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冒険者組合の試練 二日目

 レックは嬉しそうに話す。

「昨日は楽しかったな」

 プロイも嬉しそうに話す。

「おいしかったよね、猪」

「ノイ、今日もおいしいのを狩ってね」

「ノイ、今日の晩御飯が楽しみになるのをね。頼んだから」

 僕は二人から意味不明なプレッシャーをかけられている。確かに昨日の晩御飯はおいしかった。

 僕達は皆、猪を滅多に食べないところに育った。僕が育った村は米と野菜と鶏肉、プロイが育った山村は虫と山菜、レックが育った漁村は魚。動物を狩って暮らす猟師の村では当たり前な猪肉だが、僕達には馴染みがなかった。

「世の中って、いろんな食べ物があるんだなぁ」

 僕は世界の広さに少し触れた気がした。少しだけ、世界に対して好奇心が芽生えた。

「世界食べ歩きとかしてみたいね」

 僕の言葉に、プロイが反応した。

「いいな、それ。あたしも行きたいぞ」

 レックがそれに応える。

「目指せ、世界食べ歩き冒険者」

「太りそうだな、それ」

 僕は、女子の話題の展開についていけずに、聞き手にまわる。それでも、かわいい同い年の女性が楽しそうに話しているのを聞いているだけでも楽しい。村で、一人で暮らしていた頃には、こんなことが楽しいと想像できなかった。

「それで、ノイ、今日のルートは聞いてきたんでしょ?」

 プロイが、思い出したように僕に尋ねる。

 そう。昨日の夜、プロイとレックが女将さんと話し込んでいるときに、僕はデンから今日のルートについてレクチャーされていた。

 今日のルートも、ギルド推薦のあるグループだけが挑戦できるルートだという。現れるのは脅威だけというルートで、それなりに難易度は高いが、食材にも燃料にも困らない。それと、高額で取引される武具の材料を持っている脅威がいるという話だった。

 昨日、僕達が手に入れた猪の脅威から採った牙は、武具製作者がいい金額で買い取ってくれるらしい。二本あれば、一ヶ月は暮らせる位の金額になるとデンは言っていた。

 今日のルートもランプが道標になっているという話だが、ずっと下り坂の広間を通ることになっていた。今日は天井に灯されているので見失うことはないだろう。でも、天井を見ていたら転びそうなくらいに足元は悪い。足元を気にしていたら天井のランプから離れてしまいそうだ。かといって、上下を気にしていたら、隠れている脅威に気が付かないなんてことになるかもしれない。

「三人いるんだから分担するんだよ。一人じゃないんだから」

 デンは当たり前のことのように言った。言われてみればごもっともだが、三人の息を合わせて進むのは意外と難しい。それでも各自の分担する役割をこなしつつ支え合えと、笑顔で言われてしまった。

 今日の分担は、僕が先頭を歩きながら足元によいルートを選び、その後にいるレックが天井のランプを見ながら僕の進む方向を指示する。最後尾にいるプロイが周囲に脅威がいないかどうかを確認しながら進むということになった。プロイが脅威を発見したら、僕が肉壁になるということで、プロイとレックの意見は一致していた。

 指定されたルートは、キノコや大きな羊歯が茂っていて、更に灯は天井のランプだけ。目が慣れてきているけれども、足元が薄暗くて、僕は後ろにいるレックとプロイに怒られる。そうだ、デンのアドバイスがあった。

「あの、いいかな」

 僕は二人の顔色をうかがいながら話しかける。

「何?」

 レックは気軽に返してきたが、周囲に脅威がいないかを分担するプロイは周囲を見ながら無言のままだ。反論がなければいいということだろう。僕は続ける。

「デンさんが言ってたんだけど、身体を接していないと微妙な動きがわからないって」

 ここでプロイが口を開いた。しかし、僕を見ていない。

「そうだけど」

 明らかに不機嫌。僕は気が重くなる。

「で、二人が僕の後ろにいて、これは今でもその体制だけど、それで僕の肩を掴んでみるっていうのはどうかな」

 女の子に自分の身体を触れと言うのは勇気がいった。でもデンに言われたことだ。

「いいけど病気がうつりそう」

 プロイの不機嫌な、抑揚のない声が返ってきた。想定の範囲内ではある。

「それいいな。なんか冒険っぽい」

 これはレック。

 冒険っぽいみたいではなく、明らかに冒険で試練なんだけど。僕は思った言葉を飲み込む。

「肩を掴んでもらえると、僕の動きが見ないでもわかると思うんだ。で、僕は両手が空いたままだから何かあっても対応できる」

 デンのアドバイスをそのまま伝える。これは昔からよくある手法らしいが、これを提案することで自身の信頼も上がるから、自信ありげに、思いついたように言うのがいいとデンに言われた。

