プロローグ
先生という立場に憧れていた。
周りの人から「先生」と呼ばれることがとてつもなく羨ましかった。
小さいころからそう考えていて、なんでだろうといつも思うのだが、答えが思いついたことはない。
小学生のとき、医師に憧れていた。これも「先生」と呼ばれる立場にある。
始めから学校の先生を目指さなかったのは、学校の先生が嫌いだったからだ。
中学生になった僕は、漫画家を目指す。これも「先生」と言われる立場にあるだろう。
だが、その夢は中学3年間で終わりを迎える。単純に絵が上達しなかったんだ。
どうやら僕には、絵の才能がないらしい。
高校生になり、小説家を志す。もう言わなくてもわかるよな。そう、これも「先生」と呼ばれる立場にある。これにしようとした理由は単純明快。絵が描けないからだ。いかにも小説家志望が考えそうなことである。
僕はあらゆる「先生」を諦め続け、小説家にたどり着いた。
そして、この小説家という職業もどうやら向いていないらしく、高校3年生になるときには諦めていた。才能のある者は高校生のうちにデビューしたり、幼いころに読書感想文で賞を取ったり、頭のいい大学に入学している。
その点、僕は読書感想文なんてあらすじを書くだけで、偏差値も低い。
こんなのが小説家になれるのか?
問いただす前に答えは決まっていた。
もちろん、NOだ。
そうして、僕は高校3年生にもなって進路に悩む羽目に……
転機が訪れたとしたら、このときだろう。
医師を目指そうとしたときでも、漫画家を目指そうとしたときでも、小説家を目指そうとしたときでもない。今まで曖昧な理由で将来の夢みたいなものを考えていた。
あのときのことは今でも忘れない。
高畑先生との出会いが僕の人生を変えたんだ。
彼女は先生になってまだ日が浅い。新米教師というやつだ。
しょっちゅうドジしたり、忘れ物をしたりと頼りない先生であった。彼女の明るさもあってか、生徒からの人気も高い。努力家でもあるため、失敗をしても憎めない存在だと担任の先生は語っていた。
担任の先生が僕の進路に頭を悩ませ、高畑先生に匙を投げた。こうして僕は、高畑先生と初めて面と向かって進路相談をすることとなった。
「達也くんは将来何になりたいのかな?」
「特にないです」
高畑先生は明らかに困った表情だった。
「それじゃあ、困るんだよなあ……」
「そうですよね」
「じゃあ、今までになりたかったものってある?」
「うーん、医師とかですかね」
「とかってほかにもあるの?」
「他ですか……」
言いよどむ僕に対して、高畑先生は興味津々といった様子だ。
「漫画……家とか、小説家……」
「漫画家に小説家ね~。すごいね」
「すごくなんかないですよ。目指すのは誰にだってできるんですから」
「そんなことないよ。普通はそんなこと思わないもん」
「普通はって……」
それじゃあ、まるで僕が普通じゃないみたいだ。
「あ、ごめん」
弁解もしないあたり、先生らしい。ただやられてばかりというのも癪に障るので、仕返ししてやろう。
「あの、先生はどうして先生になろうと思ったんですか? 先生に向いてなさそうなのに」
「え、何それひどいよ~」
ガーンといった感じで固まる高畑先生。
「冗談ですよ」
そう言って笑い飛ばす。冗談ってことにしておかないと先生のことだからショックで寝込んでしまいそうだ。
「私は友達に勧められて先生になったんだよね。なんか、由美子、観察力がすごいから向いてるんじゃない?って言われたからなんだ。あ、ごめんね。あんまり参考にならなくて」
「そうだったんですか。本当に参考にならないです」
「ひどいよ! 達也くんはいじわるなんだね」
「すいません」
頭をぺこりと下げる。許してくれたのか、高畑先生は元気を取り戻した。
「達也くんってば、先生に憧れてるんだね」
「先生に?」
先生はこの世でトップクラスに嫌いな人種である。それなのに、この人は一体何を話しているんだろう。観察力があるなんて嘘っぱちじゃないか。
「ほら、だって医師も漫画家も小説家も、全部先生だよ」
僕はこのときはじめて先生というものに憧れていたことに気が付いた。
「……本当だ」
「でしょ? それに達也くんは先生向いてると思うよ」
「僕が?」
「うん。だって、いろんな夢を持っていたってことはいろんな生徒の気持ちになれるってことだもん。達也くんならきっと先生になれる」
高畑先生のまっすぐな瞳が僕を見つめていた。