クマーリーに言われた『マイの体術』という言葉。あのオーガをも投げる体術。僕に必要なのは仲間の盾となる技術だ。そして僕の母親が産まれた場所を見てみたくなった。
決めた。僕は探求する。そのために旅に出ることを決めた。
「そうか。それもいいな」
グエンは僕の言葉に頷いた。
「ならば丁度いい依頼がきている。東の島に旅する商人が護衛を募集しているんだが、これはマイさんがここに来たときに随行していた隊商でな。そんなこともあって、その隊商の仕切り役と我々のギルドは縁が深い」
話はすぐにまとまった。僕のカタナを見て、隊商の仕切り役のコウは全てを算段したようで、僕の母親の父親、つまりは祖父との再会を約束してくれた。
「支度金は必要なだけ言ってくれ。遠慮はいらん。成功報酬から差っ引くからな。あと食事は現物支給。あとは着いた先で決めればいい」
気前がいいように振る舞っていたが、僕の祖父と商売をするためだろう。彼の前では僕も取引材料なのだろうが、それでも気にならない。探求の旅に出ることを決めたら、そんなことは取るに足らないことだった。
レックは僕が出発する日まで、故郷に戻る日を延期してくれた。プロイもその前日に『村』からギルドハウスに戻っていた。二人は何度も、僕に戻ってくることを約束させた。それは出発当日の、出発間際まで続いた。
「ノイ、いいか? 戻ってこないとプロイが許さないって言ってるからな」
「それはレックでしょ。私は首根っこ抑えて連れ戻すって言ったけど」
「あたしはそんなこと言わないさ。殴るかもしれないとは言ったかもしれないけどな」
プロイとレックはお互いの顔を見て笑っていた。僕にはわからないけど、でも二人が僕のことを嫌っていないと思えて安心した。戻ってきたいと思った。
僕もつられて笑って返す。
「うん」
「ノイ、あっちにはあっちの冒険者組合支部があるからな。向こうで暮らすならそっちで手続きしてくれ」
「出立!」
先頭にいる、馬に乗った隊商の先導が声を張る。総勢で百名にもなる隊商は、様々な地域から集まった人で、顔立ちも衣装も華やかで、ちょっとしたパレードだ。
見送る人に見物人も加わり、その周りは人垣になっている。見送る声、再開を誓う声、様々な思いが交錯している。
「ノイ! またな!」
「ノイ! いってらっしゃーい!」
二人の声を聴き取るが、大勢の人に紛れてしまって姿は見えない。でも、それでも、声のした方に向かって笑って、そして手を振る。きっと僕のことは見えているはずだ。
「いってきまーす! またね!」
僕は、不本意ながら冒険者になった。それでも何か楽しいことが待っているような気分でいられる。うん、楽しいことを探求したい。悪くない気分だ。ありがとう。
僕はもう一度後ろを向いて手を振った。
これで一旦終わります。
この世界の話、違う主人公の話をのんびりと続けます。
ご覧いただきましてありがとうございました。