「そうね。ノイは急に曲がったり止まったりするから、ぶつかるし。病気がうつらなければだけど」

 プロイの不機嫌な言葉ではあるが、僕の提案は受け入れられたと考えていいだろう。

「それじゃ、肩を掴んで。レックは右、プロイは左でいいかな」

 プロイが抑揚のない声で返す。

「いいよ」

 レックは余裕があるのだろうか。ふざけた口調だ。

「病気、移さないでくれよ」


「しっ!」

 プロイが押し殺した声を発し、立ち止まった。

「ちょっと待って。その岩の影、何か違う」

 僕は十メートルほど先にある岩を見る。地面から飛び出している普通の岩だ。その影に目を凝らす。

「その影、穴があるのね。その穴に何かいる」

 プロイはそう言うと杖を構える。それを見て、僕とレックは慌てる。

 僕は背中の鞘からカタナを取り出し、レックは腰のダガーナイフを右手に持ち、構えた。

「レック、ノイに治癒とシールド、お願い」

「え?」

 僕は驚いた。レックは魔導師で、攻撃的な魔法が得意だと思っていたし、レックが僕に見せてくれたのはダメージディーラーとしての、攻撃魔法だけだった。

「あまり好きじゃないけどな。ノイならいいか。わかった」

 レックが岩の影を睨んだまま、応えた。

「え?」

「ノイ、質問は後ね。私達が有利な場所まで、ノイが脅威を引っ張ってきて、そこでとどめを刺すというスタイルは変わらないから」

 そう言うと、レックは僕の身体に触れる。

 僕の身体めがけて風が吹く。その風は、僕の身体の周りでぶつかったまま、どこに逃げるわけでもなく重なる。でも空気だ。重さは感じられない。

「これはあたしの得意な風の鎧。ぶつかると削れるからあまりあてにしないでね。それとカタナは包まないからさ。気を付けて」

「あ、うん」

 僕は身体を動かしながらその風の鎧を見ようとすると、レックは僕の様子を見て笑う。かわいい笑顔だと思った。

「ノイ、風が見えるようになるのは、魔術の修行しないと無理だって」

 プロイは岩の影を睨んだまま、笑わずに僕を促す。

「それじゃ、ノイよろしく。ここまで引っ張り出してね」

「行くね」

 僕は右手にカタナを持ち、気を張りながら岩に向かう。薄暗くて遠くからはわからなかったが、近づいてみると岩の影に見えたものは穴そのものだった。穴の大きさは一メートル程だろうか。その奥には光が二つ。あれは眼だと直感する。

 穴からどうやって引っ張り出すか、僕は考える。向こうもこちらに気が付いているだろう。それでも寄ってこないということは警戒しているのか。それとも、穴にいることが優位だと思っているのだろうか。ならば。

 僕はカタナを鞘にしまい、バックパックに結わいてあった火の木と葉を手にする。レックほどに器用にはいかないが、手早く火の木を灯した。そしてそれを穴に投げ込んだ。

「シャー!」

 穴に潜んでいた脅威が怒りの声を発した。そして大きな三角形の顔を外に出した。

「魔虫?」

 脅威百科事典に描かれていた、三角形の顔を持つマムシ。うろこの模様が茶色い水玉模様だったのが珍しくて印象が残っていた。確か、巨大な毒蛇で、体長は二十メートル以上になる。でも、生息地域はそう暑くならない東の島国だったはずだ。

 プロイが驚いて声をあげる。

「なんでこんなところに?」

 レックは呆れた口ぶりだ。

「めちゃくちゃだ」

 そう。こんなところにいるはずがない脅威がいる。しかも毒蛇。

「ノイ、そいつの毒は解毒できるから安心して噛まれていいぞ」

 レックは恐ろしいことを言う。噛まれたら毒どうこうの前に身体が壊れる。

「冗談でしょ」

 僕はぼんやりと呟き、『脅威』を見た。

 魔虫は穴から這い出していた。そして器用に身体をたたみ、僕を睨む。僕が村でよく見かけていた蛇、コブラのような身体を大きく見せる威嚇はせずに、ただ捕食するための体制。天敵のない、王者の遺伝子か。

 僕は呼吸を整える。狙うのは、僕を捕食しようと開く口。そこから上あごから頭を貫くイメージ。鞘からカタナを抜き、一度正眼に、そこから腕を引きながらたたみ、刃を上向きに構える。魔虫も口を開く。口を開くと毒牙が4本、口の上下左右に見える。上あごから生えている毒牙が黄色く光る。あれは毒液だ。細胞を壊すタイプだ。

 僕は呼吸を魔虫にあわせる。後の先、相手の動きを待ってカウンターを狙うには、相手の呼吸を読み取ることから始まる。攻撃するときが一番防御が弱い。そのタイミング。

 僕は深く、ゆっくりと呼吸しながら、神経をとがらせる。静寂な空間から魔虫の呼吸が聞こえる。少しずつ、捕食をするために、身体を捻り、力を溜めているのを感じる。そして、その溜めた力を解き放つ瞬間を待つ。

 静寂は僕の集中を高める。僕は魔虫を見続ける。魔虫が力を溜めていくのに合わせて、僕も全身の筋肉に力を溜めて構える。魔物に同調し、その限界に達っするときを感じる。

 シャ!

 魔虫が放った声ではない。溜め込んだ力を一気に放った魔虫が空気を切り裂いた音だ。空気が震えた音が響く。

 僕はそれよりも一瞬早く、限界になるほんの少し早く踏み出して全身を伸ばし、魔虫の口が描く導線にカタナを差し込んだ。

 ザッ

 カタナは僕の思い描いていたように魔虫の上あごに刺さった。でもまだ手応えが足りない。

 一歩踏み込み、刃を一段深く食い込ませる。

 バッ!

 魔虫の毒液と血が僕の身体に降りかかる。浴びたら身体が溶ける。しかし、レックの風の鎧がそれを弾く。僕は更に一層深く突き刺し、カタナを滑らせながらそのまま上に振り切る。そして身体を反転させるとそのままカタナを今度は上から下に振り切った。

 バタッ!

 大きな音と共に、頭を二つに裂かれた魔虫は、そのまま地面に落ちた。

「ふぅ」

 僕は大きく息を吐く。緊張感がほぐれていく。力が抜ける。

「やるねぇ」

 プロイは笑いながら僕の肩を叩いた。

「うん。ノイ、うまかったよ!」

 レックも僕の肩を叩く。

 力が抜けた僕は、そのままへたりこんだ。こんなことだと神経がもたない。

「ノイ、おつかれちゃん。で、これどうする?」

 ノイは、死んでもまだ身体を動かしている魔虫を見ている。

「蛇って死んでも動くんだね」

 レックも興味深げに魔虫の動く死体を見ている。

 頭は動かないが、身体はうねうねと動いていた。これではどうしようもない。

「牙だけ採っていこう。内臓とか肉は、デンさん達が処理するんじゃないかな」

 へたりこんで両手を地面に付き、地面を見ながらではあったが、僕は提案した。デンからは、最低限の報酬を確保して後始末は考えないで進めと言われている。

「内臓とか、薬になるんだっけ」

「いい薬になるって書いてあったと思うけど、手間もかかるみたい」

「皮も装備によさそうだけど、今は難しそうね」

 まだ動いている蛇の亡骸。死体に挟まれたら怪我では済まない。もったいない気もするが、ここは毒牙だけ採取して先に進もう。

「牙、これいいね。軽くて硬い」

 手際よく毒牙を採ったレックが、それを見ながら嬉しそうに話す。

「それにしても、なんでここに魔虫がいたのかな」

「養殖してるとか」

 レックの問いかけにプロイはあっさりと返す。

「遠くから運んできたのかな」

「成体は無理だろうなぁ。でも卵ならできなくもないか」

 無言の僕を放置して、プロイとレックはあれこれ想像し、冒険を堪能していた。


 しばらく休んだ後に、僕達はその先を進んだ。広い洞窟のランプを追いながら、足元と、周囲にいる脅威を避けながら歩き続ける。

「たどり着くのが目的だからな。避けられるなら避けて行け。それも腕前だ」

 魔虫との遭遇で思ったよりも疲労した僕達は、デンが言っていた言葉に従うことにした。そのために、プロイは精霊アグニの分身を出したままだ。

「プロイ、アグニを出したままで疲れない?」

 僕はプロイに問いかけた。体力を消耗する精霊術を使い続けるのは心苦しい。

「それなんだけどね、なんかあまり疲れないの。なんでかわからないけど」

 見ると、プロイも不思議そうな顔をしている。

「そういう場所なのかな」

 レックは天井を見ながら話す。

「そういう場所?」

 どういう場所なのかわからない僕は、聞いてみた。

「うん。この下層に精霊の村があるから、その影響かなって」

「どうなんだろ」

 僕達は話しながら進む。

「あ、そうだ、レック」

「ノイ、何?」

 僕は確かめたいことがあったのを忘れてた。魔虫のせいだ。

「レック、防御魔法とか治癒魔法とか、できたの?」

 魔虫と遭遇した時にかけてくれた魔術の説明を求めるのを思い出した。

「ああ、あれね。あたしの本職は魔術使いの魔導師だよ。それは本当」

「でも違うよね」

 ごまかそうとする気配を感じた僕は、釘を刺す。

「あはは。ノイは意外と気にするんだ」

「だって、その、仲間のことをわからなかったら困る」

 僕は、少し口をとがらせていた。知らないことが多い。正確には、知ろうと思わなかったことなのだけれども。

「そうね。無関心なノイが気にしてくれたのが嬉しいから話そうかな」

 レックはちょっとうつむき、そして口を開いた。

「あたしの死んだお袋は巫女だったの。精霊信仰の巫女でね。でも冒険者だった親父と出会って、巫女をやめて人間になった」

 人間になった?

 僕の疑問が増えた。

「でね、親父は冒険者だったから、家にいないことが多かったんだ。だからお袋から巫女の術を教わった。それが回復術」

 回復術って、魔術じゃないのか?

「巫女の術はね、その人間の持つ力を最大限に引き出すのが特徴なんだ。だから、回復できる状態の人には効果的。あとは解毒とか麻痺や幻覚を破るとかね」

 謎が深まった。そんな僕の顔を見て、レックは笑う。

「あと、風の鎧は魔術。親父の得意な術だったから、一所懸命覚えたな。一人で脅威と戦うときは必ず使っていたから、得意だよ」

 僕は今、魔術が防御にも使えることを初めて知った。驚いた顔が止まらない。

「でも巫女の力はね、嫌いじゃないけど、そんなに好きじゃないんだ」

「何で?」

 僕は尋ねる。

「巫女って、どんなイメージある?」

 レックは答えずに質問してきた。

「なんとなくだけど、清いとか、純粋とか、かな」

「そうよね。男が陥る典型的な幻想」

 プロイが笑う。厳しい。しかしなんでだろうか。僕は気になった。

「あたしからすると、だらしない女向きの仕事」

 意表を突いた言葉に僕は驚いた顔からきょとんとした顔に変わる。

「ノイ、わかりやすいね」

 プロイが茶々を入れるが、僕はわからない。

「神にすべてを捧げているってだけでもう下劣だね」

「はぁ」

「それで、誰かに頼まれれば巫女の術をかけるんだけどね。巫女の術って、相手の心と交わって、相手の想いを強めて、それで本人の力を手伝うってことでね。相手を想わないとできないんだよ。想いが強くなれば効果も強くなるけどね」

 僕はよくわからない。

「うん、ノイにはちょっと難しかったかな」

 僕の不思議そうな顔を見て、レックはちょっと寂しそうにした。

「ちょっと早かったかもね」

 僕の顔を覗き込んだプロイは、そのままレックを見てにやにやしている。なんでだ?

 僕の知らないことで二人がなにかわかっていて、僕はどうしたらいいのかわからない。でもなんだか悔しい気もする。僕はモヤモヤした気持ちになったが、少し寂しそうにしていたレックが、プロイと目を合わせて笑顔になった。僕はそれで満足することにした。

「あ!」

 プロイが突然口を開いた。

「終わり、みたい」

「え?」

「すぐそこのランプの下、門がある」

 プロイが続ける。

「脅威もいない。多分そこが目的地。

 その言葉にレックが反応する。

「終わり?」

 僕も同じ感想だ。昨日の半分も歩いていない。

「ショートカットし過ぎたのかな」

 プロイは思案顔だ。

「私が見つけて避けた脅威は三つあったけど。だから最初の魔虫を入れたら四」

 僕はデンの言葉を思い出す。

「脅威を倒すゲームじゃないからな。目標達成すればいい。それと、腕試しは一人でやれ」

 目標は達成できた。僕達は扉を開いた。


    *


「おめでとう! ようこそ、最初の終わりへ!」

「ようこそ、始まりへ!」

「おめでとう!」

 僕達が第二層の扉を開くと、そこには大勢の人がいた。よく見ると、僕達を送り出した受付のお姉さんもいる。いつの間に先回りされたんだろう。

「最短記録じゃないが、いい時間だ」

 数十人の冒険者が僕達を取り囲み、品定めするように話をしていた。

「一回目のルート一をクリアしたルーキーが出たのは、一年ぶりかな」

 あちこちから、僕達を見た冒険者らしき人達が話してくる。

「でもあれって『隠者』の子供達だな」

「ああ、『隠者』か。ならそうなるだろう」

「サラブレッドだね」

 僕達のことではなく、両親のことを話している人達が少なくない。良くも悪くも、注目されているということなのだろうが、なぜだか気分が悪くなってきた。

 僕には心地よくない雰囲気。なぜだろう。心地よくない。

 そうか。わかった。新人冒険者を見る視線じゃない。妬みとか嫉みとか、否定的に羨む感情の込められた視線。

 それはまだよかった。妬みなんて小さいときから味わって慣れている。それよりも気分が悪かったこと。あの人達は僕達を見ていないことに僕は気が付いた。


 僕達はそのまま病院に移動すると、簡単な問診を受けるよう指示された。案内されたそこには、当然のような顔をして、デンが待っている。

「言いつけを守ってくれたようだね。魔虫だけやったみたいだが」

「はい。他は避けてきました。魔虫だけで疲れました」

 僕は素直に答えた。

「ふむ。よろしい。検査は合格」

 僕の答えにデンは笑顔になった。しかし、僕達は冴えない顔をしていた。

「どうしたね? 何か気になることがあるか」

 僕達は顔を見合わせる。でも、言葉がうまく出ない。

「周囲の声は気にするな。お前さんはお前さんだ。そのうちにそうなる」

 デンは察してか、僕達の記録を取りながら、独り言のように話し始めた。

「お前さん達は、誰も知らない新人冒険者の扱いはしてもらえない。それでも、名前が売れていることで便利になることもある。お前さん達は、この試練で猪の牙を二本と魔虫の牙を四本手に入れた。どれも武具の素材として一級品だし、これを商人や政治家の契約する軍人に売れば高く売れる。それはだな、お前さん達を『隠者』が推薦したから、それを手にする機会ができた。わかるかな」

 僕達は黙っていた。

「それを手にする機会なんてものは、全ての冒険者に等しく与えられるものではない。魔虫を倒す機会なんていうのは、東の端にある島国に行くしかない。この洞窟は冒険者組合の所有物でな。迷宮の『脅威』は、全部、冒険者組合の準備したものだ」

 デンは手を動かし、書類の端を揃えながら話を続ける。

「それとだな、さっき、お前さん達を迎えたのは、この地下の迷宮で働く冒険者でな。ここで働くのは、外界で稼げない連中なんだよ。わしも同じだ。ああ、宿屋で料理を作った女将は、あれはわしの妻なんだが、わしが大きな失敗で怪我してな。それでわしは引退することにした。それで妻もここで働くことにした」

 大きな怪我をしているようには見えない。

「あの連中の半分は、何かあって、引退した冒険者だ。残りは、外で活躍できないと組合が認定した者達でな、何かとやっかんでくる面倒な連中だ。お前さん達は、わしにも、他の連中にも、眩しい存在なんだよ」

 デンは笑顔でこちらを向いた。

「外で活躍している連中にしたって、お前さん達を将来有望な冒険者ではなく、『隠者』の子供として見るだろう。外の世界でも、同じような連中がいる。高額な報酬のチャンスがあるのは妬ましいからな」

 僕には納得できなかった。そうなりたくてなったわけではない。でも、デンの話を遮る言葉は思い浮かばなかった。

「そんな連中からどう見られようが、構わずに、お前さん達はお前さん達の道を進め。そのうちに、お前さん達の名前そのものが妬まれるようになる。その頃には、そんなことは気にならないようになる」

 デンは、ひとしきり話すと、また書類に手を伸ばした。

「それとだな、今日の戦利品は、一つは自分の装備に加工してもらって、大事に持っているのがいい。そのうち、今日の冒険の記憶が薄れる日が来る。そうなったときに眺めると、悪くない気分になれる」

 僕は納得できていなかった。それでも、デンの言葉がなぜか心に刻まれた。

 プロイとレックを見ると、やはりなんとも言えない顔をしていた。冒険者の世界に足を踏み入れたばかりの僕達には、納得できない話だった。

「それでだ。お前さん達は下層に行くんだね。下層との境界は『脅威』が門番をしている。勝手に入られないように、そして、勝手に出られないように、ね」

「え?」

「精霊も、制限がなければ脅威になる。その一方で、精霊を守る必要もある。そのために『脅威』を置いていてね、そこを抜けることができる冒険者だけが行けるようになっている」

「『脅威』ですか?」

 プロイがいぶかしげな顔つきになる。

「ああ。そこらの冒険者じゃ抜けられない。オーガだ」

「オーガ?」

「うむ。捕獲したオーガ。鬼だな。そんなに大きくはないが、いろいろと厄介だ。見つからずに抜けられればそれに越したことはない。もし出会っても倒そうなんて思わないのがいい」

 僕は、脅威百科事典に書かれていたオーガを思い出していた。動きも早くて、腕力もある。皮膚も堅い。それでも倒さない方がいいとはどういうことか、僕には不思議だった。

「そうだな。説明しておこうか」

 デンは僕を見て話を続ける。

「あのオーガはな、捕獲したときの年齢が推定五十歳とかなりの年寄りという記録だ。しかしな、捕獲してから百年以上あの場所にいる。普通ならもう死んでいてもおかしくないんだが、一向に衰えない」

「え?」

 どういうことなのか僕は気になった。

「昔はだな、あそこは魔術師の研究所だった。脅威を捕らえては運び、その研究をしていた。地下深く、脅威が簡単に逃げられない場所だからな」

 確かに、この下層からは、引退した冒険者が多く住む居住区が二つあり、その上には冒険者組合がある。合理的な判断なのだろう。

「脅威を使って魔術の実験をしていた魔導師がいてな。そう、彼は修練による魔術習得に無限の可能性を示した功績があった。だから、誰も彼のすることに反論できなかった」

 隣にいるレックが、何か思い出し、暗い顔になっていたが、僕は気が付かなかった。

「そうなんですか」

「うむ。それでだな、あるときにオーガを使った実験をした。その結果、そのオーガは無限の命を持つことになった」

「無限? 無限ですか?」

「そう、無限だ。傷をつけてもすぐに治癒する身体になっていた。それで、どうやったのかわからないんだが、そのオーガは魔術のすべて吸収するから、魔術での攻撃も防御も役には立たない。精霊の力も吸収してしまう。なんでも、オーガが無限の命を手に入れたことが判明する前に、ベテランの冒険者が数名、命を落としたらしい」

 僕は驚き、見知らぬ脅威に恐怖した。

「なんでそのままなんですか?」

 僕の質問に、デンはこともなげに応えた。

「何をしたら無限の命になるのか、魔術を吸収するのか、それを解明したい魔術師が多くてね。それと、下層との門番としては優秀だ。なんでも食っちまうからな」

 僕の意図した質問とは違う答えではあったが、状況はなんとなくわかった。でも、聞きたいのはそれではなかった。

「いえ、その魔導師は、無限の命を持ったオーガをそのまま放置したんですか?」

「ああ、それな。彼は行方不明だ。殺された痕跡もなかったが、どこかに旅立った様子もなかったらしい」

 僕は混乱していた。何がどうなっているのだろうか。

 難しい顔をした僕を見て、デンは話を変えた。

「今日は早く眠って、昨日と今日の疲れをとることだな。ここも二階が宿屋になっているから、ゆっくりと休むのがいい」

 デンは、続けた。

「それと、昨日渡したバックパックを地上の冒険者組合に持って行くと冒険者組合の印章が縫い込まれる。そのまま君達のものになるから、自分の使いやすいようにするがいい。帰りはここから機械仕掛けで地上に戻れるから、戻ったら立ち寄ってくれ」

 デンはそう言うと背中を向けた。

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